第三章『デジタル通貨の凍結とフェイクニュースを、アナログな物流チートで粉砕する』
見えない壁~L-Pay凍結と経済制裁~
地下帝国ドンガンから西へ。
ドワーフの天才技師ガーネットの手によって魔改造された超高速魔導・輸送船『ソラト・エクスプレス』は、ルナミス帝国との国境に位置する巨大商業都市『ゼニス』の上空へと到達していた。
「社長! 眼下にすごい人だかりです! みんなお腹空かせてるみたい!」
マストの上から、ルナが兎耳をピンと立てて報告する。
サイラスが失脚し、ゴルド商会の流通網が一時的に麻痺している今、この周辺の都市は極端な物不足と物価高騰に喘いでいた。まさに「ソラト物流」が介入するにふさわしい、最高の市場である。
「よし、ガーネット。高度を下げてホバリングだ。ルクス、カグラ、本日の『商品』の準備を」
「アイアイサー! 魔導増幅炉、出力低下。定点空域に固定します!」
「かしこまりました。本日のメニューは、こちらですね」
「……お腹が空く、良い匂いです。つまみ食い、一つだけ許可を」
カグラが涎を垂らしそうになるのを制止しながら、俺は魔法ポーチ【神の蔵】から、大量の弁当箱を甲板に出力した。
本日の目玉は『トライバードの特大唐揚げ弁当』。
醤油草とニンニク(魔導スパイス)を効かせた特製ダレに一晩漬け込み、高温の脂でカリッと二度揚げしたトライバードの肉。
その上から、酸味とコクが絶妙な『マヨ・ハーブ』をたっぷりと網目状にかけ、炊きたての米麦草のご飯にドカンと乗せた、暴力的なまでのカロリー爆弾だ。
船が高度を下げると同時に、唐揚げとマヨ・ハーブの香ばしい匂いが、都市ゼニスの広場へと絨毯爆撃のように降り注ぐ。
「な、なんだこの狂おしいほど美味そうな匂いは!?」
「空飛ぶ船だ! 噂に聞く『ソラト物流』が来てくれたんだ!」
広場に集まっていた数千人の市民が、空を見上げて歓声を上げた。
俺は船の拡声魔導器のスイッチを入れた。
「ゼニス市民の皆様、お待たせしました! ソラト物流です! 本日の『トライバード唐揚げ弁当』、なんと驚きの銅貨3枚(300円)! お支払いは現金でも、物々交換でも大歓迎です! さあルナ、配達開始!」
「はいっ! 神速弁当配達、いきまーす!」
ピュンッ!!
ルナが甲板から飛び降り、マッハの速度で広場を駆け巡る。彼女の残像とともに、市民の手元へ次々とホカホカの弁当が届けられていった。
「うおおお! すげぇ! 本当に銅貨3枚だ!」
「早速お代を払うぜ! オレは『L-Pay』で頼む!」
一人の若い市民が、弁当を受け取り、自身の持つ魔導通信石(スマホ端末)をルナの差し出した決済ボードにかざした。
ルナミス帝国とその経済圏では、皇帝マルクスが導入したQR決済システム『L-Pay』が完全に普及しており、現金を持ち歩く者はすでに少数派となっていたのだ。
ピピッ。
決済音が鳴る。
ここまでは完璧な流れだった。あとは市民が唐揚げを頬張り、その美味さにひれ伏すだけ。
――しかし、次の瞬間だった。
『ピーーッ! 警告! 警告!』
若者の持つ魔導通信石の画面が、突如として真っ赤に染まった。
そして、無機質な合成音声が広場全体に響き渡る。
『お客様の通信端末は、帝国反逆指定組織「ソラト物流」との不正な取引を検知しました。内務省情報統括局の権限により、お客様のL-Pay口座残高、および市民IDを、ただ今をもって【即時凍結】いたします』
「…………は?」
若者が間の抜けた声を上げた。
だが、事態はそれだけでは終わらない。
「お、おい! 俺の通信石も真っ赤になったぞ! ソラト物流の弁当を受け取っただけなのに!」
「わ、私の口座も残高ゼロになってる! 嘘でしょ、明日からの生活費が全額入ってたのに!?」
「待て! 現金(銅貨)で払った俺の端末まで凍結されたぞ! 上空の魔導監視カメラで顔認証されたんだ!」
広場は一瞬にして、歓喜から「絶望のどん底」へと突き落とされた。
「ひ、ひぃぃッ! オルウェル様だ! 内務省のオルウェル様が見ているんだ!」
「食べるな! その弁当を食べたら、帝国の社会から抹殺されるぞォォッ!」
