第100話 逃亡勇者ヒカル
「勇者さまはまだ見つからないのか?」
第2騎士団本部で側近の部下たちに、大声を上げるトリスタン第2騎士団団長の姿があった。
『あの人相だ、すぐに見つかるはずだがまだ見つかっていない』
先月、ギリガン騎士団総長に勇者を鍛えなおしていただきたいと依頼したところ、総長による特訓が行き過ぎてしまい、勇者ヒカルの心が折れてしまった。その後のヤシマダンジョンでも、精彩を欠くどかろか全くのお荷物状態だったと聞く。
王都に戻った後も、自室にこもり訓練にも参加しなかった。昨日侍女が勇者の部屋を掃除しようと部屋に入ろうとしたところ、鍵がかけられ、呼んでも返事がなかった。合鍵で部屋に入ったところ、部屋の中に勇者の姿はなく窓が開け放たれていたそうだ。
ヒカル・カネダが真の勇者であることを知るのは第2騎士団の上層部と同騎士団の一部の騎士。そしてギリガン騎士団総長。それにマリア王女と彼女付きの一部の侍女だけである。
現在は、これこれの人相の者を探しだし、第2騎士団本部に連絡するよう、警備隊にも応援を頼んでいる。
「何度も言うが、決して剣を向けてはならんぞ。私が行くまで勇者さまを引き留めておくんだ」
トリスタンは自分の実力では現在の勇者と良くて互角、これ以上勇者を鍛えることは困難になってきていたため、己のはるか上の実力者であるギリガン騎士団総長に勇者を鍛えて貰おうと単純に考えていた。
ギリガン総長に鍛えてもらえば、勇者ヒカルも何か得るものがあるだろうと思っていたのだ。
現在は、王国一、大陸一、二と言われる絶剣のギリガン騎士団総長の苛烈さと実力を見誤っていた自分を後悔している。
どんなに勇者ヒカルがダメな勇者でも、聖剣を扱えるのは彼一人なのだ。このままでは『魔界ゲート』を閉じる手段がなくなってしまう。
焦りで、額からいやな汗が流れる。マリア殿下不在のいま、頼れる上司はギリガン総長だけなのだが、この件を報告に行くのがためらわれる。しかし報告しないわけにもいかず意を決し、総長のいるはずの第1騎士団本部に向かうのだった。
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昨日、発作的に自室の窓から飛び出して王宮を抜け出したものの、持参したのはわずかばかりの現金と、大切な『青き稲妻の大剣』だけである。
「畜生、なんで勇者の俺があんなババアに負けなきゃならないんだよー!」
もう何十回、何百回と繰り返した言葉である。
「くそー、何が『魔界ゲート』だ! 知るかー」
「俺を、日本へ返してくれよー」
最後は泣き言である。毎日剃っていた眉毛も、今は伸び始めている。
「モエもサヤカも俺を可哀そうなヤツを見るような目で見やがって。今じゃ俺のこと無視だよ、無視! チクショー!」
最初ショウタを可哀そうなヤツと見下していたことはすっかり忘れている。
「もう絶対、王宮になんぞ帰ってやらないからな!」
さすがのヒカルもこのまま愚痴ばかり言っていても仕方がないと思い直し、『青き稲妻の大剣』を抱えなおして今後のことを考えた。
まずは住むところ。今持っているお金でどれだけ生活できるかわからない。それなら、何かして稼ぐ必要がある。幸い自分は勇者だし、ここは剣と魔法のファンタジー世界じゃないかと思い直し、さっそく定番の冒険者ギルドを探すことにした。
道行く人に冒険者ギルドの場所を聞こうと声をかけるも、どういうわけかこちらの顔を見ると逃げ出してしまう。全く失礼なヤツらだと思いながら通りを歩いていると、運のいいことにそれらしい建物が目の前にあった。しかも、らしい人が出入りしている。ここで間違いないだろう。
ヒカルが建物の中に入ると、そこは広いホールになっており正面に受付がある。受付には三人の女性が座っておりヒカルを見ると頭を下げた。どうも、雰囲気が思っていた冒険者ギルドと違ったが、受付の前にはだれも並んでいないので、とりあえず冒険者登録をしようと思い真ん中の青い服を着た女性に声を掛けた。
「冒険者登録してくんない?」
「申し訳ございません、こちらは王都商業ギルド本部でして、冒険者の登録は致しておりません。冒険者の登録ですと冒険者ギルドにお越しください」
ナニー?!
