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第62話:百年封印された最凶の毒属性魔獣・フク(山陽本線・下関ふぐ)

 神の島(宮島)での穏やかな浄化を終えた私は、再び山陽本線(あるいは山陽新幹線)に乗り込み、本州の最西端である魔境……『下関しものせき』へと向かっていた。

「フスッ……。これまでの伝承食は、どれも私を優しく回復させる神聖な魔法陣ばかりだった。だが、次に私が挑む討伐対象は、根本から次元が違う」

 下関。二つの巨大な海流が激しくぶつかり合う関門海峡の荒波の底には、日本の歴史において『最も恐れられ、厳重に警戒された最凶の魔獣』が生息している。

「その魔獣は強力な牙も、巨大な体躯も持たない。だが、その体内にはどんな高位の回復魔法でも解呪不可能な……『最強の致死毒テトロドトキシン』を宿しているのだ!」

 強欲なる勇者(ただの食いしん坊)である私でさえ、その魔獣の名を呼ぶ時はわずかに声が震える。

 魔獣の名は『ふぐ(下関では縁起を担いでフクと呼ぶ)』。


 下関駅周辺の歴史あるギルド酒場(ふぐ料理の老舗専門店)へと歩を進めながら、私はこの魔獣の恐るべき歴史的背景を頭の中で反芻していた。

「かつて天下を統一した大魔王(豊臣秀吉)は、あまりにも多くの兵士がこの魔獣の毒牙にかかって命を落としたため、全領土に対して『ふぐ食禁止令』という強力な封印魔法を施した」

 その強固な封印は、なんと数百年もの間、決して破られることはなかった。

「だが! 明治という新たな時代が幕を開けた時、国のトップに立った初代トップギルドマスター(伊藤博文)が、この下関の地で魔獣を食し……そのあまりの美味さに感動し、この地限定で強権をもって封印を解き放ったのだ!」

 一国のトップすらも魅了し、圧倒的な力でルールを変えさせてしまった禁断の味。

 私は分厚い覚悟を決め、老舗のふぐ料理店(最高難易度ダンジョン)の暖簾を力強くくぐった。


 静かな個室(外界から隔離された結界部屋)に通された私を待っていたのは、選ばれし最高位の魔導士(厳しいふぐ調理師免許を持つ熟練の板前)による、芸術的な大解体ショーの成果であった。

「……おおっ! なんだ、この息を呑むような恐ろしい美しさは!」

 私の眼前に恭しく供された巨大な陶器の皿。

 そこには、美しい鶴や菊の花の形を模して、極限の極限まで薄く削がれた魔獣の肉(てっさ・ふぐ刺し)が、幾重にも見事な円を描いて並べられていた。

「バカな……! 並べられた肉を通して、下にある皿の絵柄が完全に透き通って見えているぞ! これほどまでに極薄の『光学迷彩結界』を展開するとは、あの板前……どれほどの異常なナイフスキル(包丁捌き)を持っているのだ!」

 致死の猛毒を一ミリの狂いもなく完璧に分離し、安全で美味なる筋肉だけを美しく削ぎ落とす神業。

 私は震える手で魔術スティック(箸)を構えた。毒と美味が紙一重で同居する、究極のスリル(デスゲーム)の始まりである。


 私は魔術スティックで、極薄の魔獣のてっさを2、3枚まとめてガサリと贅沢に掬い上げ、もみじおろし(赤き炎の激辛薬味)をたっぷりと溶かした特製ポン酢へと静かに沈めた。

「喰らってやる……! 百年の封印を破った禁忌の味をッ!」

 バクッ!

 口に入れた瞬間、私の脳を強烈に直撃したのは、ジャンクな味付けではなく……凄まじい『物理反射(圧倒的弾力)』だった。

「……ンンッ!? なんだこの嚙み応えは!」

 ペラペラに薄いにも関わらず、まるで強靭なゴムの装甲(ミスリル製のスライム)を噛んでいるかのような圧倒的跳ね返し。

「なるほど! これほどの防弾チョッキ並の耐久力があるからこそ、極限まで薄く引かなければ人間(冒険者)の歯では到底噛み切れないというわけか!」

 噛めば噛むほどに、淡白な装甲の中から底知れぬ深いマナ(上品で力強い旨味)が、ジワリ、ジワリと染み出してくる。


「フスッ、フハハハッ! 美味いぞ! 脂の暴力(ギトギトの豚骨ラーメン等)とは真逆の位置にある、極限まで引き算された『純度の高い魔力結晶』だ!」

 てっさに続き、私は熱く煮え滾るてっちりの中からも、大きく切られた骨付きの魔獣の肉を強引に引きずり出して貪った。

 熱を加えることで、強靭だった筋肉は一転してホロホロと崩れ、ゼラチン質の分厚い皮(コラーゲン装甲)がネットリと私の唇にエロティックに絡みつく。

「そして、この禁断の魔の宴を最高潮へと導くアイテムがこれだ!」

 私の目の前に置かれたのは、熱々の日本酒が入った特製の分厚い湯呑み。その中には、こんがりと真っ黒に炙られた魔獣のヒレ(ふぐひれ)がドップリと浸かっていた。

「いでよ、炎の精霊よ!」

 仲居ギルドのアテンダントがマッチで火を近づけると、ポンッ!という小気味良い音とともに、ヒレ酒の表面に青白い魔力の炎が一瞬だけ美しく燃え上がった。


「……ズルルッ、カァァァッ!!」

 青白い炎でアルコールの角(余計なデバフ)を綺麗に飛ばした熱いヒレ酒を煽る。魔獣の骨とヒレから暴力的なまでに溶け出した圧倒的な旨味(強烈なダシの風味)が、酒という液状バフの威力を通常の10倍以上に跳ね上げていた。

「……フスッ。先ほどから私の舌がわずかに快感で痺れているような気がするのは、もみじおろしの辛さか、ヒレ酒のアルコールか、それとも……魔獣の幻影(毒の恐怖によるアドレナリン)か」

 鍋の最後を美しく飾る雑炊(全ての魔力が溶け込んだ究極の黄金のおかゆ)を一滴残らず平らげ、私は下関の冷たい夜風の中へと出た。

「圧倒的なスリルと、歴史が強固に証明する至高の美味。初代ギルドマスターが強権を発動した理由が、己の胃袋を通して完全に理解できたぞ!」

 本州最西端の毒の魔境を見事に制覇した私は、いよいよこの果てしなき旅路(新幹線グルメ)の永遠の終着点……『博多』へと向けて、最後の足取りを力強く進めた。


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