第75話:海魔獣の王と極小海竜の群れ(JR神戸線・明石鯛と生しらす丼)
山陰の砂の国で透明なクラーケン(白イカ)を平らげた私は、再び陰陽連絡特急に乗って山間を抜け、商人ギルドの中枢である関西の市街地エリアへと戻ってきた。
商人ギルド『JR西日本』の誇る青きスーパーエクスプレス(新快速)に乗り込み、海沿いを猛スピードで西へと突き進む。
「フスッ……。窓の外に見えるのは、巨大な二つの海(瀬戸内海と大阪湾)が激しくぶつかり合う、明石海峡の荒れ狂う水流だ」
以前、私はこの明石の地で『たこ焼きのルーツ(玉子焼)』という古代スライム魔法を討伐した。だが、この血肉沸き立つ海峡には、真に恐るべき『水棲魔獣の王』が君臨しているという。
「激しい海流の下で限界まで肉体を鍛え抜かれた、最強の物理装甲を持つ海獣……『明石鯛』! そして、その王の足元で数千、数万という大群をなして蠢く極小の海竜たちだッ!」
私は、目前に迫る世界最大級の吊橋(明石海峡大橋)を睨みつけながら、己の胃袋のコンディションを臨戦態勢へと引き上げた。
明石駅で降り立った私は、真っ直ぐに港へと隣接する魚の棚商店街へと向かった。
ここは、海から引き上げられたばかりの海魔獣たちが、いまだにピチピチと魔力残滓を跳ねさせながら並べられている巨大な素材取引のダンジョンである。
「よし、あそこだ!」
私は、軒先に『天然明石鯛』という力強い文字が躍るギルド酒場(海鮮専門の食堂)の暖簾をくぐった。
「オーダーだ! 激流を制した海獣の王(明石鯛のお造り)と、その下に群れる数千の極小海竜(生しらす丼)をまとめて私の前に召喚しろッ!」
これまでの旅で数々の水棲魔獣を屠ってきた私だが、今回は純粋な『物理防御力(魚の歯ごたえ)』が極めて高いモンスターとの肉弾戦になる予感がしていた。
私は魔術スティック(箸)を握り、真剣な眼差しで祭壇を見つめた。
「お待ちどうさん」
私の目の前に恭しく置かれたのは、美しい桜色(王のオーラ)を放つ鯛の切り身と、その隣に並ぶ、真ん丸の巨大な丼であった。
「……おおおっ! なんだこの丼は!」
私が思わず目を剥いたのは、純白の酢飯(土の陣形)を一切の隙間なく完全に覆い尽くしている『透明な群泳』の姿だった。
淡路島周辺の名物でもあるその丼……『生しらす丼』。
そこに敷き詰められた釜揚げ(加熱)されていない生のしらすたちは、まだ海の中を泳いでいた時の透明な姿のまま、黒い小さな二つの眼で私の顔を一斉に見上げていた。
「フ、フハハハッ! 恐るべき絵面だ! 何千匹という極小の海竜(透明な小魚)の束が、蠢く水スライムの集合体のように押し寄せているぞ!」
だが、まずは王(明石鯛)に敬意を払い、先鋒としてはそちらから片付けるのが武人の礼儀というものだ。
私は箸先で、透き通るような白身の端に美しい赤い模様(血合い)が走る、明石鯛の分厚いお造りを一枚引き撃ちした。
醤油(漆黒のバフ液)を軽く纏い、口内へと放り込む。
「……ンンッ!!? 硬いッ!!」
私の顎から脳髄にまで突き抜けたのは、魚の身(肉)を噛んだとは思えないほどの、すさまじいゴリッ、ギュムッという強烈な反発力(物理防御)であった。
「バカな……! のどぐろのようなフワリとした脂(柔装甲)ではない。これは、明石海峡の狂った激流(最強の環境デバフ)に延々と逆らって泳ぎ続けた結果生み出された、究極の『筋肉の結界(弾力)』だ!」
噛み砕こうとしても、身がパンパンに限界まで張っているため、押し返される。
そしてその強靭な筋肉を噛み潰すたびに、上品でありながらもどこまでも力強い、海魔獣の王にふさわしいマナ(旨味)がじんわりと湧き出してきた。
「フハハハッ! 見事な強敵(白身)であった! だが、私を本気にさせるなら、手数(群れ)で攻めてこいッ!」
強固な物理装甲を突破した私は、次なる標的……数千の透明な極小海竜(生しらす丼)へと、容赦なく魔術スティック(箸)を突き立てた。
すりおろした生姜と特製醤油(土と闇の属性付与)を豪快にぶっかけ、丼の底からご飯ごと大きくすくい上げる。
「いざッ!!」
「……ズルルルルッ!!」
口の中で、何千匹という海竜の幼生たちが一斉に大暴れを始めた。いや、正確には、極めて滑らかでネットリとした透明なマナの塊が、私の舌の上で大群の波(水属性の全体攻撃)となって押し寄せてきたのだ。
プチプチとした微小な眼球の食感と、舌触りの良いツルンとした魚体。
「フスッ……! 苦い! いや、美味いッ!」
生しらす特有の、海の香りを濃縮したような独特の磯の風味と、ごく微かな内臓の苦味。それが生姜の鮮烈な刺激と混ざり合い、強烈な海のバフとしてダイレクトに脳を取り込んでいる。
「これだ! 明石鯛の強靭な単体物理攻撃(一点突破)と、生しらすの広域デバフ攻撃(数の暴力)。この明石海峡の波状攻撃こそが、海を知り尽くした漁師ギルドの真の陣形というわけか!」
私は極小海竜の軍団を文字通り「飲み物」のように一気呵成に胃袋へと流し込み、圧倒的な大勝利(完食)を収めた。
「……ふぅっ、ハァッ。完全なる制圧戦であった」
ギルド酒場の外に出ると、目の前には明石海峡大橋が美しい結界の如く明石と淡路島を繋いでいる。
「瀬戸内海……波が静かだと思っていたが、その水面下ではとんでもない肉弾戦が日夜繰り広げられているのだな」
海将の生み出した極上の刺客たちに深い敬意を払いながら、私は次なる海魔獣の潜む西の海を目指し、力強く歩き出すのであった。