仕方ないので、先に今日泊まるところを探すことにした。
「こちらの商業ギルドの正面に見えますのが、当ギルドが経営しております『ナイツオブダイヤモンド』という宿屋です。設備も整っており、お勧めの宿屋です」
どこかいい宿屋はないかと聞いたら返ってきた答えがそれだった。
商業ギルドの玄関を出るとすぐ目の前がそれらしい建物だった。ここがその宿屋かと思い、エントランスに入ると確かに設備も豪華だ。大きなシャンデリアが天井からぶら下がりきらめいている。部屋をとろうと、カウンターに行き係りの者を呼んで値段を聞いて固まってしまった。
「シングルですと、一泊朝、夕付きで、小金貨五枚から、素泊まりですと小金貨三枚からになります」
何も言わずに立ち去ることにした。既にヒカルは『青き稲妻の大剣』による精神汚染が進み、文字の判別が困難になっていたようである。
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「サヤカ。ヒカルがいなくなったそうだよ。今騎士団の人で探してるんだって」
「へー、そうなの? さいきん部屋の外にでてこなくなったから見ないと思ってたんだよねー」
「サヤカ。あなた、ヒカルと仲良かったんだから何か聞いてなかったの?」
「んーん。そうねー『もういやだっ!』って何度も言ってたよ。何でもすぐに投げ出すヒカルのことだから仕方ないんじゃん」
「あなた、ヒカルがいなくなってなんとも思わないの?」
「そんなことあるわけないじゃん。ヒカルがいないと『魔界ゲート』どうにもできないんでしょ? そしたら困るじゃん」
「それだけ?」
「うん、そんだけ。なんか変? モエも気にすることないよ」
「そう言われると、そうだね」
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第1騎士団本部にある執務室。そこには自分の机の上に両足を投げ出し鼻歌を歌う上機嫌のポーラ・ギリガン騎士団総長の姿があった。
部下たちが早朝から訓練に身を入れて励む姿を見ていると実に気持ちがいい。訓練の様子を見終え、今執務室に帰ってきて一息入れているところである。そこに昨夜から徹夜で青い顔をしたトリスタン第2騎士団団長が現れた。
「おはよう、トリスタン」
「おはようございます。ギリガン総長」
「何かあったのか?」
「それが、勇者さまのことでご報告が」
「勇者さまがどうした。本物の方の勇者のことだよな?」
「はい。その勇者さまなんですが、昨日いなくなりました」
「なにー!? おまえはわたしを驚かせなければ気が済まんのか!」
「申し訳ありません。勇者さまですが、先日、総長に特訓をしていただいて以来ふさぎ込むようになりまして、通常訓練にも参加しなくなり、あげく昨日王宮を抜け出したようです。現在警備隊も動員して捜索中ですがまだ見つかっていません」
前回の訓練は素人に対して少しやりすぎたとその時は若干反省もしていたがすぐ忘れてしまっていた。今聞いて、あの時の最後の蹴りが余分だったかといまさら関係のないことを思い出すギリガン総長だった。
そんなこんなで、関係者による必死の捜索が続けられた結果、一週間後、やつれはてた勇者ヒカルが王都の路地裏で発見された。まるで、馬小屋で1週間過ごしたかのようだった。持っていたのは銅貨1枚と「青き稲妻の大剣」だけだったそうである。こうして勇者のプチ家出は終了した。
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「サヤカ。ヒカルが帰って来たそうだよ。騎士団の人が見つけたんだって」
「えー、そうなの? どこに行ってたんだろーね」
「王都の路地裏で見つかったんだって」
「へー、なにしてたんだろ?」
「さー、お金もほとんど持ってなくてボロボロだったそうよ」
「まあ、帰ってきたならよかったじゃん。ヒカルが帰って『魔界ゲート』何とかなるかもよ」
「何とかならなきゃ困るじゃないの」
「でも、相手はヒカルだからねー、わっかんないよ」
「そうだね」




