第191話 ダンスパーティー本番
王宮勤めの長かったヨシュアによると、ダンスパーティーは招待状に書いてある通り午後6時から始まるのだが、主催者である王家の面々は午後8時頃会場に現れるという話だった。だからといって、午後8時に行けばいいということはないらしく、子爵程度のペーペーは時間通り午後6時には出席している方が無難なのだそうだ。パーティー自体は午後10時頃最後の曲が演奏され、それでお開きになるそうなので結構長い。
いまは本番衣装ということで、昨日やっと届けられた衣装を、アスカと二人で着てみたところだ。
姿見の前に立って、いい感じに仕上がったわが身を眺めてみる。
エナメルの黒靴に、黒のズボン。すこしベージュ色を帯びた絹のシャツの下をズボンの中に入れ、その上から黒い絹製のサッシュで締めた。えんじ色のやや厚めの上着に袖を通して出来上がり。シャツの胸元にはヒラヒラがついてラシクなっている。少しその場で、「クイック、クイック、クイック、クイック、回りながらスロー」をしてみたところ上着の背中側、太ももの中ほどまで伸びた部分が浮き上がり、なかなかに踊り慣れた感じが出ている。
頭の中には、アスカの『クイック、クイック、クイック、クイック、回りながらスロー』が今も響いているのでいつでもスタンバイOKだ。
アスカの銀糸の入った白のロングドレス姿は見事というほかなかった。足元は銀色のパンプス風の革靴で、ところどころにあしらわれている磨き上げられたプラチナの幾何学模様の飾りがキラキラ輝いている。プラチナのブレスレットと濃い緑色の翡翠のイヤリング、それに長めの金のネックレスを身に着けたその姿は、どこの貴婦人、ご令嬢といったところだ。
「アスカ、ちょっとそこで、ターンしてみてくれるか」
「こうですか?」
ほう。フレア気味のスカートと長そでの袖口がターンしたことでふわっと拡がって、きれいなくるぶしとプラチナのブレスレットが煌めく手首が見え、なかなかに良い。これだと、ダンスパーティーで男に誘われまくりだな。疲れを文字通り知らないアスカなら全く問題ないだろう。
仕立て屋さんによると、今回、俺とアスカの衣装をダンスパーティーに間に合わせようと無理して作った関係で、残念ながらシャーリーとラッティーの余所行きはあと三日ほどかかるそうだ。それは、しかたない。
「アスカ。それじゃあそろそろ、王宮に行くか?」
「はい。マスター」
玄関先に待たせてあったサージェントさんの箱馬車に乗りこみ、パーティー会場の王宮に向かう。
そんなに時間もかからず、王宮を囲む堀を越えて正門を抜け、いつもの車寄せに到着した。
「それでは、9時にはお迎えに上がり、あちらの馬車の駐車場におります。お帰りの時はお声かけ下さい」
そう言って、サージェントさんはいったん屋敷に戻って行った。
王宮への出入り口にはいると、見知った侍女の人が控えていてくれて、ダンスパーティーが開かれる会場の大広間に案内された。
案内された先は、このまえ勇者たちの凱旋記念だか、慰労会が開かれた大広間だった。
正面の一段高いステージの左わきに楽団というのかオーケストラというのかそれっぽい制服を着た三十人ほどの人たちが楽器を持って準備をしている。いま会場にいるパーティー参加者は4、50人といったところか。当たり前なのかどうかは分からないが、男女はほぼ同数だった。会場の左右の壁際には、料理や飲み物が用意されたテーブルが並んでいる。
「マスター、6時までまだ時間があるようですから、何か食べていましょう」
相変わらずのアスカは、ずかずか料理の乗ったテーブルの方に歩いていってしまった。俺も女性をエスコートしているという建前があるらしいので、急いでアスカの横をついて行く。
アスカが入り口からテーブルに向かって移動するにつれて、会場にいたパーティー参加者が男女関係なくアスカを目で追っているのがわかる。間違っても俺を見ているわけではないようだ。たしかに今日のアスカは人目を引くから仕方ない。
今日は、衣装を着る前に一度風呂に入って来たのだが、風呂の前にアスカに頼んで頭をきれいに刈ってもらった。だいたい五分刈りだな。このくらいの長さだと夏ならば頭と顔を一度に洗えて非常に便利だ。しかし、便利なことが一般的であるかというとそうではないらしい。まず、この国で坊主頭をしている貴族はいないという。そういう意味では俺は稀有な存在なのだろうが、稀有なだけの存在のようだ。
「マスター、どれを食べます? お取りしましょう。カナッペが種類があってどれもおいしそうです」
なんだか、今日のアスカはサービスいいな。いまはまだ食欲があるわけじゃないが、せっかくアスカが言ってくれたのだから、
「それじゃあ、そこらの、カナッペを適当に取ってくれるか? あと、そこの、生ガキかな」
「……レモンも一緒にどうぞ」
「アスカ、ありがとう」
アスカもそんな気分になる日もあるんだろう。
アスカに渡されたお皿からカナッペをつまんでいると、時間になったのか、楽団が音楽を演奏し始めた。当然曲名など俺にはわからないのだが、タンゴでないことだけは分かる。
クイック、クイック、クイック、クイック、回りながらスロー。流れている音楽など関係なく、頭の中にまたあれがよみがえって来た。クイック、クイック、クイック、クイック、回りながらスロー。




