第6話
「…………で」
喫茶店に戻り、事の経緯を話したあたしに、アーサーさんは思いっきり眉間に皺を寄せながら低い低い声で唸った。
「なんっでミキサーを頼みに行って、もひとつ厄介な問題を抱えて帰って来るんだお前は」
「…いや、あの、あたしが修行している間はお城のパティシエさんがこっちへお手伝いに来てくれるって…」
「も、ん、だ、い、は、そこじゃねぇよ」
あわあわと言い訳するあたしのおでこをびしっと指でつつき、
「お前が作るケーキを目当てに来る奴らがたっくさんいんだよ。そいつらをがっかりさせる事になるじゃねーか」
「う…」
確かに、あたしが作る素人レベルのケーキを目当てに来てくれるお客さんが何人かいる事は承知している。あたしが休んでいる間、その人達を落胆させる事になると知って、しゅんとする。
「まぁまぁ店長その辺にしといてやんなよ。良い事じゃないか、ルリが魔法を使えるようになるなんてさ」
あたし達の様子を見かねたのか、ヘルガさんが助け舟を出してくれた。
「今まで心配だったんだよ、アタシは。ルリは強烈な魔力を持っているのに今まで一切魔法を学ぼうとしなかっただろ?自覚もしてないようだし。もし万が一仕事中にルリの身に何かが起こった時、アタシが傍にいりゃある程度は守ってやれるけどさ、やっぱ最終的には自分の身は自分で守るのが一番良いんだよ。特にこの世界ではね」
「ヘルガさん…」
「アンタはアタシにとって可愛い妹みたいな存在だからね。せめて基本的な事は学んでおいて欲しいのさ」
あたしの頭をぽんぽんと優しく叩きながらヘルガさんがフォローしてくれた。うぅ、嬉しくて涙出そう。
「まぁなぁ…もしかすると宰相閣下が迎えに来られない日だってあるかもしれねぇしなぁ…」
アーサーさんもううむと呻く。…アイム様がお迎えに来ない日ってないような気もするけれど、余計な事は言わずに黙っておく。
「…ま、この世界に慣れる為には仕方ねぇか。ただ、勉強するからには本気でやれよ。生半可な気持ちで魔法使ったらルリの身体が吹っ飛ぶぞ」
「えっ!?」
「こら、ルリをいじめない!冗談だよ、冗談。ルリなら大丈夫さ、アタシが太鼓判を押すよ!」
「あ、ありがとう、ヘルガさん」
と、何やらごたごたのままであたしは翌日から魔法を学ぶためにお店をしばらくお休みすることになったのでした。
その日は来てくれた人にしばらくお店を休んで魔法の勉強をしに行く事になったと伝えた。
皆一様に寂しがってくれたけれど、魔法を学ぶのは良いことだと言ってくれ、たくさんの応援を貰った。ほんと、皆良い人達ばっかりだ。…魔物だけど。
そして明け方。いつものように厨房で店じまいの準備をしていると、アーサーさんが若干慌てたように顔を出した。
「ルリ、そこはもう良いから上がりな」
「え、でもまだ片付けが終わってないんですけど」
ほとんど片付けてはいたが、まだ作業台を拭けていない。
「魔王様がお迎えに来てるんだよ。そこはヘルガに任せて早く上がれ」
「ルシ様が!?」
これにはびっくりして布巾を取り落としてしまった。まさかアイム様じゃなくてルシ様が直々に迎えに来るなんて夢にも思ってなかった!
「あー、そりゃ大変だ。良いよルリ、後はアタシがやっとくから早く行ってやんな」
「あの、でも」
「いいっていいって。魔王様待たせてアタシ達が灰にされちゃ困るからね。さ、行きな。お疲れさん」
ヘルガさんがあたしから半ば強引にエプロンを引っぺがし、そのままぐいぐいと背中を押されて厨房を追い出されてしまった。
そして店内に一歩入ると、店のカウンターでアーサーさんと話しているルシ様がこちらを向いた。
「ルリ」
幾分嬉しそうに口角を上げてあたしを見るルシ様に駆け寄る。
「ルシ様、どうしてここへ?今はお仕事中じゃないんですか?」
「ルリを迎えに来たかった。だから、来た」
「あたしが聞きたいのはそこじゃなくてですね」
「明日から魔法を学ぶそうだな。それにあたって、いくつか予備知識を教えておこうと思ったのだよ」
「...ホントですか?」
大真面目な顔で頷いたルシ様を、思わず胡散臭いと思ってしまう。...だって、何となく目が笑ってる気がするから。
「まぁ、ついでに煮詰まった会議から抜け出して来た、とも言えるな」
「絶対そっちがメインでしょ!っていうかトップが抜け出して来たら会議が進まないんじゃないんですか?」
「それならば問題ない。アイムに丸投げしてきたからな」
あーあ、きっぱり丸投げって言っちゃったよこの人…あたしは心の中でずっこける。
「可哀相、アイム様…」
「いつもルリを迎えに行く役目を譲ってるんだ、これぐらいはどうという事でもないだろう。……それで、だ」
あたしの部屋へと戻る途中、いつもなら曲がらない廊下へと歩を進め、ルシ様はあたしをちょいちょいと手招きした。
