第28話:月は何故落ちてこないのか?06
で、
「空に浮かぶお月様は丸いよね?」
「丸いだよ」
「太陽だって丸いよね?」
「丸いだよ」
「ならこの大地も丸いかもって思わない?」
「…………」
うん。まぁ。どうせ天動説が主流なんだろうけどさ。
「……丸いんだよ?」
「丸いんだよ」
繰り言繰り言。
「ためしに暇があれば世界を縦断でも横断でもしてみればいいさ。何年かかるかわからないけど正確に一周すれば元の位置に戻ってくるから」
「はぁ……だよ」
オレンジはポカンとしていた。無理もない。
「宇宙は無重力の空間だから基本的に流動する物質は丸くなる。内部エネルギーが均等に拡散するからね。冷えて固まれば話は別だけど、ともあれ星と云うものはそれがこの大地であれ空に浮かぶ太陽や月や星々のように丸く完結するんだ」
「だよ」
「で、また話が飛ぶんだけど……オレンジがコインを手に握って断崖絶壁に立っているとしよう。底の見えない崖だ」
「だよ」
「手に持ったコインを崖の方向に向かって水平に投げる。この時コインはどういう軌跡を描くだろう?」
「どうって言われてもだよ……」
引っかけ問題か何かと警戒しているらしい。がオレンジはおずおずと言った。
「放物線だよ? 水平に加えられた投擲力と大地の重力によって円を四分割したような軌跡を描くんじゃないかな……だよ」
正解。
「さて、大地が丸くて月が空の上を何周もしている以上、月は丸い大地をグルグル回ってるって思わない?」
「言われてみれば……たしかに……だよ……」
「ここでコインの軌跡を月にも当てはめてみよう。月はお空を水平に移動しながら大地の重力に引かれている」
「つまり放物線を描きながら大地に向かって落ちている……だよ?」
それも正解。
「まぁこの際、宇宙空間故に空気抵抗なんかは無視しちゃって、円を四分割したような綺麗な放物線を描いて月が落ちているとしよう」
「だよ」
「円を四分割したような軌跡を描いた月が丸い大地の側面に移動する。これはいい?」
「だよ」
「さて、ここで大地の角度を九十度回してみよう。月が大地の側面から上方に向くように視点を変えてみる」
「ふむ……だよ」
「当然ながら月は水平に移動しながら大地に向かって落下を続ける。つまりまた円を四分割した軌道を描いて丸い大地の側面に移動する」
「だよ」
「それを後二回繰り返してみよう」
「後二回だよ?」
「後二回です」
「ええと……月が円の四分割した軌道で丸い大地に向かって落下して側面を回るんだよ。そして側面を上方に修正してまた同じく放物線を描くだよ。それを後二回……計四回繰り返すと……あれ? 元の位置に戻っちゃうだよ?」
「だから月は落ちてこないんですなたぁ」
「…………」
狐につままれたような表情のオレンジ。まぁ認識が理屈に追いつかないことは良くあることです。
「つまり月は……」
「そ」
コックリ。
「宙に浮いてるわけじゃない。大地に向かって落ち続けてはいるけど、放物線を描く軌道を以て延々と丸い大地を回り続けてるってわけ」
「太陽もだよ?」
「あながち間違っちゃいないけどね」
少なくとも修正するほどのことでもないだろう。
「だから月や太陽は大地に落ちてこず。お空に光っていられるわけ」
「にゃるほどだよ」
「理解が得られて嬉しいよ」
くあ、と僕は欠伸をした。馬車はえっちらおっちら王都へ向かって進んでいく。




