EP 3
ルナキン超えの朝定食と、籠の鳥の過去〜自由の味〜
「さあ、ソラト社長! 私の胃袋を満たしてくれるんだよね!? ハードルはエベレストより高いよ!」
ポポロ村の広場。
キャルルはジャージの袖をまくり上げ、用意されたテーブルの前に座ってバンバンと机を叩いていた。その兎耳は期待でピクピクと揺れ、口元からは隠しきれない涎が垂れそうになっている。
「任せとけ。ルナキンの朝定食の完全上位互換を出してやる」
俺は魔法ポーチ【神の蔵】の前に立ち、脳内のクラフト画面を展開した。
「自動加工開始! 素材『米麦草』『トライバードの特級卵』『人参マンドラ』『太陽芋』『肉椎茸』……一気にいくぞ!」
[素材を確認。レシピ『ソラト特製・究極の朝定食』の構築を開始します……完了。出力します。]
俺がポーチからテーブルへと配膳したのは、湯気を立てる完璧な朝食のセットだった。
メインは『米麦草の極厚切りトースト』。外はサクッと、中は驚くほどモッチリと焼き上げられ、表面には濃厚なシープピッグの特製バターがジュワリと染み込んでいる。
その上に乗るのは『トライバードの目玉焼き(半熟)』。黄身は黄金色に輝き、箸を入れた瞬間にトロリと溢れ出す絶妙な火加減。
サイドには、さっきまで逃げ回っていた『人参マンドラ』と『月見大根』を千切りにし、酸味の効いたマヨ・ハーブで和えたシャキシャキの特製サラダ。
さらに、太陽芋と肉椎茸の旨味を極限まで濃縮した、とろけるようなポタージュスープが添えられている。
「うわぁぁぁ……っ!!」
キャルルだけでなく、隣で見学していたルナの目までが星型に輝いていた。
「さあ、冷めないうちに食ってくれ」
「い、いただきまーーすッ!!」
キャルルは躊躇なく、目玉焼きが乗った極厚トーストを両手で持ち上げ、大きくかぶりついた。
サクッ、ジュワァァッ。
「んんんんんんまァァァァァァァッ!!?」
キャルルの兎耳が天を衝く勢いでピンと伸び、背筋が反り返った。
「な、なにこれ!? トーストの香ばしさとバターの塩気が、濃厚すぎる卵の黄身と絡み合って……! 噛むたびに口の中で旨味のビッグバンが起きてる! サラダも、人参マンドラの甘みがマヨ・ハーブの酸味で完璧に引き立ってて……シャキシャキ感がたまらないっ!」
彼女は行儀などかなぐり捨てて、猛然と朝定食を胃袋へと流し込んでいく。
あっという間にトーストとサラダを平らげ、ポタージュスープを飲み干したキャルルは、ほうっと至福のため息をつき、椅子に深く背中を預けた。
「……負けた。ルナキンの朝定食の100倍美味しい。ソラト社長、私、あんたに一生ついていくよ」
「カグラと同じようなこと言ってんな、あんた」
「……私の方が、先にご主人様に誓いましたから」
カグラが金棒を磨きながら、謎の対抗心を燃やしてボソリと呟く。
「でもさ……」
キャルルは空になった皿を見つめながら、少しだけ寂しそうに、だが優しい笑みを浮かべた。
「こんなに美味しいのに、不思議だね。私が初めてルナキンで食べた、あの安っぽい『銅貨3枚の朝定食』の味を思い出しちゃった」
「初めて食べた時?」
「うん。……私ね、本当はレオンハート獣人王国の、第三王女だったんだ」
その告白に、ルクスとルナが僅かに目を見張る。
「月兎族の上位種は、満月になれば死者すら蘇生させるって伝説があるくらい、魔力や闘気が特殊でしょ? だから、私は王宮の奥深くに隠されて、大切に大切に『籠の鳥』として育てられたの。食べるものは味気ない薄味の健康食ばかり。外を走ることも、友達と遊ぶことも許されなかった」
彼女はポッケから人参柄のハンカチを取り出し、指先で弄んだ。
「でも、私はそんな息苦しい生活が嫌で嫌でたまらなくて。……16歳の時、全てを捨ててルナミス帝国に亡命したんだ。自由を求めてね」
そこで彼女は、ふにゃっと笑った。
「その時、全財産をはたいてルナミスキングに入って、初めて食べたのが『朝定食』だったの。目玉焼きはちょっと焦げてたし、パンもパサパサだったけど……。でもね、それは私にとって『自由の味』だったんだよ。誰の指図も受けず、自分の意志で選んで、自分で稼いだお金で食べるご飯。……最高に美味しかった」
だから彼女は、今でも朝定食を愛してやまないのだ。
高級な美食ではなく、自由と自立の象徴として。
俺は黙って彼女の話を聞いていた。
前世で、過酷なノルマとシステムに縛られた「社畜(籠の鳥)」だった自分の過去が、彼女の境遇と重なる。
「キャルル」
「ん?」
「オルウェルの野郎は、L-Payっていう見えない鎖を使って、この大陸の人間すべてを『帝国の籠の鳥』にしようとしてる。……飯を食う自由すら、他人に握られるなんて反吐が出るだろ?」
「……うん。大っ嫌い」
キャルルは真剣な瞳で頷き、立ち上がった。
「ソラト社長。ポポロ村は、あんたたち『ソラト物流』と正式に同盟を結ぶ。あんたが運んでくる『自由な飯』の拠点として、この村を好きに使っていいよ」
「助かる。代わりに、この村の防衛と物資の補給は俺たちが完璧に保証する」
俺とキャルルが固い握手を交わした、その時だった。
村の広場に設置されていた大型の魔導通信モニター(普段はルナミスのニュース番組を流している)から、突如としてけたたましい緊急アラームが鳴り響いた。
『緊急特別番組です! 帝国市民の皆様、直ちにお聞きください!』
モニターに映し出されたのは、深刻な顔をしたルナミスTVのキャスターだった。
『本日、各都市に出没している反逆企業「ソラト物流」が提供する食料について、内務省から重大な発表がありました。彼らの運ぶ食料には……なんと、アバロン魔皇国の過激派が製造した「精神汚染用の毒(魔薬)」が混入しているとの確たる証拠が発見されたとのことです!』
「……は?」
俺は眉をひそめた。
『食べれば一時的な多幸感を得られますが、数日後には自我を失い、魔族の奴隷と化してしまいます! 絶対に、彼らから食料を受け取らないでください!』
同時に、T-TUBEなどの動画サイトやSNS(通信網)にも、オルウェルが操作したであろう「ソラトの弁当を食べて泡を吹いて倒れる市民(のフェイク映像)」が、恐ろしい速度で拡散され始めた。
「な、なんだよこれ……! デタラメだ! オルウェルの奴、口座を凍結するだけじゃ飽き足らず、嘘のニュースまで流しやがった!」
広場にいたポポロ村の村人たちすら、そのニュースを見て不安げにざわめき始めている。
デジタルな経済制裁の次は、情報操作による『信用の破壊』。
オルウェルは自室の椅子から一歩も動かずに、俺たちから「客」を完全に奪い去ろうとしていた。
「……盤面の支配。本当に胸糞の悪い野郎ですね」
ルクスが冷たく目を細める。
俺はモニターを睨みつけ、フッと低く笑った。
「いいだろう。情報戦で来るなら、こっちは『圧倒的な物欲』でその嘘を叩き潰してやる。……ガーネット、至急作ってもらいたい『オマケ』がある!」
物流の逆襲が、ここから始まる。




