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第26話:多連装の海玉(カキ)と、炭水化物の要塞

 私が経験した『海軍の曜日感覚操作(金曜日の精神汚染)』を受けた体は、驚くほどスッキリと目覚め、私の足取りは羽のように軽かった。

 広島・呉の軍事都市からさらに東へ、瀬戸内海の穏やかな海沿いを走るローカル線(赤穂線)に揺られ、私は岡山県の東の果てに位置する小さな港町へと降り立っていた。

「……ここが、海に浮かぶ魔晶石の産地、『日生ヒナセ』か」

 私は、ホームに降り立った瞬間に鼻腔をくすぐる、強い磯の香りに目を細めた。

 日生。

 商人ギルドの情報(ご当地紹介サイト)によれば、ここは日本有数の『牡蠣カキ』と呼ばれる海の魔物の養殖地である。

 そして、この地には、その牡蠣を大量に使用した独自の粉もの文化――『カキオコ』と呼ばれる恐るべき陣形が存在するという。

「……カキ、か」

 私の世界にも、海辺の岩場にへばりつく硬い殻を持った魔獣は存在したが、それらは大抵が猛毒を持っていたり、下手に手を出せば強力な水属性魔法で反撃してくる面倒な相手だった。

 この世界の『牡蠣』もまた、「海のミルク(超栄養ポーション)」と呼ばれる一方で、「あたる(猛烈な腹痛のデバフ)」という危険性を孕んだ、極めて扱いの難しい食材(魔獣)であることは、冒険者たち(ネット民)の噂で十分に承知している。

「……だが、この地の錬金術師おばちゃんたちは、その危険な海の魔物を、こともあろうに『お好み焼き』という巨大な炭水化物の砦の中に大量に封じ込めているというのだ」

 私は、駅前から港へと続く潮風の吹く道を歩きながら、目当てのギルド(お好み焼き屋)を探した。

 やがて、小さな鉄板を囲むように数席の丸顔椅子が並べられた大衆的な店を見つけ、その古いガラス戸を引いた。

「いらっしゃい!」

「……うむ。最も強力な魔法陣……『カキオコ』を一つ頼む!」

 威勢の良い店主(ベテラン魔導士のおばちゃん)は、私の注文を聞くや否や、銀色のボウル(錬金釜)で手早く小麦粉とキャベツ(基本の土台)を混ぜ合わせ、熱々の鉄板(炎の海)へと広げた。

 ここまでは、私の知る一般的な大阪の陣形(豚玉)とさして変わらない。

 しかし、次の瞬間。

「……なっ! なんだその異常な数はッ!!」

 おばちゃんがボウルから取り出したのは、グレーのぬらぬらとした光沢を放つ数十個もの肉塊――牡蠣(海の装甲スライムの中身)であった。

 それを、広げたばかりの生地の上に、一つ、二つと乗せるのではない。

 ドババババッ!!

 おばちゃんは、まるで機銃掃射(クラスター爆撃)でもするかのように、無数のスライム(大量の牡蠣)を、鉄板の上の生地の原形が見えなくなるほど無造作に、大量にぶちまけたのである!


「おい、待て! いくらなんでも多すぎる! 生地(防壁)のキャパシティを完全に超過しているのではないか!」

 私は、ジュウウウゥゥッ!! という凄まじい爆縮音を上げながら、鉄板の上で暴れ狂う牡蠣の群れを見て絶叫した。

 生地よりも明らかにメインの火力が上回っている。

 これはもはや『お好み焼き(バランスの取れた円陣)』ではない。

 ただの『牡蠣の巨大な焼却炉インフェルノ・フィールド』だ!

