第20話「メルとエル/ほかの人なんて……/ミレカータ①」Ⅴ/S/N
「エリカ。メリオン。私ね。もしかしたら、すごく危険な仕事をするかもしれないの」
シリカはちょっと悲しそうな目で、じっと妹と弟を見て言った。たぶん、自分よりも、家族たちのことを心配しているのではないかと思う。
「悪い人が、いるんだって。それでね。この、ヴィクターとシリカっていう人も仲間になると思うんだけど……悪い人を、止めるために、私は選ばれたの。……ごめんね、意味わかんないよね」
「えっ! シルねえ、そんなことになってるのか?」と、メリオンという、オレンジ色の髪の男の子が言った。14歳なのだという。「すげーじゃん! カッコいいじゃん!」
「メル、そんなものじゃないのよ。……もっと、恐ろしいものなの」
「シルねえなら、大丈夫だと思うケドな」
メル、シルと呼びあうリリアント家の家族たち。僕とアルファンは、そしてメリオンとエリカはリビングルームに集められた。すごい部屋だった。じゃらじゃらしているというか、綺麗な装飾だらけで。イグニクア城の内装と、ほとんど同じだった。そういう顔で部屋をじろじろ見ていると、シリカは、家族みんなこういうタイプじゃないんだけど、物置にしまっておくのも、ご先祖さまに失礼だから、と決まりが悪そうに言っていた。
「シルねえ」と、エリカという茶髪の少女が言った。この子のほうは12歳。「わたしもね、すごく怖いことだと思う。だって、こくさい指名てはいみたいなことでしょ」
「そう。いい言い方ね。そうよ、メル、国際指名手配の人を探して、捕まえる、みたいなこと。軍の人みたいな仕事をするの」
メリオンはちょっと何か言いかけたけど、静かになって頷いた。
「だからね、メル、エル。お父様は、お仕事でたいへんだと思うから。私も、しばらく間はあんまり家にいられないかもしれない。それで、だいじょぶかな? マルとイルのお世話、できる?」
エリカは頷いた。「わたしね、シルねえのこと、応援してるよ。リリアント家に生まれるって、たぶん、そういうことなんだよね」
「……ごめんね」と、シリカは目を逸らす。僕には理解できない文脈だと思った。僕もアルファンが生まれた家は、お世辞にもお金を持っているところではない。「ゼッタイだいじょうぶ。心配しないでね」
「オレも……オレもさ、その仲間に入れないのか?」
「え? メルも?」
「そうだよ。シルねえだけ、そんなことするのって、ヘンだろ」
「メル。気持ちは、嬉しいよ。私も、メルと一緒だったらうれしい。でもね。メル。いま、私たちの家にはメルが必要だよ。だって、セリカお母様が亡くなって、お父様もあまり帰ってこられなくて、私までいなくなったら、メリオンが一番のお兄さんなの。分かるよね」
「……」
メリオンは押し黙って、俯いた。
「エリカ。メリオン」と、僕は言った。「シリカのことは絶対に僕が守ろう。僕も、このアルファンも、シリカと同じチームに入ろうと考えている。だから……安心してほしい」
エリカはこくんと頷いて、「はい。よろしくお願いします。シルねえと、仲良くしてね」
もう、とシリカが微笑むと、アルファンのほうも「ふふ。仲良くしますわ」と笑っている。
さっきシリカが発した『お父様』という言葉は、メリオンとエリカにとってどう受け止められたのだろうか。この家に異変が起きているとすれば、それは解決するべきだ。
そう思ってエリカのほうをなんとなく眺めていると、子供らしいつやのある若々しい茶髪が目を引いた。僕にとって、茶髪というのは特別な意味を持っていた。『茶髪の彼女』のことを、僕はまだ何も分からないでいる。
……目を覚ますと、レテアが俺の手を握っていた。嬉しそうに微笑むレテア。
「ソテル。おはよう」
「おはよう、レテア。俺……」
そうだ。昨日の王の間での戦いのあと、俺は気を失ってしまったんだ。ここは、医務室か?
