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誕生石へのエチュード  作者: なつ
第二章 トパーズに希望と幸福を
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 4

 どこまでが敷地なのか、と問われればすべてですと答えるのが正しい。どこからが敷地なのか、と問われれば、この学園に入ったところからとしか答えようがない。けれど、北側に、どれだけの敷地があるのか分からない。

 それは芹沢茜からしてもそうだ。敷地の中央にこの迎賓用の屋敷は建っているわけだが、南側に図書棟があり、そちら側に小等部、中等部、高等部も収まっている。少なくとも同じだけの広さが北側にも伸びている、ハズである。

 蘇芳お兄様であれば、そちら側へ行ったことがあるかもしれないが、まだ学生である茜にはその機会さえ与えられていない。

 曰く、外からは木々が茂っているように見えるが、秘密の建物がある。

 曰く、古代からの遺跡が密かに眠っている。

 曰く、宇宙からの使者との交信の場となっている。

 どれも信憑性のない、同等に怪しい噂でしかない。が、本館以外にも何かしらの建物があるだろうと茜は睨んでいる。

 考えながら、パーティー会場の窓辺に腰かけ、茜は会場に集まっている人間を見渡す。といっても、茜の知らない顔は今のところない。特別に招待されているのは、あの篠塚桃花を落とした(?)と言われている甲斐雪人と、雅が中学のころ雇っていた家庭教師の先生であった日達瑠璃と、以前学園で英語講師をしていたスージー・F・パールだけのはずだ。そして、その誰とも茜は顔を合わせたことがある。

 珍しいことに、桃花は茜が甲斐と会ったことがあると知らなかった。会ったといっても一瞬のこと、雅が入院していたときに、甲斐が見舞いに来たとき部屋ですれ違っただけ。もしかしたら甲斐は覚えていないかもしれない。そのことを桃花に全く伝えていなかったのかもしれない。

 だがそれでも、すべては保険だと、言えなくもない。

「お姉さま!」

 雅のハープのような声が、今は高く調律されている。茜が驚き、振り返ると普段は桃花が着ていそうな、ゴシックな雰囲気のドレスを身にまとっている。少し時代錯誤情緒溢れる(?)貴婦人のようないでたちだ。真っ白なドレスにところどこ空色のリボンが走っていて、服のそこかしこが窓からの光にキラキラと反射している。

「今日、パーティー、分かっています?」

 むすっとした表情で指をまっすぐ茜に向ける。

「分かってるよ?」

「お姉さま、まるで分かっていませんわ。そのラフな格好って、非常識過ぎます」

 雅の服に対して、茜の格好は確かにラフなものだ。ハーフパンツにキャミソール。色だけは偶然雅と被っていて、微かにブルーが見えている。

「可愛くない?」

「可愛いとは思いますけど、TPOを考えて下さい」

「いいじゃない。時間になればショールでも羽織るって。暑いんだから、あたしはあたしの自由な格好でいたいの」

「そんなこと言って。わたくしは真剣なんですよ」

「その気持ちは分かるけど。ほら、その点に関しては絶対あたしのほうが上だから。何といってもこの間のお芝居で主役だったんだから」

「それは知っていますけど」

「雅、見に来てくれてないでしょ?」

「わたくし、学園がありましたから。その頃は確か合宿の準備のためにテストを作っていまして」

「もう、ひどいわ。あたしの晴れ舞台を見に来てくれてないなんて」

 わざとらしい口調で文句を言う。

「お父様は見にいくとおっしゃってましたわ」

「え?」

「え?」

「え、今、何て?」

「ですから、そのお芝居。お父様、見に行くって」

「聞いてないわ」

「言ってないんじゃないかしら」

「それからも、そんな話ししてない」

「行くって、まだ予定の段階だったから、時間の都合がつかなかったかもしれないけれど」

「そうね、そうよね。うん、きっとそうだわ。そうであってくれないと困る。あんなの見られたら、お父様、卒倒してしまうもの」

「あら、そんな内容でしたの?」

「ああ、テンション下がった」

「あげて下さいよ、ほら、もうすぐみんな集まりますから」

「努力する」

「して下さい」

 それから雅はパーティー会場を順に歩いていく。立場的に主役であるのだから、そんなに動き回る必要もないと思うのだが、その点はフォローしなければならないところだ。それにしても、今の一撃は大きかった。後でそれとなくうまく聞きだす方法はないだろうか。

 首を振る。そんな小細工が通用する相手ではない。だが、それならそれで何らかのアクションがあってもよいものだが、それもない。それを考えると、見に来ていないのだろうと考えて問題あるまい。あるいはお父様にとってあのお芝居はあまりにも瑣末な事象に過ぎないのか。けれど、テンションは落ちる、落ちる。

 もう一度窓から外の風景を眺める。

 しばらくは庭園だ。ところどころに彫像が立ち、あるいは池が形作られている。裏手に位置しているせいだろうか、茜には統一感がないように思える。不自然な、作り出された空間のようだ。その先にはまるで森でもあるかのように木々が押し寄せている。

 その木の間に、一瞬人影を捉える。

「誰?」

 声にはなっていない。

 影はまだそこにある。間違いなく、人間のものだ。体を半分隠すようにして、こちらを見ている。風にスカートが揺れているところも見えているので女性だろう。

 今ここに存在しているメンバーを茜は思い巡らす。

 それからパーティー会場。

 もう一度その人影を確認してから、茜は雅を呼ぶ。

「どうしたの、お姉さま。そんなにあせらなくても、多分大丈夫ですよ、お父様は……」

「スージーはもう来ているんだよな?」

「あら、どうしたの、スージー教授でしたら昨日から見えていますよ」

「今は?」

「朝図書棟に行くといっていましたが、まだ戻ってきてないわ、多分」

「多分じゃ困る」

「どうしたの、お姉さま?」

「それが」

 茜は窓の外に目配せする。が、そのときにはすでにそこに影はなかった。

「スージー教授?」

「分からないから聞いているんだ」

「お姉さま、気にしすぎですわ」

「そうじゃない。今、あそこの木のところに誰かいたんだ」

「まさか」

「嘘じゃない。だから確認してるんじゃないか」

「お姉さまも外からチャイムが鳴れば、ここの会場なら音が響くことはご存知でしょ? まだ戻ってきていないはずよ。少なくともわたくしはスージー教授が戻ってきたところは見ていませんわ」

「蘇芳、菫、浅葱、鴇、それに萌は二階だろう? ここにみんないる」

「それなら可能性は一人しかないわ」

「何だ?」

「お姉さまよ」

 その返事と同時に、心地よい音楽が鳴り響く。門で誰かがチャイムを押したようだ。

「……お姉、さま?」

 確かに、考えてみるとその可能性しか、残らない。けれど、その可能性はどれくらいあるだろう。


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