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誕生石へのエチュード  作者: なつ
第三章 エメラルドに調和を求めて
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21/51

 6

 突然の、一枚のガラスをバッドで割ったような音。

 甲斐雪人はその音に驚き、篠塚桃花としていた会話を中断する。

「何の音だ?」

 篠塚の問いには答えず、甲斐はパーティー会場の左右を見渡す。北側の窓辺に、芹沢茜。それからテーブルの近くに日達瑠璃。そこから右手側に芹沢雅と芹沢蘇芳、芹沢鴇の三人。全員今の音を聞いていたようで、辺りを見渡している。

「あそこだ、見よ、甲斐」

 やがて、篠塚が甲斐の服をひっぱり、部屋の片隅を指差す。入り口に近い、方角で言うと南西の隅だ。何かが光っているように見え、甲斐と篠塚は二人急いでそこへ向かう。

 緑色の宝石が一つ。

「あそこ、二階の窓が」

 今度は茜が、ちょうど入り口の上にある窓が割れているのを見つける。中空に付けられていて、場所的には先ほど芹沢萌が倒れていたあたりについている窓だ。

 宝石か、2階か。

 甲斐はすぐにきびすを返すと、会場の入り口を飛び出た。篠塚が後ろからついてきているのを確認しつつ、階段を四段ずつ飛び越える。そのまま、2階へたどり着き、左右を見るが誰もいない。

 急いで、割られた窓のところに駆け寄ると、そこから1階の様子を見る。ほぼ会場のすべてが見渡すことができる。おそらく、芹沢丁子が仕事の途中で様子を見るためにあるのだろう。ほぼこちらの壁面すべてが窓となっている。その一部のガラスが割れている。先ほど見た、緑色の宝石をここに投げつけたと考えれば、おかしいことはない。非常にきれいに割れていて、あまり破片はないようだ。もし、派手に割れていたとしたら、入り口近くにいた、甲斐と篠塚の頭の上に降ってきたかもしれない。

「あれ、何をしているの?」

 突然後ろから声をかけられ、甲斐はカエルのような声を出して驚いた。

「あらやだ。そんなに驚かなくてもいいじゃない。私たちが悪いみたいに、さあ」

「ああ全くだな」

 芹沢菫と芹沢浅葱が並んで立っている。菫は細い両手を胸の前で組んでいて、隣の浅葱は片手で大きな本を持っている。

「す、すいません。突然だったもので」

「二人は今の音を聞いていないのか?」

 甲斐の代わりに篠塚が二人を見上げるようにして聞いた。そして、甲斐の陰に隠れていた、窓の様子を見せる。

「あら割れてるじゃない。どうやったらこのガラスを割れるの?」

「全く、どうしてくれるんだ?」

「ぼ、僕じゃないですよ」

「残念ながら、これをやったのは甲斐ではない。もう一度聞くが、二人は音を聞いていないのか?」

「今の今か? 別に、そんな大きな音は聞こえなかったけどなぁ。といっても、ほら、見て分かるとおり、本を取りに行ってたから。あそこは防音が施してあるから、その中にいたときの音なら、聞こえてなくても不思議はないな」

「二人で本を探していたのか?」

「パーティーのときにも見てたんだけど、もしかしたら関係しているのかも、と思って。でも、私だと重たいから浅葱お兄さんに手伝ってもらったの」

「どちらかが、一瞬でもその部屋を出なかったか?」

「いや。ももちゃんは、俺たちを疑ってるのかな」

「す、すいません」

 なぜか甲斐が謝る。

「いやいや、怒ってるわけじゃないよ。ももちゃんなら、俺ら的にはそのほうがやりやすいし。ほら、スージーFBI捜査官だっけ? あれに疑われるより全然ましっすよ」

「そうね。うん、そうだわ。でも、私たち、ずっと一緒にいたし、本を見つけて、ちょうど戻ってきたところだもの」

 ようやく甲斐は立ち上がると、改めて廊下の左右を見る。どちらも長く続いているようで、その奥がどうなっているのか一瞬では分からないほどだ。

「誰も見ませんでしたか、部屋から戻ってくるとき」

「さあ?」

 浅葱は首を捻ってから、菫を見る。それを受けた菫は、同じように首を捻ると、見ていないと答える。とにかく、ここにいても仕方がないと判断し、甲斐は彼らと共に再びパーティー会場に戻ることにした。

 階段を下りて、玄関から正面にある会場の扉を開けると、みんな左手の隅に集まって、床に落ちた宝石を見ていた。

 甲斐たちもそこへ行くと、瑠璃が宝石を持って、光をかざすようにしてみている。

「これは多分、エメラルド、ね。5月の誕生石だわ。でも、ただこの宝石であの窓を割れるものかしら。ひどい傷がついてるように見えないしぃ」

「それじゃあ、窓が割れたのと、このエメラルドがここに落ちているのは別のタイミングかもしれないってこと?」

「試してみないと分からないけど」

 確かに、甲斐は先ほどの音を思い出すが、もっとガラスが派手に割れた音だったような気もする。けれど確証はない。

 どういうことだろう、と甲斐は首を捻る。どこかが少しずつおかしい、違和感がある。まるで、最初に2階から見下ろしている女性を見たときのような違和感だ。けれど、それが何に起因しているのか、甲斐には分からない。ちらと、隣の篠塚を見る。彼女に話せばこの違和感の正体を教えてくれるかもしれない。

「ちょっと貸して」

 菫が浅葱から無理やり持っていた本を奪うと、それを床において広げる。確かに、持ったまま広げることができるような軽い本ではなさそうだが、その様子が必死に見え、甲斐はその動きを見守る。

 菫はページを何度もめくり、あるところで止まる。

「エメラルドが示しているのは、お母様かもしれないわ」

 それから本のそのページを皆に見えるように、胸の前で開いてみせる。詩のような文が並んでいて、誕生石とその宝石の特徴が少しずつ載っているようだ。

 その5月のくだり。

 5月にはエメラルドを飾ろう。萌え出でる新緑のように、生命と、美の女神に捧げるために。

 それに、甲斐は11月のトパーズのところも読む。

 11月にはトパーズだ。透明から、わずかに黄色に色づき、それは丁子を輝かせるために。

 誰とも分からず、再び走り出す。

 甲斐もそれに続く。

 続かない、ほうがいいかも、しれない。

 けれど、体は止まらない。


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