第30話:月は何故落ちてこないのか?08
ともあれ僕とオレンジは燈の国の王城に入る。ここでやっと護衛から解放される。
「陛下。ご無事で」
慇懃に一礼して心配をしてきたのは老齢の男。
「別に鬼や悪魔がいるわけでも……ないではないんだけど……」
ないではないんだ……。
「宰相は心配しすぎなんだよ」
どうやら老齢の男は宰相らしい。
「いやしくも女王陛下は燈の国の宝にして最強のストーカーでございます。御身に何かあらせられれば兵士たちは士気をくじくでしょう。ご自愛ください」
なんだろね。最強のストーカーって響きに犯罪の匂いを覚えるのは僕だけかな?
「学院は蒼の国との国境を定義するに相応しいストーカーを量産するための機関だよ。ストーカーとしての戦力である私がその目で確かめるのも王としての義務だよ」
「心得ております。陛下の責任感に感服するところであります。それで……如何でしたでしょうか?」
「ブロッサムの次期当主は良く育っていただよ。あれなら大抵のダイレクトストーカーを牽制出来得るんだよ」
「朗報ですな」
「うん、だよ」
コックリ。
「それから王命。私とこっちのお客さん……信綱の入浴の準備を」
ちょっと待てぃ。
「信綱様……ですか? 陛下のご客人と申す?」
「そだよ」
「まさか混浴なさる気では……」
「そだよ」
「危険です!」
「そんなこと言ったら何もできないんだよ。それに信綱は信用できるんだよ?」
「何を以て?」
これは僕の言。
「圧倒的かつ途方もない魔素魔力変換効率を持っていながら道中私を害することが無かったのが良い証拠だよ」
「で、なんで混浴?」
「一緒に入りたいからだよ。もしかして恥ずかしい?」
「ちんちくりんに興奮はしないけどね」
あっさりと言ってあげる。
「むぅ」
オレンジは不満そうだった。
「陛下に向かって……!」
憤る宰相。
まぁそうなるよね……。
一国の王が「ちんちくりん」呼ばわりされれば。
「とまれ」
だがそれも一瞬。
「お風呂の準備を最優先で。王として命じるんだよ?」
「その意のままに」
またしても慇懃に一礼する宰相だった。
この人、苦労人だ。
「何だかなぁ……」
ぼやいてしまう。
「えへへぇだよ。信綱と一緒にお風呂だよ」
オレンジはハートマークの幸せオーラを振り撒く始末。
ええ。わかってます。
「状況に流されてるなぁ」
僕の悪癖だ。南無。




