第203話 再度アトレアへ
翌朝、日課のランニングは中止して、早めに朝食を取りアトレアに向かうことにした。ラッティーの荷物は、昨日中にアスカがまとめてくれていたのですでに収納済みだ。
きのうから草地に置きっぱなしにしていた『スカイ・レイ』はきのうのうちにアスカが整備を済ませ魔石も交換している。
俺たち三人が『スカイ・レイ』に乗り込もうとしたら、屋敷の中からうちの連中がぞろぞろと全員出て来て『スカイ・レイ』の横に並んだ。
「ラッティーちゃん、よかったね」「たまにはこっちに遊びに来てね」……
シャーリーがみんなにラッティーのことを話したようだ。やはりちゃんと挨拶させればよかったか? 湿っぽくなるかもと思ってみんなには事後報告するつもりだったが、
「それじゃ、ラッティー。みんなに一言、言ってやれ」
「みなさん、短い間でしたがありがとうございました」
最後の方は涙声になってしまったがラッティーはまだ小さな女の子だ。よくがんばった。
「それじゃあ、行こう」
『スカイ・レイ』での空の旅では、名まえだけの副操縦士の俺は、副操縦士席に座っている必要もないので、ラッティーの座っている座席の後ろに座って、いろいろ話をした。
やはり、アスカの予想通り、アトレアの王さまの館でのラッティーの身の危険を感じた彼女の乳母がラッティーを館から連れ出して同じハーフ・エルフの街のブレゾに隠れ住んでいたそうだ。
ブレゾで働きながらラッティーの面倒をみていたその人は隠れ住んで2年、ラッティーが7歳の時、病で亡くなったそうだ。それから3年、ラッティーは一人で生きていたという。淡々と自分の身の上を語るラッティーの言葉が、逆にラッティーがこれまで生きて来た過酷さを物語っているような気がした。二年前に実の母親が無くなったことも知っていたようだ。
それと、ラッティーの本当の名前も本人の口から教えてもらった。『リリム・アトレア』、アスカは知っていたようだが、これが、ラッティーの本当の名前なのだそうだ。女の子にラッティーはないと最初は思っていたのだが、言い続けているうちに、やはりラッティーにはラッティーしかないと思っている自分がいたようで、逆に『リリム・アトレア』に違和感を感じてしまう。そういうものなのだろう。
どちらにせよ、俺にとってはラッティーはラッティーだからそれでいいんだ。
出発が早かったおかげで、アトレアの近くに『スカイ・レイ』が着陸したのはちょうど正午だった。昼食は早目に艇内で済ませている。
「それじゃあ、行くか」
三人で、アトレアの門をくぐり街に入った。門では、門衛の人が俺たちを認めて敬礼して来た。とっさに俺も敬礼のマネをしておいた。
少し驚いて、門をくぐると、そこはアトレアの街だ。ラッティーの生まれ故郷なのだが、5歳までしかいなかった街なので、そこまでは感慨はないだろう。珍しそうに街を眺めながら歩くラッティーを連れ、通りをまっすぐ行くとアトレア王の居館が見えて来た。
館の入り口前には、ハンナさんを始め十人ほどの人たちが並んでいた。
「ラッティー、いいか」
「はい」
「コダマ子爵閣下、エンダー子爵閣下、陛下をはじめ館の一同お待ちしておりました。ああ、殿下も立派になられて……」
「殿下をお連れしました。陛下に会っていただく前に殿下の衣装を着替えたいので、お部屋をお借りできますか?」
「はい、どうぞ、こちらにおいでください」
通された部屋でラッティーが着替えを済ませることになり、俺は隣の続き部屋でラッティーの着替えが終わるのを待っている。
「できました」
アスカがラッティーを連れて俺のいる部屋に来てくれた。アスカに連れられたやや頬を染めたラッティーは殿下と呼ばれるにふさわしい気品を漂わせて入り口に立っていた。
緑色のベルベット生地の上下。上は、やや丈の短い長そでのジャケット、白い絹のブラウスの上に赤と黒のチェック柄のベスト。下はジャケットと同じ生地でやや広がった膝丈のスカート。裾には白いレース縫い付けられている。白いレースの靴下とピカピカに磨かれた黒いエナメルの小さな靴が可愛らしい。
飾り物はつけていなかったがそれでも、いやそれだけに清楚な少女がそこにいた。
「ショウタさん、アスカさん。このご恩は一生かかっても返させていただきます」
「ラッティー。気負う必要なんかないんだぞ」
「ラッティー、おまえがアトレアの王女になって、やがて女王になっても私たちはいつまでも家族だ。家族のあいだには恩や義理などない。ただ家族であるだけだからな。忘れるな」
「はい」
われわれはハンナさんに連れられ、アトレア王の執務室に行った。もちろんそこでは、俺とアスカに対する王さまからの感謝の言葉があった。そしてその後は親子の涙のご対面となった。
俺とアスカはすぐに部屋を後にし、いったん貴賓室に引き上げることになった。
貴賓室の居間で、アスカとお茶をいただいていたら、しばらくして、扉をノックする音が聞こえてきたので、
「開いていますので、どうぞ」
「ショウタさん、アスカさん」
そう言って、ラッティーが部屋に入って来た。ハンナさんが部屋の入り口に控えているのが見えた。
「父とさきほど話をしました。ここアトレアでは教育機関が発達していないため高等教育を受けることができません。父も昔はアデレート王国の付属校からセントラル大学に進んだそうです。私もその道を進みたいと言ったら父は二つ返事で許してくれました。できれば今まで通り、ショウタさんとアスカさんのお屋敷に住まわせていただけませんか? どうかお願いします」
その日は、アトレア王と、ラッティーと俺とアスカ、四人で晩餐をとった。
「リリムをよろしくお願いします」
「はい、お任せください」
翌日昼過ぎ、俺たちはラッティーを連れ、アトレアを後にした。
「ラッティー、良かったのか? もう数日お父さんと過ごしていても良かったんだぞ」
「大丈夫です。ここに帰ってくればいつでも父に会えますから」
「そうか。そうだな。それじゃあ、『スカイ・レイ』発進!」
「『スカイ・レイ』発進します」
アトレア編はここまでです。ありがとうございます。
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