EP 5
絶対無敵スパチャアイドル伝説〜世論のハッキング〜
帝都ルナミス、内務省・地下中枢データセンター。
数億個のネタキャベツによるDDoS攻撃から数日。ドワーフの技術者を不眠不休で働かせ、オルウェルはついに『T-ネットワーク』の再起動に成功していた。
「……忌まわしいキャベツの残骸は全て焼却した。偽造通貨も暗殺部隊(物理)も通じなかったのは誤算だが、私にはまだこの帝国の『情報』がある」
オルウェルは血走った目で魔導モニターを睨みつけ、冷酷な指先でキーボードを叩いた。
「大衆は愚かだ。真実など求めていない。わかりやすい『悪』を提示してやれば、喜んで石を投げる」
ピピッ、と送信ボタンが押される。
瞬間、復旧したばかりの大陸中のT-TUBE、ルナミスTV、そして市民の魔導通信石の画面が、一斉に「緊急特別番組」へと切り替わった。
『――帝国市民の皆様、真実をお伝えします! ポポロ村は、世界樹の呪われた純金を使って経済を混乱させ、帝国の平和維持部隊を虐殺した【悪の狂信集団】です! 彼らの提供する飯には洗脳魔法が……!』
映像には、おどろおどろしいBGMと共に、ダイヤが魔導戦車を叩き割るシーンや、ニャングルが悪徳笑顔で金塊を数える姿が、巧妙に「悪の手先」として編集され流布されていく。
通貨の混乱で疲弊していた市民たちは、そのプロパガンダを疑うことなく呑み込み始めた。
「ポポロ村……許せねぇ! 俺たちの生活を壊した悪党め!」
「ソラト物流を大陸から追放しろ!!」
オルウェルの狙い通り、帝国全土の『世論』が、明確な殺意とヘイトを持ってポポロ村へと向き始めたのだ。
「……社長。T-ネットワークが復旧したと思ったら、オルウェルの奴、またショボいフェイクニュースを流し始めましたよ」
ポポロ村の広場。
スマホ型魔導通信石の画面を見つめながら、呆れたように鼻で笑ったのは、天使族のキュララ・アルセルラだった。
下級天使にして、ルナミス帝国で爆発的な人気を誇るトップT-Tuber。
「あんな一方的なネガキャンで世論を操作できると思ってるなんて、配信者舐めすぎでしょ。ねえ社長、あいつの電波、ウチらで【ジャック】していい?」
「ああ、許可する。オルウェルに『本当の情報の暴力』を教えてやれ」
俺がニヤリと笑うと、キュララは背中に純白の翼を広げ、空中に無数の魔導カメラを展開した。
「よし、特定班のみんな! 帝国のファイヤーウォールを一斉に叩いて! ウチらの電波をルナミス全土のモニターに強制割り込みさせるよ!」
キュララの指示により、彼女の熱狂的なリスナーたち(凄腕のハッカー集団)が帝国のシステムにサイバー攻撃を仕掛ける。
そして、キュララはニヤリと笑い、広場の隅で「パンの耳」を齧っていた一人の少女の腕を引っ張った。
「さあ、出番だよリーザ! あんたの『底辺地下アイドル魂』、帝国全土に見せつけてやりな!」
「ふぇっ!? わたし!? ちょ、ちょっと待って、まだパンの耳が口の中に……!」
海中国家シーランの王女でありながら、アイドルという概念に狂わされ、極限の貧乏サバイバル生活を送る人魚姫、リーザ(16歳)。
ルナミスデパートのテスターで完璧に施されたメイク。しかし、その体は着古した芋ジャージに包まれ、足元は健康サンダルである。
「いいから! 歌え!」
キュララがドンッ!とリーザを押し上げた先は、ソラト物流の荷降ろし用に使われていた『みかん箱(木箱)』の上だった。
突如として、大陸中のモニターの映像が切り替わる。
オルウェルの顔から、みかん箱の上に立つ「芋ジャージの人魚姫」へと。
「あ、あわわ……っ」
数億人の視線を向けられ、一瞬パニックになるリーザ。しかし、彼女のアイドルとしての『業』が、マイクを握らせた。
「み、みんなー! 絶対無敵のスパチャアイドル、リーザだよっ! 聴いてください、『Love & Money』!!」
チャリーン♪ という小気味良いSEと共に、アップテンポなイントロが響き渡る。
All: 愛!アイ!愛!アイ!ラ〜ブラブ!
All: マネー!マネ!ローン!ダーリン!グ!
リーザが歌い出した瞬間、画面越しの帝国市民たちは息を呑んだ。
彼女の歌声には、人魚族特有の「魂を震わせる魅了の魔力」が宿っている。しかし、市民たちの心を打ったのは魔法の力だけではなかった。
朝に目覚ましがなったわ (ジリリリ!)
私はまだ眠いわ (おはよー!)
