それが全てだ
「どうだった」
再会した閻魔さまにそう聞かれて私は「幸せな一生を送らせてもらいました」と答えた。
そこに嘘も偽りもないことを感じ取った閻魔さまはたいそう満足げに頷いて。
「ならばもう分かっただろう」
なんておっしゃる。
「え?なにが、でしょう?」
「お前が今いったただろうが」
「幸せだったってことですか?」
「そうだ」
グリグリと目を見開いて閻魔さまが理解の遅い私を憐れんでいる。
「えっと、もう少し分かりやすくおっしゃっていただけると助かるんですが」
閻魔さまの両隣にいる方たちが頭を抱えているけれど、なんでもお見通しであるあなた方たちと違ってこちとらただの人なんですよ。
しかもついさっきまで犬でしたからね。
「あちらは先に逝かれることの悲しみがこれほど辛く耐えがたいものなのかと喪失感に嘆いて人に生まれるのは懲り懲りだといっておった」
「へ?」
「だがお前にしてもらって嬉しかったことを一緒にできたことを喜んでいたな」
「ちょっ」
待って!
「記憶があるのは私だけじゃなかったんですか!?」
「お前だけとは儂はいっておらん」
「そんな」
ばかな。
記憶があったならどうしてあんなによくしてくれたの?
どうして?
「いっただろうが。幸せだったからだと」
それが全てだと閻魔さまは笑って。
「あちらも同じ状況で安楽死を選んだのだからお前の選択は間違いではなかったんだろう」
「だから後悔はしなくてもいいと?」
「そうはいっておらぬ。悔い悩むのは個人の自由だからな」
確かに。
「生きておれば互いに思うことはあるだろう。人であれ犬であれな。言葉が無くとも伝わるものはあるだろう?」
その通り。
「で、どうする?」
「どうするとは?」
「来世のことだ」
死んだばかりで次の話とは気が早くないですかね?
でも。
そうだな。
「すぐは嫌ですけど次は人間でお願いします」
「そうか」
「もうお尻をかがれるのはごめんですから」
「そうか」
クククと笑う閻魔さま。
「次こそは幸せを返します」
あの子に。
きっと。
「そうか」
頷いて閻魔さまは鬼を見た。
鬼は心得たと頭を下げて私を奥の扉へと連れて行く。
重い音を響かせて開いた扉の向こうには色鮮やかな花畑が広がっていた。
その景色の中に金色の毛並みの犬がいないかと目を凝らしてみたけど見つけられなかった。
それでもいい。
いつかまた出会うその日まで。
どこまでも続く綺麗な世界をゆっくりと歩こう。
今は。
自戒を含めてこの話を書きました。
どうか全ての犬が大切に愛され、幸せなまま一生を終えることができますように。