先程まで涎を垂らしていた市民たちが、まるで呪いのアイテムでも見るかのように唐揚げ弁当を地面に放り投げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
ルナが手持ちの弁当を抱えたまま、広場の真ん中で呆然と立ち尽くしていた。
「しゃ、社長……? みんな、お弁当置いて逃げちゃったよ……?」
俺は船の甲板から、誰もいなくなった広場と、地面に転がる唐揚げ弁当を見下ろした。
カグラが金棒をギリッと握りしめ、周囲の空気を赤熱させる。
「……ご主人様。見えない敵が、ご主人様のお食事を侮辱しました。街ごと『お掃除』してもよろしいですか?」
「待て、カグラ。物理で殴れる相手じゃない」
俺は冷静に状況を分析した。
前世の現代社会でも最も恐ろしい攻撃。それは武力による制圧ではなく、『金融とインフラの遮断』だ。
口座を凍結されれば、パン一つ買えず、家賃も払えず、社会的に死ぬ。
ルナミス帝国は、魔法や闘気といったファンタジーの力ではなく、圧倒的な「デジタルな情報網(T-ネットワーク)」によって、市民の首輪を完全に握っているのだ。
「……見事な手際ですね。サイラスのような泥臭い兵糧攻めではなく、口座の数字をイジるだけで、血を流さずに我々の物流を完全に『透明な壁』で遮断してみせた」
ルクスがティーカップを片手に、感心したように呟く。
俺は魔法ポーチに手を当て、空の彼方、帝都ルナミスの方角を見据えた。
同刻。ルナミス帝国、内務省情報統括局。
冷徹なる内務官オルウェルは、皺ひとつないミッドナイトブルーの官僚服に身を包み、巨大な魔導モニター『ビッグ・ブラザー』を見上げていた。
モニターには、逃げ惑うゼニス市民と、上空に浮かぶソラト・エクスプレスの映像が映し出されている。
「……サイラスの報告にあった『魔法鞄』。確かに規格外の容量と加工能力を有しているようですが、所詮は『物理的なモノ』を運ぶだけの旧時代の遺物ですね」
オルウェルはモノクルの位置を微かに直し、手元のキーボード(魔導盤)を無表情で叩く。
「いくら極上の食料を無限に供給できようと、市民に『受け取る勇気』がなければ、それはただのゴミです。国家という巨大なシステムにおいて、個人のチートなど、一本の法執行ペンで消し去れるノイズにすぎない」
彼は淡々と、さらに数百人の「ソラト物流と接触した市民」の口座凍結処理を完了させた。
「さて、ソラトとやら。物資を運ぶだけの貴方に、この『見えない経済の壁』が破れますか?」
再び、ソラト・エクスプレス。
落ち込むルナを船に回収し、俺たちは作戦会議を開いていた。
「ムカつく! なんなのあのアラート! せっかく社長が作った唐揚げが台無しだよ!」
「落ち着けルナ。敵のやり方は分かった。帝国の『監視網』と『デジタル決済(L-Pay)』が生きている場所では、俺たちの商売は成立しない」
俺が言うと、ガーネットが首を傾げた。
「でも社長、どうするの? 帝国の経済圏は大陸の半分を占めてるよ? どこ行っても監視カメラとL-Payだらけだよ?」
「だから、『それが通じない場所』へ行く」
俺は船のナビゲーション(魔導海図)を開き、三つの大国――ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国が交わる国境地帯の一点を指差した。
「国境の緩衝地帯、『ポポロ村』だ。あそこなら大国の直接の法律も及ばず、現金(銅貨)と物々交換のアナログな取引が生きているはずだ」
「なるほど。まずは帝国監視網の『死角』に拠点を移し、そこから反撃の糸口を掴むというわけですね」
ルクスが納得したように頷く。
サイラスの「物理的な兵糧攻め」には空間連結で勝った。
だが、今回のオルウェルの「情報と経済の制裁」には、また別のアプローチが必要だ。
「行くぞガーネット、進路をポポロ村へ! L-Payなんざなくても、俺たちの『飯』が最強の通貨(価値)だってことを、帝国のエリート様に教えてやる」
ソラト・エクスプレスは反転し、デジタル監視の及ばない未知の緩衝地帯へ向けてフルスロットルで加速した。
そこで俺たちは、朝定食をこよなく愛する「最強の兎耳村長」と出会うことになる。