朝シャンしなきゃ (Fu!) 朝メニュー食べなきゃ (パクパク!)
「……おい、見ろよ。あの子、朝メニューって歌いながら、ポケットから『茹で卵の殻』がこぼれてるぞ……?」
「ジャージの膝に、継ぎ接ぎが……。なんてギリギリの生活でアイドルを……!」
帝国の資本主義システムの中で、日々過酷な労働ノルマに追われている『社畜』の市民たち。彼らの心に、リーザの「やせ我慢」の姿が強烈にシンクロし始めた。
夕方の鐘が鳴ったわ (キンコンカン!)
お腹はもうペコペコよ (ぐ〜!)
スーパーのシール見なきゃ (半額!)
ポイントカードも出さなきゃ (ピッ!ピッ!)
「うぅっ……俺も、毎日タローソンの半額弁当を奪い合ってるんだ……!」
「あの子、この前公園で鳩とパンの耳を取り合ってた子だ! 頑張れ! 負けるなァァァッ!!」
オルウェルが植え付けようとした「悪の狂信集団」というプロパガンダは、みかん箱の上で懸命に歌い踊る『リアルすぎる貧困アイドル』の姿の前に、音を立てて崩れ去った。
そして、曲はサビへと突入する。
世界中が私の為に愛を叫ぶ (まわって!まわって!)
全部抱きしめるわ (最強!)
愛も富も同じ輝き (どっちも本物ー!)
ダイヤも株も♪ 土地も愛も♪ (All Need! All Need!)
だから…もっともっと、愛して(課金して)ね? 覚悟はいい?
その瞬間、画面の端にキュララが仕込んでいた『送金バー』が解放された。
「うおおおおッ!! 俺のL-Pay(給料)を受け取ってくれェェェッ!!」
「リーザちゃん! これで美味い朝定食を食べてくれ!!」
「ソラト物流、どうかこの子に美味い飯を食わせてやってくれ!」
帝都の全ての端末から、滝のような勢いで【投げ銭】がポポロ村の口座へと振り込まれ始めた。
銅貨数枚のささやかな応援から、金貨数十枚の高額スパチャまで。
『五円(御縁)』が文字通り山となり、画面が虹色のエフェクトで埋め尽くされる。
「きゃあぁぁっ!? な、なにこれ!? 画面が光って前が見えないよぉっ!」
リーザが目を回しながら歌い続ける。
彼女の歌声(バフ効果)は、スパチャの熱量と連動し、大陸中に「ソラト物流への圧倒的な好意と熱狂」を撒き散らしていった。
「……なんだ、これは。何が起きている……!?」
内務省の執務室で、オルウェルは己の目を疑っていた。
彼が流した完璧なプロパガンダは完全に無視され、システムには信じられないほどのトラフィック(送金データ)が集中している。
『――警告。L-Pay決済システム、単一口座への送金過多(スパチャの嵐)により、処理能力の限界を超過。……サーバー、ダウンします。』
プツン。
またしても。
数億個のネタキャベツによる物理破壊からようやく復旧したT-ネットワークが、今度は「一人の地下アイドルを推す市民たちの熱狂(オタ活)」によって、完全にハッキングされ、システムダウンを引き起こしたのだ。
「ば、馬鹿な……。大衆心理の誘導は、私が完璧に計算していたはずだ。なぜ、こんな……論理的根拠のない『アイドルへの情熱』などに……!」
オルウェルが震える手で頭を抱え、崩れ落ちる。
彼は知らなかった。この世界には、神の法や冷徹な経済ロジックすらも凌駕する「推し活」という名の狂気が存在することを。
「……社長! スパチャの総額、金貨10万枚を突破しました! 帝国の世論は完全にウチの味方です!」
ポポロ村で、キュララがVサインを掲げてウインクする。
みかん箱から降りたリーザは、表示された莫大な金額を見て、口からエクトプラズムを出して気絶しかけていた。キャルルが慌てて回復魔法をかけている。
「見事な情報戦だったな、二人とも」
俺は満足げに腕を組んだ。
経済を純金で潰し、
武力(暗殺部隊)をミリメシのバフで粉砕し、
情報をアイドルのスパチャで上書きした。
ルナミス帝国が誇る「見えない支配のシステム」は、ポポロ村の異常な住人たちの前に全て手札を失った。
(……さあ、どう出る、マルクス皇帝。小手先の盤面はもう残ってないぞ)
俺が帝都の方角を睨みつけた、その時。
ポポロ村の防衛障壁の向こう側に、これまでの暗殺部隊とは次元の違う、ただ『一騎』の凄まじい闘気が静かに、しかし確実に接近してくるのを【神の蔵】のセンサーが捉えた。
策が尽きた帝国が最後に放つ、純粋にして最強の『武』。
近衛騎士団長キュロスが、その魔導名刀を携え、自らの足でポポロ村へと足を踏み入れようとしていた。




