第十三話「加護」
荷物を送って、アルムたちの喜びの声を聞いてから、しばらく経った夜のことだった。
『マサは《神龍の加護》を得た! ※加護はプロフィールのステータス欄から確認できます』
タブレットに突然表示された通知に、最初は何かの冗談かと思った。
設定に凝ったサイトかゲームからの悪ふざけだと。だが──心当たりはない。
そもそも、最近はゲームなんて触ってすらいない。
サイトも……となると、思い当たるのはたった一つ。
俺は眉をひそめながら、タブレットを操作して例のサイト──異世界マッチングサイトを開いた。
「プロフィールのステータス欄……って、え? 本当にあるじゃねえか……《神龍の加護》……。なんぞこれ?」
神龍……。
このサイトでやり取りしているのは、勇者アルムとその仲間たちだけのはずだ。
つまり、彼らに関係する何かが、俺にこの加護をもたらしたということになる。
「なあ、フルタンって……神龍だったりするのか?」
俺の問いに、フルタンは首を傾げる。「ワギャ?」と、小首をかしげる姿が妙に人間臭くて、思わず笑みが漏れた。
本当に、こいつは頭がいいんだろうな──その仕草一つでよくわかる。
「ワギャ! ワギャギャギャ!」
「いや、お前が何言ってるか全然わかんねぇよ」
「……ワギャア……」
フルタンが何か必死に訴えかけてきているが、さっぱりわからん。
そんな俺に助け舟を出してくれたのは、神官戦士のミリアだった。
「ええ、その通りですよ。フルタンは確かに神龍の子供です」
「そうなんすか」
「正確には、神龍の『子供』と言った方が適切かもしれませんね」
「なるほどな……」
まあ、フルタンのこの小ささを見れば、子供じゃなかったら逆に驚きだ。
にしても……神龍か。
「お前、実はとんでもないドラゴンだったんだな!」
「ワギャッ!」
俺の言葉に、フルタンは嬉しそうに跳ね上がった。
もし同じ空間にいたら、飛びついてきてたかもしれない。
このテンション……本当に可愛いやつだな。
だがミリアさんは、少し訝しげな視線をこちらに向けてきた。
「でも何故、フルタンが神龍の子供だと……誰に聞いたのですか?」
「いや、さっき俺に《神龍の加護》ってのが付与されたみたいでさ。心当たりといえばフルタンしかなくて」
「《神龍の加護》……ですか。フルタン、それは本当ですか?」
「ワギャ!」
力強く頷くフルタン。それを見て、ミリアさんはようやく納得した様子だった。
「……本当のようですね」
「で、その加護って、どんな効果があるんだ?」
「それは……そうですね、とても強力な加護です。具体的には──」
神龍の加護。その効果は、想像以上に破格だった。
大きく分けて三つの効果がある。
一つ目──**全状態異常の緩和**。
毒、病気、麻痺や盲目、睡眠など、いわゆるバッドステータスにかかりにくくなり、万が一かかっても、その影響は大幅に軽減されるという。
まさに冒険者にとっては夢のような加護だ。
二つ目──**闇属性への高耐性**。
闇の魔法や呪い、精神系の攻撃にも強くなり、影響を受けにくくなる。
三つ目──**ドラゴン召喚**。
フルタンに限らず、ドラゴンを呼び出して協力してもらうことができるらしい。
……いやいや、ちょっと現実離れしすぎだろ。
どれも、確かにとんでもない加護だ。
だが正直言って、今の俺の生活にはまったく必要がない。
「全状態異常の緩和……まあ、風邪とか食中毒には効くんだろうけどな……」
「加護は、決して無駄になることはありませんよ?」
ミリアさんの言葉に、俺は苦笑しながら頷いた。
「あ、ああ。ありがたく頂戴しておくよ。フルタン、ありがとな」
「ワギャ!」
するとミリアさんが、どこか真剣な眼差しをこちらに向けてくる。
その視線に、俺は思わず背筋を伸ばした。
「ミリアさん、なんか迫力ないっすか……?」
「ふふ……それはね」
アルムが、少し照れたように笑いながら教えてくれた。
「ミリアは神龍を信仰する天龍教のシスターなんだ。特にフルタンは、先代神龍の力を受け継ぐ唯一の存在だから、すごく大事に思ってるんだよ。だから、少し神経質になるのも仕方ないんだ」
責めないであげてね、とアルムが言うので、素直に頷く。
「……そっか。その先代の神龍ってのは?」
「……守れたのは、神龍様の残した卵だけだったんだ」
アルムたちが神龍のもとにたどり着いたとき、彼はすでに虫の息だった。
最後の力を振り絞り、卵──つまりフルタンを残してこの世を去ったという。
「ちなみにフルタンって名前、僕がつけたんだ」
「へえ」
「意味はね、『力強い翼』……!」
……微妙な響きだな、と思ったことを心の中でこっそり謝っておいた。
「それでマサ、私たちはこれから例の結界を破るために、五つの塔を攻略しに行くよ」
「おう」
「しばらく連絡できないかもしれない……」
「……わかった」
その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感が背筋を走った。
「もし……もしも、私たちが帰らなかったら──」
「おい、それ以上は言うなよ」
俺は、強引にアルムの言葉を遮った。
「……でも」
「でももなにもない。聞きたくない。聞かないったら聞かない!」
まるで子供みたいな言い分だったが、それでも構わなかった。
聞いてしまったら、何かが壊れてしまいそうで、怖かった。
「……落ち着いたら連絡しろよ。食べ物くらいなら、いくらでも送ってやるからさ」
「……うん」
寂しげで、それでも嬉しそうに笑うアルム。
その姿は、ごく普通の女の子そのものだった。
こんな子が勇者で、これから命を懸けた戦いに向かうなんて──どうしても信じられなかった。
「……ねえ、マサ?」
「なんだ?」
「魔王を倒したら、さ」
「おう」
「マサのとこに、遊びに行っても、いい……かな?」
顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに見つめてくるアルムは──ただただ、反則級に可愛かった。