第1話「ナミダ」N
ナミダは涙した。だって悲しかったから。
「ナミダっ!」
私の名前を叫んだマキナは敵に向かって駆けだした。
泣いている場合じゃない。……殺さないと。
敵の男の名前はグラティハ。マキナは振り上げたこぶしをあっけなくグラティハに掴まれ、身体をぐいっと引き寄せられて腹部に強烈な打撃を受ける。
「マキナ! だいじょうぶ!?」
私は瞬間移動魔法を使った。グラティハの体の動かし方を見れば、死角はこのあたりのはずだ。
武器を持つのはキライ。血が嫌だから。
それが間違いだったと思った。一撃で仕留められなかった。でも、血はキライ……。
グラティハは息を漏らしながら、「あぶねえあぶねえ。……1対2は卑怯だろ」
マキナの放った空気魔法がグラティハを直撃し、彼は地面に倒れ伏した。「グラティハ。なぜメルアに加担しているの」
しかしグラティハは不自然に起き上がる。まるで神様に操られている人形のように。そして瞬時に鋭い刃物を取り出した。
とっさにマキナは後方へ跳ねた。かろやかだ。私ならそんな反応はできない。
「すごい根性だね。普通ならもう倒れているはずなのに」
グラティハの後方に回り無骨に頭を殴った。戦闘はキライ。
「いてえなあ! おい」
グラティハの手の先から大きな炎の玉が現れる。
「やばいこいつ!」マキナが叫ぶ。「エクス!」
人間一人を丸々覆えてしまいそうな、太陽みたいな炎。エラ城の地下空間、石造りの薄暗い室内を、赤くぎらぎらとしたその炎が照らしている。
ぐらり。天井が割れる。上から降ってきたエクス・ム・ミレーがグラティハの背中にナイフを突き刺した。グラティハの悲鳴と共に、鮮血が飛び散る。グラティハの炎はみるみるうちにその姿を委縮させ、やがて音もなく消えた。
「クソ……」
M4グラティハが私に向かって駆けてくる。これが最後と言わんばかりの、恐ろしい叫び声をあげながら。
「ナミダ!」
「だいじょぶだよ、エクス」
イノシシのように猛々しく直進するグラティハの肉体を瞬間移動で避けると、背後から彼を蹴り飛ばす。水魔法でサーフィンみたいに高速で移動したエクスがそれを受け止め、グラティハの両手両足を縛り付けた。
「これで動けないぞ」と言ってエクスはニヤリと両手の拳を叩きつける。「さあ、グラティハ。知っていることをすべて吐くんだ。そうすれば命は見逃してやる」
「……殺せ」
エクスはグラティハの頭を殴りつけ、「楽に死ねると思うな。僕とナミダは殺し屋だ。マキナがどういう人間かも、知っているだろ」
私もマキナも、エクスの後ろでグラティハを睨みつけていた。完全に無力化された大男ひとりを、殺し屋2人、そしてマキナという人間が取り囲んでいる。きっとすごく奇妙な光景だっただろう。
「……くっ。ご……ごご……」
そしてグラティハは泡のようなものを吐いて絶命した。
「うわ。……すごい」と、エクスは身軽に死体から距離を取った。「すごい信念だ。死なれちゃった」
死には慣れていた。エクスも、マキナも、私も。それでもやっぱり、目の前で死の瞬間を見てしまうと、簡単に言葉を発することは出来なかった。
コツコツ、と足音が響く。地上階から、黒いコートを着た男が現れた。彼はため息をついて部屋を見渡す。
「私の出番はなかったな。戦闘をすべて任せてしまうのは、やや、情けないと感じるが」
マキナは笑った。「良いんだよ、デウス。武術とか魔法なんて、出来ないほうが幸せだよ」
城の地下に王様の死体を放置することはできない。それを処理したのはデウスだった。エラ魔法王国という一国の王様が急死したことは騒ぎになるだろうけど、それも仕方ない。
……私の名前はナミダ・ストレイル。ナミダって、良い名前でしょ?
デウスと、エクスと、マキナと私。この4人は永遠の友達のはずだった。でも、それは私の思い込みだった。
結局、デウスは悪者だったし、マキナは2回、エクスは3回も死んだ。
だからこそ、この記憶は私の大事な思い出だった。