「ほかの人は?」
「ほかの人は、いないわ。フィリアは先に目を覚ましたんだけど、仕事があるって言って行っちゃった」
そうか。俺とフィリアは、ひどい傷を負った。他のみんなは、大丈夫だろうか。
「ほかの人なんて、いいのよ」
「え?」
「ソテル。あなたが無事ならば。……よかった。このまま目を覚まさないのかと思って。他の人なんて、いい。ソテルが生きていてよかった」
そう言って、レテアは横たわる俺を抱きしめる。彼女の髪が俺の肩に絡みつき、ぬるい体温で包まれる。
「大丈夫だよ、レテア。俺は大丈夫だ。心配させてごめんな。レテアこそ、無事でよかったよ。俺も……レテアが無事なら、それでいい」
「もう。ソテルったら」
俺の頭の上で、レテアは幸せそうに笑った。
やがてふたりの気持ちが落ち着くと、レテアから簡単な説明を受けた。
セラフィタスはイグニクア王ナルヴィッツとその側近フィリアに雇われる、国際犯罪組織メルアに抗する組織であること。話しているうちに、シリカの父親が2人いるという奇怪な事実が浮かび上がり、これがメルアに関連すると思われること。その調査のために、エレアナが単独でエラ大陸に、そしてあの兄妹とシリカが3人でリリアント邸に向かったこと。
「俺達……出遅れちゃったな。レテアには心配かけちゃうけど、まだ動けそうにない」
「いいのよ。いいの。ここで、一緒にいられるのなら。かわいそうなソテル。医者は、あと1日か2日は動けないだろうと言っていたわ」
ナミダの剣が差したのは、俺の下腹部。傷のことはあまり考えたくなかった。自分の身体をあんな刃物が刺し貫きぐさぐさ傷つけたということを想像するのは、俺にはかなりキツイ。薬か魔法かで良くなっているのか、今は無理に動かさない限り痛みを感じることはない。
ベッドの並ぶこの部屋には医者など他の人はいなかった。レテアの話では、ここはセラフィタスの仮集合場所としてフィリアが手配したから、医務室は人員ごと場所を変えたという。
「ねえソテル。私、怖いわ。メルアなんて、よく分からない人達が、本当に世界を滅ぼすのなら……それは、すごく怖い」
「……そうだよな。怖いよな」
レテアの恐れの意味は、俺にだけはよく伝わった。俺の誕生日は今月22日。レテアは来月23日。これでふたりとも16歳で成人となり、結婚をすることができるようになる。それをするまでに世界が滅びなんてしたら、レテアの人生は『プロアミル家の長女』のまま終わってしまうのだ。それをレテアは何よりも恐れているのだ。
「大丈夫。大丈夫だからな、レテア」
俺の名前はソテル・ミレカータ。レテア・フォン・プロアミルが、レテア・ミレカータになれるまで、俺達はメルアなんかに負けるわけにはいかないのだった。
「ナミダ」
と、M5ノヴァが私の名前を呼んだ。
「M2やM7が……おまえに、興味があるようだが」
「え? なにそのキモイ言い方!」
「いや……ナミダ、おまえは、自分のことを多く語らないだろう」
メルア基地は薄暗く、静かな風の音がこだましている。私は手をひらひらさせて、あっちいけ、とノヴァに示す。「長生き族の過去なんて聞いてもなんにも楽しいことないぞ! 過去が嫌だから長生きして、自分の人生が良いものになるまで粘ろうとしてるんだから」
私の過去、かあ。初代セラフィタスとして、デウスとエクスとマキナと一緒に活動してました、って言ったら、みんなどんな顔をするのかな?
デウス。デウスかあ。デウス・ミレカータ。デウス、最近会ってないなあ。ソテルが本格的にメルアに絡んで来たら、デウスも出て来ずにはいられないんじゃない?
ソテルは、デウスのことを知らないだろう。ご先祖さまの名前って、意外と知らないもんネ。私には子孫はいない。だって、夫も子供も、あのとき死んでしまったから。私が血族は絶えた!
「まあネ、ノヴァクン」と私は言った。「この世にはね、嫌なことばっかりだ」
「……」
「だから、サ。目指さなければいけないんだよ。『楽園』を。ここにはない、理想郷を」
「……」
自分から話しかけてきたくせに、ノヴァは何も言わないで、メルア基地を出て行った。




