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第十一話「お願いごと」

 すべてを食べつくしたという連絡を受けて、浅い眠りから覚めた。

 あのまま床で寝てしまった俺は、体の節々の痛みに悶えながらタブレットから鳴る呼び出し音に起こされていた。


「なるほど……だから、追加で食糧を送って欲しいと」

「う……うん」


 俺が眠っているたった二時間足らずの間に、四人ですべての食糧を食べつくしてしまったというのは驚愕する話だ。


「だ、だって、どれもこれもすごくおいしかったんだもん」


 だもん……とか言っているのは勇者であるアルムだ。

 少し涙目で上目遣いの少女のすの姿に、心がぐっと魅かれている。

 日本にいたら、ちょっとボーイッシュのスポーツ少女といった外見の彼女だが、あっちの世界では世界最高位の単体戦力なのだというのだから、恐れ入る。


「お、おう。それは良かった。べ、別に俺は責めているわけではないぞ? うん」

「そ、そうなの?」

「う、うむ。それでアルムはどれが一番気に入ったのだ?」


 ドギマギして、口調が変になっているのは自分でも気が付いていた。

 だが、自分ではどうにもならないなんてことは往々にしてあるものだ。

 アルムは少し目線を上に向け、人差し指を口に当てて考えて、答えを口にする。


「どれもおいしかったけど、私ははじめに食べたごはんが一番好きかなあ。なんだか、優しい味で、いくらでも食べられる気がしたよ」

「ほほう」

「この子ったら、ごはんをほとんど一人で食べちゃったのよ」

「ちょっ、ジョリー!?」

「あら、本当のことじゃない。それでも足りないみたいで、私たちが食べようとしてるのをじっと物欲しそうな目で見ていたのを、気付いていないとでも思った?」

「そ、そんなに気に入ったのなら、良かったよ。まあごはん、うまいよな」

「あ、あうう……!」


 ジョリーの容赦ない突っ込みに、アルムは顔を真っ赤にして俺を見る。

 その仕草も表情も大変に可愛らしい。

 ついついじっと見つめてしまったのがいけなかったのか、それともフォローの仕方がまずかったのか。勇者アルムは恥ずかしさに耐えきれないといった様子で、「ば、ばかー!」という誰に向けたのかもわからない台詞を置いて、その場から走り去ってしまうのだった。


「あらあら、あの子ったら」

「ジョリーよ、あまりあやつをからかうでないぞ」

「大丈夫よ。それに久しぶりに見たでしょう? あの子のあんな顔。……ずっと、笑えなかったもの。あの子も、私たちも……」

「……そうであるな」


 画面の向こうから、重い空気がこっちまで流れてくるようだった。

 戦いに続く戦い。周りに見方はおらず、食べ物さえも尽きようとしていた、アルムたちはまさに極限の状態だった。


「マサ、本当に感謝しているわ」

「うむ、これで我らもまだ戦える」

「食は命のもと。貴方は私たちに命を与えてくれた。貴方の優しさは、きっと神様もご覧になっているはずですわ」


 タブレットの向こうでは、皆が笑顔を浮かべていた。

 これからまた、命を懸けた戦いが始まろうというのに。


「ワギャア!」

「あらあら、どうしたの? フルタン」


 鳴き声とともに顔をひょっこりと出したのは、小さなトカゲだった。

 いや、よく見ると背中には羽が生えている。

 これがさっきアルムの言っていた、ちびドラゴンなのだろう。


「ワギャ!」


 フルタンは俺のことを真っ直ぐに見つめて、小さく鳴いた。

 知性が宿っているような目をしていた。何かを俺に伝えようとしているのか、それはわからないが。


「ワギャ! ワギャア! クルルルル」

「フルタンもマサさんにお礼が言いたいそうよ。おいしいものをありがとうって」

「ははは! フルタンはマサ殿の送ってくれた、あのカンヅメなるものが気に入っていたからな!」

「ああ、あれね。あれもほとんどフルタンが食べちゃったものね」

「へー、フルタンはどの缶詰がお気に入りだったんだ?」

「ワギャッ!!」


 そうしてフルタンが口にくわえて見せたのは、焼き鳥の缶詰。


「おっ! 焼き鳥の缶詰か。小さいとはいっても、やっぱりドラゴンなんだなあ。肉が好きとは」

「ワギャギャ!」

「特にこの色のついた汁のカンヅメが至高! って言ってるみたい」

「照り焼きかあ……。あれはうまいもんなあ」


 頷くようにしきりに首を縦に振るフルタン。

 よく見れば、加えた缶詰の内側には汁の一滴も残っていない。


「そんなに気に入ってくれたんなら、また送ってやるよ」


 つい、嬉しくなって声をかけた。その言葉がいけなかった。


「!?」


 一斉に俺を凝視する八つの瞳。

 その圧力はのけ反りそうになるほどだった。


「な、なんだ?」


 ぶっちゃけ恐い。


「そ――」


 それは誰が先だったのかはわからない。


「――それならチョコレートを箱いっぱいにお願い!」

「――サバのカンヅメを箱いっぱいに頼む!!」

「――モモとパインとのカンヅメを箱いっぱいにお願いしますわ!!」

「――ワギャ! ワギャア!!」


 まるで風船が破裂したかのような、そんな叫びだった。


「ちょっと、チョコが優先よ! あれが魔法力回復に一番効果があるんだから!」

「何を言う! サバが優先だ! あれは血と骨と肉の回復に最も効果があったのだ! それに美味い! 何をおいてもサバのカンヅメである!」

「二人とも、何を言っているのかしら? 果物よ? 保存がきいて、あれだけの甘味の果物なんて、そうそう手に入るものではないのよ!?」

「ワギャア! ワギャッ、ワギャギャギャ!!」


 三者……、いや、四者がそれぞれ全力で己の欲求を主張している。


「おい、落ち着けー……。……うむ、誰も話を聞いていない」


 とりあえず、今それぞれが言っていたものを書きだしておく。

 ジョリーはチョコ。

 最初はミカンの缶詰に食いついていたのだが、他の甘いものを紹介したら、チョコに食いついた。彼女が言うには、色の濃い食べ物には、多くの魔力が宿るとのこと。

 こっちには魔力なんてないのだが、彼女が言うのならそうなのだろう。

 色が濃い……ということは、ブラックチョコのほうがいいのだろうか?

 確かカカオ八十パーセントか九十パーセントとか、そんなチョコもあったはずだ。試しに入れてみてもいいだろう。

 ブルミスはサバ缶か。

 まあなんというか、チョイスが渋い。まさに武人といった――男ではなく、漢といった彼ならばイメージ通りといえばイメージ通りなのだが。

 サバ缶について調べてみたら、スタンダードな水煮と味噌煮以外にも、色々と種類があるようだ。もし売っていたら、他の味付けのものを送ってやってもいいかもしれないな。

 ミリアは果物類の缶詰。

 もともと果物が好きなのだろう。彼女はこんな辺境で果物が食べられることに感動していた。

 ジョリーの言うように、甘味には魔法力を回復する効果があるというから、他の物でもいいはずなのだが、こればかりはきっと個人の好みだというほかないのだろう。

 最後にフルタンだが、このドラゴンは別に味が濃いとかそういうのは気にしなくていいのだろうか。なんと言っているのかはわからないが、少なくとも周りの人間の声を理解している節がある。頭がいいのは間違いなさそうだ。

 あーだこーだ言う三人と一匹に、俺は大きな声を出した。


「わかったから、お前ら落ち着けって! 色々とまた買ってきてやるから!」

「「「お願いします!」」」

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