言われるまましばらく付いて行くと、ルシ様は何やら見覚えのない部屋の前で止まった。
「ここは?」
「ここは一部の者しか入る事を許していない部屋だ。まぁ、開けてみろ」
おっかなびっくりドアを開けると、中は薄暗くてよく見えない。促されて中へ入ると、ルシ様がドアを閉め、ますます室内が暗くなる。
「さて、ルリ。ここでお前の魔力に応じた装身具を作る」
「え?装身具?」
「そうだ。俺やアイムが身に付けているようなやつだ。これは魔力の制御装置になっていてな。万が一主が暴走した際に大惨事を防ぐ役割がある。一度着けると外れなくなるが」
言って袖をまくり、腕輪を見せてくれた。ルシ様のそれは翡翠のような素材で出来ていて、繋ぎ目なく手首にしっかりと嵌まっている。確かに着脱は不可能そうだ。そう言えばアイム様も、シルバーっぽい腕輪をしていたような…
「基本的に魔力の多い者しか付ける必要がないものだが、ルリは間違いなく必要となるだろう。だから、俺が直々に作ってやる」
「作る…って、どうやって?」
そんな簡単に装身具なんて作れるの?って思ってたら、突然あたしとルシ様の間に光る球が現れた。
「うわ、びっくりした!」
「この中に手を通せ。これがルリの魔力に呼応して、相応の装身具となる。お前の装身具はどのようなものになるのか楽しみだ」
「え、好きなデザインとか選べないの?」
「残念ながら不可能だ。だがまあ、だいたいは持ち主の好みに沿った物が出来上がるだろうからそう不服そうな顔をするな」
う、読まれてた。だって全っ然好みじゃない腕輪だったら凄く困るし…
「さぁ、ルリ」
促されて恐る恐る光の球に手首を通した。すると突然球が目まぐるしく色を変え始めた。
「な、なに!?」
驚いていると、今度はその形が変わり始める。伸びたり縮んだりしながら徐々に小さくなっていき…
「あ……」
光が消えた時、あたしの腕にはいつの間にか大きな宝石のようなものが着いていた。見ると刻一刻とその色が変化していてとてもキレイ…………って。
「え、えぇっ!?」
あたしはその宝石…もとい、『宝石が埋まった腕』を穴が開くほど凝視した。そう。どこからどう見ても、腕に直接宝石がめり込んでいるのだ。その両端には、羽根のようにも見える小さな刻印が浮き出ている。まるでタトゥーだ。
「ちょ、ちょっとルシ様!どういう事ですか!?めり込んでますよこれ!」
もちろんつついても摘まんでもびくともしない。痛みどころか違和感すらないぐらいに馴染んでいるけど、それはそれでなんか怖い。
「ふむ……」
ルシ様はあたしの腕をひょいっと持ち上げ、宝石をまじまじと眺める。
「こんな装身具は初めて見た。ルリは元々こちらの世界の生き物ではないから、多少例外的な物が出来上がると思っていたが、まさかこれほどとは」
……それ、ルシ様でも原因が分からないってことですよね?
「ふむ…それに、この色合い。見る者を引き寄せる不思議な力があるな。…面白い。さすがは俺の愛するルリ」
そう言って手の甲にキスを落とすルシ様に、少し頬が熱くなる。
「…これ、ずっとこのままなんだよね?人体に影響はないの?具合悪くなっちゃったりとか」
「その可能性はゼロに近いな。その宝石からは既にルリと同じ質の魔力を感じる。しっかり制御装置の役割を担うだろう」
「そ、それならいいんだけど…って、よくない!」
こんな妙ちきりんな腕、めっちゃ目立つ!!
「構わんではないか。装身具を着けているという事は、それだけで不穏分子への威嚇となる。装身具はある程度魔力の高いものにしか具現化できないからな」
………この腕にルシ様と同じピアス……
「…なんだか、最強の防具を手に入れた気分…」
「実際その通りなんじゃないか?」
「これでもう半分以上の脅威は去ったような気がする」
「まだまだこれからだ。ルリには覚えてもらわなくてはならない事がたくさんある。大会に出るんだろう?ならば魔法の成り立ちをしっかり学ばなければならぬからな」
「げ、お勉強?」
なんてこった。勉強は学生時代で終わったと思っていたのに!
「そうだ。とは言っても座学ではなく実践になるがな」
「あ、それなら」
ずーっと教室のような所で勉強させられるんじゃなくてほっとした。
「さて、では戻るか。アイムにも見せてやろう」
「うん……って、ちょっと待って。ルシ様、会議から抜け出してきたって言ってたよね?そこに戻るの?」
「?そうだが?」
「いやいや、抜け出した会議にあたしを連れて戻ったら色々まずいでしょう」
ついでにそんな緊迫した場所に連れてかれるのは非常に気まずい。
「構わん。どうせ今頃結論が出ず閉会になっているだろうしな」
「それっていろいろまずいんじゃないんですか!?」
かくしてあたしはルシ様に半ば強引に会議室まで連れて行かれ、まだ閉会せずに煮詰まったままの面々と鉢合わせする結果と相成った……