第33話:琵琶湖の超広域水層要塞と、汁なき麺の強制吸収魔法
山口・岩国における山賊たちの狂宴(巨大カロリーとの野戦)を突破した私は、新幹線(長距離用・超大型魔導ビークル)に乗り込み、本州を西から東へと一気に逆走していた。
中国地方の広大な山脈地域を完全に抜け、再び私の拠点である関西エリアへと帰還する。
だが、私が目指すのは見慣れた『大阪』や『京都』の都心部ではない。
京都からさらに東、そして北へと進んだ先にある、巨大なる水脈結界に護られた都市――滋賀県・『長浜』である。
「……見えてきたな。相変わらず、とてつもない魔力の密度だ」
米原駅で琵琶湖線(魔導ローカルビークル)に乗り換えた私の目に飛び込んできたのは、車窓の左手に広がる、果てしなく青い『海』のような空間だった。
「……フッ。誰がこの巨大な水瓶を『湖(ただの水たまり)』などと呼ぶものか。これは間違いなく、西日本全域の水源を握る超規模の『大結界(琵琶湖)』だ!」
私の世界(異世界)において、これほど巨大な淡水の塊が存在すれば、当然そこには水神(リヴァイアサンクラスの超獣)が棲み着き、周辺の魔力濃度を異常なレベルにまで引き上げる。
その神聖な水の恩恵を受けるため、滋賀の民はこの湖を取り囲むようにして巨大な防衛陣形(街)を築き上げているのだ。
「……しかし、不思議なものだ。これほど豊かな淡水の水源(琵琶湖)があるというのに、私の標的は水神の落とし物(湖魚)ではない」
今回私が食らうべきターゲットは、遠く離れた海産物『サバ(魔の回遊魚)』と、小麦を編み込んだ『そうめん(糸状結界)』のキメラ料理。
「……海のないこの滋賀(内陸の要塞)に、なぜ海の魔獣が持ち込まれ、独自の進化を遂げたのか。その謎を解き明かすのが、勇者の役目である!」
私は、目前に迫る長浜の駅に狙いを定め、気合とともに立ち上がった。
長浜駅に降り立った私は、すぐにその街の持つ『異様な空気感』に当てられていた。
「……なるほど。かつて私が倉敷で経験した『白壁のラビリンス(純白の迷宮)』の、対を成す裏のバージョン(シャドウ・ワールド)というわけか」
長浜の街並み――『黒壁スクエア』と呼ばれる旧市街地は、倉敷の純白とは打って変わって、真っ黒な漆喰で塗られた重厚な建物(黒い防壁)が連なっていた。
「……白が光の幻術ならば、黒は魔法を完全に吸収(無効化)するアンチ・マジックのステルス結界! なかなか巧妙な陣形を引いているではないか」
暗黒の壁(黒壁)の間に、ガラス細工(魔晶石の加工品)を売る工房や、観光客向け(NPC用)の土産物屋がひしめいている。
私は、スマホの商人ギルド(グルメマップ)が表示する目的地だけを目印に、その黒い防壁を縫うようにして慎重に進んだ。
やがて、メインストリートから少し外れた路地に、風格のある巨大な提灯(赤い目印)と、香ばしい醤油の焦げる匂い(魔力の漏出)を放つ老舗ギルド(郷土料理店)を発見した。
「……ここだな。この黒壁の奥深くに隠された、禁忌の強制吸収魔法(焼鯖そうめん)の実験場(名店)は!」
私は、店の周囲に漂う、甘辛くそして少し生臭い(生命力に溢れた)独自の魔力に警戒感を強めた。
そうめん(細麺)というものは、氷水(完全な防御・冷却)と共に提供され、それを専用の魔法薬に少しだけ浸してスッと啜るのが、この日本における最もスタンダードな『光属性陣形』のはずだ。
それを、脂の乗った巨大なサバ(海の回遊魚)と共に、何日も煮込む(暗黒の鍋に沈める)というのだから、正気の沙汰ではない。
「……冷たい素麺のアイデンティティ(誇り)を完全に破壊し、温かくドロドロの呪い(サバの旨味)を強制的に吸い込ませた闇の洗脳魔法か。ふっ……私の胃袋が試されるな!」
私は、武者震いをしながら、暖簾をくぐり、その歴史ある木造の空間(郷土料理ギルド)へと足を踏み入れたのである。
「いらっしゃいませ!」
歴史の重み(高濃度のマナ)を感じさせる立派な梁が巡らされた店内は、地元の民と遠方からの行商人(観光客)たちで賑わい、独特の活気に満ちていた。
