第179話 カレーだよ、カレー。
厨房に入っていくと、ゴーメイさんたちはちゃんと俺のことを待っていてくれていたようだ。
「それでは、始めましょう」
いかん、スパイスについての頼みの綱のアスカはいまラッティーの勉強で二階だ。ラッティーの勉強の邪魔はできないし、だからといって、俺一人ではスパイスをどうこうできるわけがない。
仕方ないので、野菜と肉の下ごしらえをしてもらうことにした。
「まずは、牛肉をビーフシチューを作る時とおんなじ感じで切ってください」
そうそう、スパイスを入れなければ、カレーなんてシチューみたいなものだからこれでいいはずだ。
肉などの足の早そうな食材用の冷蔵庫っぽい魔道具のケースから、牛肉のブロックが取り出され、大きなまな板の上で見る間に大き目の賽の目状に切り分けられて行った。ゴーメイさんの包丁の腕の芸術といったところか。
次はタマネギだな。
「玉ねぎは、シチューを作る時と比べて多めに用意して、みじん切りでお願いします。みじん切りにした玉ねぎは小麦色になるまでじっくり炒めてください」
今度はミラが、玉ねぎの皮をすごいスピードでむいて、ゴーメイさんに手渡すと、それをゴーメイさんがミラに倍する速さでみじん切りにしていく。
見とれていたら、玉ねぎのみじん切りの小山ができ上がっていた。ゴーメイさんは大き目の寸胴鍋にその小山を移し、魔導コンロの火をやや強めにして炒め始めた。使っているのは大きなしゃもじのような形をした木製のへらだ。
「それじゃあ、次はじゃがいも。皮をむいたら、これもさっきの牛肉くらいの大きさに切って水にさらしておいてくれればいいかな。煮込む前に鍋に入れればいいはずだからゆっくりでいいよ」
ミラにゆっくりでいいといったのだが、スローモードなどないといった感じで、これもすごいスピードでジャガイモの皮がむかれ、サイコロ状に切られ、切られたはじから水の入ったボウルに移されていった。
さて、そろそろスパイスを何とかしないといけないと思案をしていたら、ラッティーの勉強が早くに終わったのか、アスカが厨房に現れた。
「アスカ、ラッティーの勉強の方はいいのか?」
「今自習させています。基本的な読み書きは最初からできていましたので、少し難しそうな文章を与えて、筆写させています」
「よくそんな子供の勉強に役に立つような本があったな? うちにあるのはシャーリーの学校関係の本ぐらいだろ?」
「いえ、先日居間のテーブルの上で『愛の少年たち』という本が置いてあるのを見つけたのですが、持ち主に返すのを忘れて今日まであずかっていた物を、挿絵もあるしちょうどいい教材と思いラッティーに渡しました。それをわたしの机の中にあった紙に写させています」
アスカが『愛の少年たち』といった瞬間、ミラの手が止まったような気がしたが気のせいか? しかも、アスカが返すのを忘れたと言ったがアスカが何かを忘れることってあるのか? まあいいや。とにかく助かった。
「いえ、本の題名を間違えました。ほんとうは、『アデレート王国史』というもので、ハウゼンさんが持っていたものを借りました」
「間違え方が良くわからないが、ちょっとそいつは子どもには難しそうな本だな」
「本などは慣れですから問題ないでしょう。アデレート王国の歴史を知っておくこともこれから役立つはずです。マスターには薦めませんから安心してください」
「そいつは良かった。それで、今はこんな感じまでカレーの準備が進んでいるんだが、スパイスをどう調合しようかと悩んでいたところなんだ」
「そろそろ、スパイスを用意するころだと思いここに来たのですから問題ありません」
棚の中にしまってあったスパイス各種を取り出したアスカが、玉ねぎを炒めているゴーメイさんに、スパイスの処理方法や配合比率などを説明している。いちいちゴーメイさんもうなずきながら聞いている。ゴーメイさんのようなプロなら、納得しながら一度話を聞けば、それだけで自分のものにしてしまうのだろう。ゴーメイさんが最後に大きくうなずいたところでアスカの説明が終わったようだ。