「大丈夫よー、火が通ればちょっと縮むからね」

 おばちゃん(大魔導士)は私の狼狽を気にも留めず、鼻歌交じりにコテ(二刀流の魔剣)を振るい、その上に少量の生地をタラリタラリと垂らして『蓋』をした。

「……なるほど。これが日生の『爆縮魔法陣カキオコ』の全貌か!」

 私は目を見張った。

 上から蓋をされた大量の牡蠣たちは、鉄板の熱(炎属性)と、生地の中に閉じ込められた蒸気(水属性)によって、猛烈な勢いでその旨味(魔力)を濃縮させていく。

 装甲スライム(牡蠣)が持つ強烈な海のバイブレーションが、逃げ場を失って生地という名の『炭水化物の要塞』の内部に完全に封じ込められているのだ。

「……見事なサバイバル・マジック。かつて、売り物にならない傷物の牡蠣(B級品アイテム)を美味しく、かつ大量に処理するために網元(漁師ギルド)の嫁たちから広まったというが……」

 不要品の再利用リサイクルから生まれた魔法が、今やこの街の最大の兵器(看板メニュー)にまで進化を遂げている。

 そして数分後。

 見事にひっくり返され、表面がカリッと香ばしく焼け焦げた巨大な円盤が、私の目の前の鉄板(最前線)へとスライドされてきた。

「はいよ。今の若い子たちに人気だっていうから、半分はソース(暗黒の魔法液)、半分は岩塩(白き浄化の結晶)をかけておいたよ!」

「……っ!?」

 私は、目の前に置かれたそのアクロバティックな仕掛け(デュアル・エンチャント)に、思わず息を呑んだ。

 円盤の左半分レフト・ウィングは、漆黒の甘辛いソースが塗りたくられ、青のりと鰹節が踊っている。

 対して右半分ライト・ウィングは、一切のソースを排し、ピンク色をした美しい岩塩がキラキラと妖しく輝いているのみ。

「一皿の上に、対極の属性魔法(闇と光)を同時に展開しているというのかっ……!」

 普通なら、どちらかの味が強すぎて、味覚センサーに強烈なノイズを発生させる恐れがある難易度の高い陣形だ。

「……ふっ。日生のカキオコ(多連装カキ要塞)、どこからでもかかってこい!」

 私は、自らのコテ(携帯用の聖剣)を握りしめ、まずは右半分――塩と牡蠣の純粋な魔力対決ライト・サイドへと、鋭く一撃を振り下ろしたのである!


 サクッ……!!

「……ングゥッ!!」

 私のコテ(聖剣)が切り出した岩塩エリア(光の領域)の一片を口に放り込んだ瞬間、私の味覚(魔法センサー)に強烈な衝撃が走った。

 ソースという甘い魔法カモフラージュがない分、生地の中で限界まで濃縮された『牡蠣の純粋な魔力(磯の香り)』が、ダイレクトに脳を殴りつけてくる!

 塩という極めてシンプルな固定魔法が、牡蠣の持つ濃厚な旨味(ポーション原液)を一切逃さず、私の舌の上に叩きつけたのだ。

「……すさまじい破壊力ウルトラ・クリティカル! 表面の生地がカリッと香ばしく焼けているのに、中のこの装甲スライム(牡蠣)たちは、熱で縮むどころか、逆にその旨味でパンパンに膨れ上がっているではないか!」

 私は、目を見開きながら熱々の鉄板(炎の陣地)から次々と牡蠣ごと生地を切り出し、口へと放っていった。

 ハフッ、ハフハフッ!

