第140話 ただのヨシュア
死んだはずの私が目覚めたのは王宮に付属した治療院の一室だった。
この一年ほどは、いつも体調がすぐれずどこか体の具合が悪かったのだが、目覚めて以降なぜか体が軽く、それまで自分自身を騙して生きていたせいで、緊張が続きいつも首筋が凝っていたがそれも解消されている。鏡で見た自分の顔にはツヤと張りがあるのが分かる。そういった外面的なことだけでなく、これまで実の両親を筆頭に、多くの人間に対して抱いていた恨みや不信感といったものがきれいになくなっていた。
その日一日病人として治療院の個室で寝ていたが体調が良すぎるのも考え物で、個室の中を裸足で歩き回ることで時間をつぶした。次の日になり、簡単な診察を受けた後、私の取り調べが始まった。
取り調べと言っても、これから私がしばらく住むことになると言われた王宮の離れの一室に取調官がやって来ての取り調べだった。取調官に対しては、自分の知っていることを全て話した。全てと言っても、数カ月に一度訪れる女に補充される薬をリリアナ王女殿下の飲食物にいれていたことだけだ。
自分の行ってきた行為を否定することはできない。おそらく自分は極刑となるだろうが、罪は償わなければならない。それについて恐れる気持ちはない。取調官もそのことは理解していたようで、それ以上の追及はなかった。
取り調べの最後に取調官が私に話したことに私は大いに驚かされた。私が生きているのは、リリアナ王女殿下にエリクシールを献上したあのコダマ子爵がたまたま私の自殺現場に居合わせ、エリクシールを使って私を助けたというのだ。
自分の命とエリクシールの価値を比べれば、まるで釣り合っていないし、無駄なことをしてくれたものだと思ったが、それとは別に感謝の気持ちも湧いてきた。
一度だけ取調官に会ったきりで、それ以降なにもないまま、刑が確定したようで、私は終身犯罪奴隷となることが決まったと告げられた。あとは、逍遥として刑の執行地、おそらく鉱山へおもむくだけだ。
終身犯罪奴隷は終身という言葉が付いているが、労働が厳しく長くても三年でほとんどの者が体を壊すか事故でそのまま死んでいくと聞く。ひとおもいに処刑にされることを望む者も多いと聞く。私は自室で軟禁されたまま刑の執行地に連れて行かれるのを待っていたが、犯罪奴隷の奴隷紋を魔法で刻まれることもなく、なにもないまま何か月か月日が流れた。
どういった、経緯でかわからないが、商業ギルドから私の軟禁されていた部屋に迎えがやって来た。とうとう私も、商業ギルドの経営するどこかの鉱山か工事現場に連れて行かれるのだと思ったが、連れて行かれた王宮の裏口には、立派な箱馬車が止めてあり、その中に商業ギルドのギルド長が乗っていた。
そのギルド長の話ではこのまま、コダマ子爵の屋敷にあいさつに行くのだそうだ。どういうことなのか尋ねてみると、コダマ子爵が了承するのなら、私をコダマ子爵に預け刑の執行としたいという話だった。
コダマ子爵が使用人を虐待するような人間ではないことは明らかだ。これでは刑の執行ではなく仕事場を変えただけだ。そんなのでいいのかと尋ねたら、ギルド長さんは、にっこり笑って、「いいんですよ」それだけだった。
新しくできたコダマ子爵の屋敷の応接室で、コダマ子爵たちとあいさつを交わした後、リストさんの説明でコダマ子爵はすんなり私が屋敷で働くことを認めてくれた。ああ、この人はこういう人なんだと妙に納得した。
その後、一度、王宮で軟禁されていた部屋に戻り、わずかな手荷物を持って、コダマ子爵の屋敷に戻ったら、屋敷の人たちに温かく迎えられた。なぜかわからないが涙がこぼれてしまった。
今日から私はただのヨシュアとしてこの屋敷のみんなと暮らしていくことに明るい何かを感じた。