ジャガイモの下ごしらえが終わったミラが、ゴーメイさんに代わり玉ねぎを炒め、ゴーメイさんは先ほどアスカが説明した通り、スパイスを石うすのような器具を使って粉にひいて行った。
でき上がった粉を最終的に混ぜ合わせたものは、黄色であの独特の匂いがする。離れたところからでも分かるカレー粉だ。
後ろで見ていることしかできない俺だがうれしくなってきた。カレーだよ、カレー。
玉ねぎの炒め具合を確認したアスカがOKをだしたので、玉ねぎの入った鍋はいったん火を止められた。今度はかなり大量の牛肉をゴーメイさんが別の大鍋で炒め始めた。これもやや強めの火で炒められ、表面に程よく焦げめがついている。
その中に先ほど炒め終わりペースト状になった玉ねぎが入れられ、大きなへらで玉ねぎと牛肉をしっかり混ぜ合わされたところで、ミラがその上に水を切ったジャガイモを投入した。そのまま、ゴーメイさんが全体をへらで混ぜ合わせていった。
大鍋の中身がいい具合に混ぜ合わされたところで、大きなボウルに入った水をミラがゆっくり上から注いだ。大鍋の中身を混ぜながらゴーメイさんが「よし」と言ったところで水を入れるのを止めて、そこから煮込みが始まる。沸騰するまで強火で、そこでアクをあらかた取ったら、とろ火でジャガイモが崩れない程度まで煮込み続ける。
「大鍋で煮込んでいる間に、コメを研いで炊き始めてしまいましょう。先ほどのスパイスの感じですとかなりコメを食べる量が多くなりそうですから大目に準備したほうが良さそうですね。ミラはそろそろ、サラダの準備を始めてくれ。
コメの量が多いので炊くのは注意が必要ですが大丈夫でしょう。それではスパイスを入れて最後の仕上げにかかりますか」
厚手の大き目な鍋二つ分のコメが研がれ、蓋をされて火にかけられた。
別のボウルの中に入れてあった、いわゆるカレー粉を、いったん火を落とした大鍋に少しずつ入れながら中身を木のへらで混ぜ合わせていく。すぐに中身が黄色くなり、それから徐々に茶色っぽくなってきた。同時にいい香りが厨房一杯に漂って来る。
だが、大鍋の中をのぞき見るに、ややとろみが少ない気がする。ビーフシチューのときはもう少しとろみがあった気がするのだが。
「ゴーメイさん、だいぶいい感じにできているようなんですが、なんだかビーフシチューの時のようなとろみが欲しいんですよね」
「そうですか。ビーフシチューの時はトマトを入れてとろみを出しているんです。試しに、トマトをつぶして追加で入れてみますか」
「そうだったんですか、それならトマトを入れてみてください」
すぐに野菜置き場から運ばれたトマトが洗われて、小さく潰されたうえで裏ごしされ、トマトジュースのような物が作られた。
「ビーフシチューの時は、肉を炒めたすぐ後にいれていたんですが、柔らかいいい肉なのでそんなに差はないでしょう。それでは、少しずつ入れていきます」
ボウルから大き目のお玉にトマトジュースをすくい、大鍋に入れてその大鍋をゆっくりかき混ぜる、三杯ほどトマトジュースが大鍋に入ったところで、
「だいぶいい感じにとろみが出てきました。あと一杯でいいみたいです」
最後の一杯のトマトジュースが大鍋に入れられ、ゆっくりかき混ぜられる。特にカレーが赤くなることもなく、トロっとした感じがいかにもカレーだ。
「このまま、煮込んでしまいますとジャガイモが煮崩れますから、いったん火を止めてお昼前になったところで加熱しましょう。そのほうが味も落ち着くと思います。
それじゃあミラ、他の付け合わせを作っていこうか」
「ゴーメイさん、おいしそうなのができそうですね。盛り付けは、深めの皿にご飯を盛ってその上に適当にカレーかけちゃってください。俺たちはここらで退散します」
「昼食は、期待しておいて下さい」