 口の中を火傷スリップダメージしそうになりながらも、その暴力的なまでの海のミルク(超回復薬)の連撃に、私のフォークは止めることができない。

「……見事な採掘場ダンジョンだ。どこを切り取っても、必ず巨大な魔晶石(牡蠣)にぶち当たる!」

 普通の海鮮お好み焼きなど、生地の中にぽつりぽつりと具材(宝箱)が隠されている程度だ。

 しかし、この日生の陣形カキオコは違う。

 生地(防壁)よりも、中の具材(火力)の方が圧倒的に多いという異常事態。

「……ふっ、よしっ。ならば次は、暗黒属性ソース・サイドだ!」

 私は岩塩エリアを完全に制圧(平らげた)したあと、間髪入れずに左半分のソースエリアへと突撃した。

 ジュワリ……。

 熱い鉄板の上で焦げたソース(漆黒の魔法液)の甘辛い匂いが、私に新たな食欲(攻撃衝動)を引き起こさせる。

「……ほう! 先ほどの光(塩)とは全く違う、重厚感ヘヴィ・アーマーのある味わいだ!」

 ソースの強烈な自己主張が牡蠣の磯臭さを完全にねじ伏せ、ただの『爆縮された海の魔獣』を、『究極のB級ジャンク・フード(下町の魔法兵器)』へと昇華させている。

 塩とソース。同じ一枚の魔法陣(お好み焼き)でありながら、全く別の召喚獣(料理)を二度味わっているかのような恐ろしいコンボ(多重連撃)。

「……くっ、しかし! これほどの数(物量)の装甲スライム(牡蠣)を連続して体内に取り込むのは、いくら勇者の胃袋(私のHP)でも……!」

 私は途中から、圧倒的な牡蠣の濃度(タンパク質の中毒症状)による『美味さの暴力』に、少しだけ魔力酔い(胸焼け)を起こしそうになっていた。


「……ハァッ、ハァッ……!!」

 私は最後の一片、ソースと青のりにまみれた巨大な牡蠣(魔晶石のボス)をごくりと飲み込み、熱を放つ鉄板(戦場の焼け跡)の上で深く息を吐き出した。

 私の体の中には、数十匹もの海の装甲スライム(牡蠣)が完全に吸収され、超高濃度のポーション(亜鉛やミネラル)となって血管を駆け巡っている。

 普通の人間の胃袋キャパシティならば、間違いなく許容量オーバー(オーバードーズ)で倒れていてもおかしくないほどの、暴力的な栄養素の暴力だ。

「……ふははっ。恐るべし、日生の牡蠣漁師(錬金術師)たちよ。これほどの濃度のアイテムを、粉もの(炭水化物)という巨大装甲で包み込んで一気に食わせるとはな」

 私は、汗まみれになった顔を拭いながら、店主(大魔導士のおばちゃん)に向かって親指を突き立ててみせた。

「ごちそうさまでした。素晴らしい爆撃陣形カキオコだった」

「はいよー、兄ちゃんいい食べっぷりだったねえ!」

 私は銀貨を置いて店を出た。

 港町・日生には、すっかり日が落ち始め、夕焼けが瀬戸内海の穏やかな海面(浄化の海)を赤々と染め上げていた。

「……私の体は、天理での火とニンニク、和歌山の緑の岩石、呉の海軍カレー、そしてこの日生の牡蠣と……休むことなく強烈な属性魔法カロリーを浴び続けている」

 このまま私の体が、西日本のB級グルメという名の魔力層に完全に侵食され(太ってしまい)、真なる魔獣ただのデブへと進化してしまうのではないかという恐怖が、ほんの少しだけ脳裏をよぎった。

「……いや、私は元勇者だ。次なる戦場が私を呼んでいる限り、この歩みを止めるわけにはいかぬ!」

 私は、スマホの商人ギルドアプリ(乗換案内)を開き、本州の瀬戸内側(光の領域)から、険しい山地(中国山脈)を越えた先にある、北の果ての魔境――日本海側(暗黒と神話の領域)へとルートを引き直した。

 次なる目的地は、島根県。八百万の神々が集うという超古代の魔法都市『出雲イズモ』である。

「……そこには、紅の三層タワー(割子そば)という名の、自らのツユを次の階層の敵へと継承ぶっかけしていくドMの修練場があるというな」

 己が食べた蕎麦の余韻(出汁や薬味の残り)を、捨てることなく次の蕎麦へと延々と引き継いでいく、恐るべき無限ループの儀式。

「……神々の街での修練クエストか。望むところだ。私の胃袋レベルがどこまで通用するか、試させてもらおう!」

 私は、海風を背に受けながら、日生駅から岡山駅へ、そしてそこから北へと向かう山越えの特急列車(特急やくも・山岳突破用ビークル)へと、力強く乗り込んでいったのであった。

(第26話 了)


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