私は案内された座敷(結界の張られたセーフゾーン)に胡座をかき、メニュー(魔導書)も開かずに堂々と修行僧(店員)に告げた。
「あの『焼鯖そうめん(魔の回遊魚と強制吸収結界の融合体)』を一つ!」
「はい、焼鯖そうめんですね。少々お待ちください!」
私が注文を終えると、周囲のテーブルを観察(索敵)し始めた。
当然、そうめんを食べるのだ。ガラスの器に氷水(極寒の防御結界)が張られ、その横にめんつゆ(回復ポーション)が入った器が添えられているはず……。
そう思っていた私の目に飛び込んできたのは、予想を根底から覆す光景だった。
「……ッ!? なんだあの陣形は! どこのテーブルにも、氷水の入ったガラス鉢(冷却結界)が存在していないではないか!」
私の世界(日本の夏の常識)において、そうめんとは『冷涼なる喉越し』を楽しむための水属性魔法である。
氷と共に供されないそうめんなど、マナ(魔力)を抜かれた杖も同然だ。
「……本当に、あの白く透き通った糸(純真無垢なそうめん)を、温かいまま、しかも焼いた鯖(海の魔獣)と一緒に喰らわせるというのか?」
この滋賀(内陸部)の民は、若狭湾(日本海)から運ばれてきた塩蔵の鯖を、わざわざ甘辛い醤油ベースの魔法(煮汁)で何日も骨まで柔らかく煮込み、その余った煮汁(鯖の呪力)の全てを、そうめんに最後の一滴まで強制的に吸わせるという。
「……冷水で締める(光魔法で浄化する)プロセスをあえて放棄し、そうめん自身を『呪い(旨味)の吸収スポンジ』として運用する戦術。……恐ろしくも、理にかなった悪魔の錬金術だ」
私は、目前に迫るかつてない変則陣形の襲来を前に、ごくりと息を呑んで待機していたのである。
「お待たせいたしました、焼鯖そうめんです!」
コトリ、と私の目の前に置かれた四角い皿(特殊なバトル・フィールド)。
私は、その皿の上で展開されている異形の魔法陣を見て、完全に言葉を失った。
「……馬鹿な。これが……そうめん、だと!?」
そこに置かれていたのは、私が知るあの純白の美しい糸(光の結晶)ではなかった。
見事にまでに『茶褐色』に染め上げられた、ドロドロの暗黒結界(煮汁を吸い尽くした麺の塊)だったのだ!
そして、その暗黒の沼(茶色い麺)の中央に、デデン!と鎮座しているのが、丸々とした超巨大な『海神の落とし物(焼鯖の半身)』である。
「……すさまじい威圧感だ。巨大なサバ(魔獣)の本体がボスとして君臨し、その周囲を、サバの魔力(呪縛の煮汁)に完全に洗脳された幾千もの糸(ブラッド・素麺)が取り囲んでいる!」
通常のそうめんが『喉を潤す癒やしのポーション』ならば、今の目の前にある赤茶けた繊維の束は、『敵の体力を削り取るための暗殺者のワイヤー』そのものだ。
光属性(冷水魔法)に満ちていたはずのそうめんが、焼鯖という深い闇(濃厚な煮汁の魔力)に何日も沈められた結果、完全に闇堕ち(ダーク・サイドへと転落)してしまった無惨な、そして圧倒的に美味しそうな姿!
「……ふっ、くふふはは! 見事だ、長浜の錬金術師よ! 純白の(無味に近い)そうめんに、これほどまでに強烈な海の暴力(サバの旨味)を全吸収させるとは!」
もはや、この皿の上に『めんつゆ』という外付けのポーションは不要だ。
麺そのものが、強烈な魔力(味)を内包した武器へと進化しているのだから!
「よかろう、海の魔獣と闇堕ちした糸の結界(焼鯖と素麺)よ! この私の胃袋が、貴様らの呪い(旨味)ごと綺麗に浄化してやろう!」
私は、通常のそうめんの涼やかな食べ方を完全にかなぐり捨て、箸(二刀流)を構えて、ドロリとした茶褐色の魔境(麺の沼)へと猛然と突撃を開始したのである。
ズッ……ズルズルズルルッ!!
「……ングォォォォッ!! なんだこの麺は!! まったくコシ(物理耐久値)が存在しないではないか!!」
私は、茶褐色に染まったそうめんの束(暗殺者のワイヤー)をすくい上げ、口の中へと一気に流し込んだ。
その瞬間、通常であれば歯を押し返すはずの細麺の弾力は完全に消え去り、唇で挟むだけで『ホロリ』と自壊(完全消滅)していくほどの尋常ではない柔らかさに驚愕した!
