第108話 飛空艇1
両足を広げ、やや腰をおとし、まっすぐ前に伸ばした両手をいったん左に水平に揃え、ゆっくり上に回転させながら、右に回して水平に保つ。
「とう!」
気持ちは、今の掛け声とともに前方一回転二分の一捻りをしたつもりだ。天井がそこまで高くないので実際は掛け声だけだ。
「見よ! これが必殺! マスカレード・ブルーノヴァ!」
『マスカレード・ブルーノヴァ』、まだどんな必殺技なのかは考えていないが名前だけはカッコいいのを思いついてしまった。忘れないうちにメモメモ。
『ナイツオブダイヤモンド』のスイートの玄関口に置いてある等身大の姿見の前で、マスカレード仮面の変身ポーズや決めポーズをいろいろ考えているのだがなかなか思うように良いポーズが思い浮かばない。
「マスター、先ほどから何をしてるんですか?」
「何でもない。見なかったことにしてくれ」
「人前、特にシャーリーの前では控えてください」
「わかりました」
いつものようにシャーリーを付属校に送り出したあと、『ナイツオブダイヤモンド』の最上階スイートで暇を持て余していたなかでのポーズ研究だったが、これまでか。
アスカが居間でおとなしくしているのを幸いに、こうしてポーズの練習をしていたのだが、見られているのに気付かなかった。何気に恥ずかしい。これというのも暇なのが悪いんだ。
「なあ、アスカ。暇なんだけど」
このスイートは商業ギルドのギルド長、リストさんの好意により飲み食い代も含めタダで貸してもらっているものだ。
シャーリーの付属校への転入などでもかなりの便宜も図ってもらっていたので、われわれにできるお返しにと、南の山々のふもとで薬草を採取し、数日かけて商業ギルド本部の元宿直室を借り切って、錬金釜を使ってPAポーションを一万本ほど量産し、商業ギルドに正規の価格で卸した。
ボルマン侯爵によって不当に吊り上げられていたポーションの価格なのだが、侯爵がいなくなった後も高止まりしていたため、本当にポーションを必要とする冒険者たちが困っていたそうだ。これで何とか元の価格までポーション価格を下げることができそうだとリストさんに言われ感謝された。
「なあ、アスカ。暇なんだけど」
そういったこういったで、ずいぶん忙しい日々をアスカは過ごしたわけだが、ショウタ自身は収納から薬草を取り出し懸命に錬金釜を操作するアスカに手渡すこと、ポーション瓶を並べること、それにでき上がったポーション瓶に蝋で封をしたくらいであるが、本人は結構仕事をした気になっている。
「なあ、アスカ。暇なんだけど」
「マスター、私にどうせよと?」
「なんか面白いことないかな?」
「面白いことと言われましても」
「アスカ、俺のいた世界のファンタジー小説には飛空艇と言って空を飛ぶ船が出てくるんだ」
「いきなりですね。マスターの知識ですので私も知っています」
「で、どうなんだ? この世界に飛空艇とか空飛ぶ機械はないの?」
「飛空艇を現在建造中であるという噂はあります」
「何? 本当か?」
「ただ、私も噂を聞いただけですので真偽のほどは不明です」
アスカは最近俺をじらして喜んでいる節がある。
「どういうこと?」
ここは、素直に聞こうじゃないか。
「ここ、王都セントラルで飛空艇を建造している発明家がいるという噂です。主要部品の調達はどうにかなったそうですが、そこで建造資金が枯渇して現在建造が止まっているようです」
「よーし、その発明家って人のところに行ってみよう。名前と場所は分かるのか?」
「名前はタチアナ・ボルツ。女性です。住んでいるところは引っ越ししていなければわかります」
会ってみて、その人が良さげな人なら投資するのも手かもしれんな。男子高校生投資家! いい響きじゃないか。さっそく行ってみよう。
「ここがアスカの言う発明家のタチアナ・ボルツさんの家か?」
アスカに連れられてやって来た目の前の家は、敷地はかなり広いようで、昔はそれなりのお屋敷だったのだろう。しかし、現在屋敷の庭は雑草だらけで荒れ果て、建屋の壁にはところどころ剥げ落ちた個所もある。門扉は内側に半分開いたまま。本当に人がここに住んでいるのか?