氷水(物理防御の強化バフ)で締めずに、わざわざ煮魚の熱いスープ(呪いの海)の中で何十時間も煮込まれ続けた素麺(光の結晶)。
その結果、麺の食感としての防御力(張力)は極限まで削ぎ落とされ、代わりに膨大な量の『サバの旨味と濃厚な醤油の甘さ(魔・毒素)』を限界の限界まで内包する『旨味の飽和状態』へと到達していたのだ。
「……美味い!! しかし、これはおかしいぞ! 麺が……主食として機能していないッ!」
私の舌の上で、茶色いそうめんが自重で崩壊するたびに、中からジュワァァァッと、信じられないほど強烈なサバの煮汁(海の魔獣のエキス)が爆発する。
味が濃い。あまりにも濃すぎる!!
私は慌てて箸(二刀流)を動かし、麺と共に煮込まれた超特大の『焼鯖の半身(ボスクラスの魔獣)』の肉をむしり取って頬張った。
骨までホロホロに柔らかくなった鯖(完全なる防御力の喪失)は、噛まずとも口の中で溶けていく。
だが、そのサバ本体の強烈な旨味をさらに上回るほどの、狂ったまでの『味の濃さ(魔力密度)』が、麺(素麺)の方に凝縮されているのだ!
「……フスッ、くっくっくっ! 理解したぞ! 一般的なラーメンやうどん(魔法陣)において、麺は『汁に浸すための依り代』。だが、この焼鯖そうめんにおいて、麺はもはや『汁を強引に吸い込ませた肉の塊』と同義なのだ!!」
麺をおかずにして、白米(真の主食)を食らう。
関西ではお好み焼きとご飯(魔法陣の二重展開)という文化が有名だが、この滋賀・長浜の地では、さらに狂気地味た『素麺のおかず化(概念の逆転)』が日常的に行われている!
「……おのれ、そうめん(光魔法)という清涼な存在を、これほどまでに茶色く重厚な『ご飯の共に(暗黒のバフ)』へと完全に闇堕ちさせるとは……! 長浜の民衆(錬金術師たち)、恐れ入ったわ!」
私は、喉がいきなり乾き(極度の塩分吸収によるMP消費)を訴え始めるのを感じながらも、その圧倒的で暴力的なまでに濃密な『鯖の呪い(旨味)』に抗うことを諦め、ただただ胃袋へと暗色の結界を流し込み続けていたのである。
「……ふぅ。ごふぅぅぅッ!!」
私は、最後の一本の茶色い繊維(呪いを吸い尽くした素麺)まで綺麗に飲み干し、お茶(回復用の完全水薬)を一気にあおって喉の渇きを潤した。
「……見事な強制吸収陣形であった。海から遠く離れたこの内陸の要塞(長浜)に、サバ(海の魔獣)の旨味を最後の一滴まで一切無駄にせず閉じ込めるための、先人たちの狂気の『生存戦略』……」
長持ちさせるために塩蔵された魔獣を焼き、それをさらに醤油(大地の暗黒魔法)で煮込む。
そして、余った煮汁(魔力の残滓)に至るまで、素麺という『最も魔力を吸いやすい細い糸(特殊なマナ導管)』に吸わせ尽くす。
この閉鎖環境(琵琶湖周辺)における、カロリーと旨味の極限の再利用こそが、この郷土料理の真の恐ろしさだったのだ。
「……私の胃袋(限界容量)も、この強制吸収の呪いによって、さらに大きく拡張されたようだな」
私は、黒壁スクエアの暗闇の迷宮を出て、湖に反射する夕陽(黄昏の聖光)を背にしながら、琵琶湖の巨大要塞(長浜駅)へと帰還した。
山陰(鳥取・島根)、山陽(岡山・広島・山口)を制覇し、この滋賀(巨大水層)すらも突破した。
次なる私のターゲットとして残されている場所は、いよいよ数少なくなってきている。
「……次は、再び『京都』。だが、私の拠点となっている中心部(都)ではなく、そこからさらに北の果て、日本海に面した果てしなき『海の要塞城』だ」
商人ギルド(情報端末)によれば、そこには『天橋立』と呼ばれる、海の上に突如として出現する長さ数キロにも及ぶ松林の『巨大な架け橋(天空への道)』が存在するという。
「……陸地から天空(神の領域)へと続く魔法の橋。その神聖なる地で、私は空から舞い降りた『甘き神の砂』を敷き詰めた『丹後ばら寿司(箱舟の結界)』を食らわねばならん!」
山賊が握る暗黒の爆弾(山賊むすび)とは対極にある、神の光を宿した細かな具材たちが散りばめられた究極の光魔法(ちらし寿司の極北)。
「……ふっ、待っていろ、天空への架け橋よ。長浜で強烈な呪い(茶色い味の濃さ)を全身に浴びた私の胃袋に、今度は最強の光の浄化(甘き酢飯のシャワー)を浴びせかけてみせろ!」
私は、琵琶湖線の特急列車から北陸本線へと怒涛の乗り換えを果たし、夜の帳が下りる近畿の最北端、日本海(再び訪れる神の海)へと向けて、強引に針路を北へと急旋回させたのであった。
(第33話 了)