「うわさが事実なら、この家がタチアナ・ボルツさんの家です」
ミニマップを見ると敷地の奥に、確かに人が一人いるようだ。
「門が開いてるから、敷地の中に入って呼んでみよう」
「ボルツさんのお宅ですかー? ごめんくださーい。ボルツさんいらっしゃいますかー? ごめんくださーい」
玄関前で大声で呼んでみる。しばらく大声を出していると、家の中で、何かが倒れるような音やぶつかる音がしてそれが近づいてきた。
「ハイ、ハーイ。今開けますよって。ちょっと待っててや」
ガチャガチャ鍵を開ける音がして、ドアが開いた。出て来たのは、バンダナを頭に巻いた小柄な女性だった。
「うちがタチアナや、うちになんか用かいな?」
「突然ですが、私の名はコダマ、先日子爵を賜ったものです」「私はエンダー、同じく子爵です」
「で、その子爵さんたちがうちに何の用や?」
「ボルツさんが飛空艇を建造されているという噂を耳にいたしまして、是非お話をお聞かせ願いたいとうかがった次第です」
「ほうー。うちの飛空艇なー。残念やったなー。うち、もう飛空艇作ってないんやわ。せやけど、わざわざうちに会いに来てもろーて、ただ帰すのもなんやから、まあ中に入り。茶でもだすさかい。足元は気ーつけなあかんよ」
玄関を入ると、床に色々なものが散らばったホール、その先をボルツさんが進んでいく、そして、そのまま裏の扉を開けて、外に出ていってしまった。目の前には大きな倉庫がある。
「今、うちはこっちのガレージで寝起きしとんのよ。屋敷の方は両親が死んでしもうた後、雇うとった人がみんなおらんようなってな、今じゃ使うとらんのよ」
倉庫のようなガレージに入ると、中はかなり広く、意外ときれいに整頓してあり、正面にエイの形をした巨大な物体の枠組みだけがあった。その脇に炊事道具やテーブルを置いた一角が有り、そこでボルツさんは生活をしているようだ。
「まあ、こっちに来て座っとき。今茶淹れるさかい」
隅に置いてあったテーブルを囲んだ椅子に座りながらも、エイ型の枠組みを眺める。すぐに、両手でマグカップを器用に三つ持ったボルツさんが戻って来た。
「飛空艇を作るお金が底をついてしもうて、ごらんの通り今は休止中や。あたしは、機械の修理なんかを請け負うて日銭を稼いどるところや」
「飛空艇を近くで見てもいいですか?」
「ええよ」
「近くで見ると大きいですね」
「そうやろ。もし出来上がったらこうなるちゅうあたしの予定はな、……
飛空艇
全幅:二十メートル
全長:二十五メートル
うち胴体部全長:十メートル
うち尾部全長:十五メートル
(尾部先端はX舵で、安定舵、方向舵を兼ねる)
胴体部最大厚:三メートル
上昇限度:千五百メートル
速度:巡航時、時速二百五十キロメートル。最大三百五十キロメートル(三十分)
航続距離:五千キロメートル(巡航二十時間)
本体重量:十二トン
離昇荷重:十五トン
(搭載荷重:三トン)
機体後部に収納設置されたタラップを使い搭乗
主機:魔導(空気)加速器×四(吸気を加速し、排気として出力する)
補助:小型魔導(空気)加速器×四(方向転換、主機の補助として使用)
……こんな感じになる予定やったんや。しっぽの部分はまだつけとらんけどな」
「ぶしつけですが、建造が進まない理由は、資金だけなんですか?」
「いや、それだけやないんや。いま目途を立てることができる離昇用の魔道具の出力が重量的に十五トンが限界なんやけど、今うちが手に入れる事の出来る素材で飛空艇の側を作るとなると、本体重量が十五トンを超えるんや。それやと何とか飛べても誰も乗れへんな」
「なるほど、本体重量を軽くできる素材がないのなら仕方ありませんが、心当たりがあるのなら教えてもらえませんか? 私たちなら何とかできるかも知れませんし」
「なんで、子爵さんたちがあたしにようしてくれるん?」
「飛空艇はロマンでしょ。空を飛ぶのを見てみたいんですよ。だから、こうしてここにお邪魔したんですから」
「ロマンか。そうやな、うちもロマンを求めて、親の残した財産食いつぶした口やからな。そうやな、素材の条件は軽くて丈夫で薄いことや」
どっかのオカモトさんみたいだな。実物は見たことないけど。
「理想的なのは、モンスター素材やな。たとえば、ワイバーンの翼、高価すぎて手がでん素材やけど、そもそも売りにも出てこんな。それに、この飛空艇を覆うには一匹二匹じゃとても足りんな」
売っている物なら買えば済むが、売っていなければ自分たちで狩ってくるしかないか?
『ワイバーンか。アスカ何とかならないかな?』
アスカならいい知恵が出てきそうだが、どうだろう。




