1-12. 言葉と魔法を操る愛玩動物ウィノー
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
甲高い声の叫ぶ【不本意な操り人形】という特殊な呪文が男たちやクレアの周りに響いた後、真っ暗な通路から突如として細い線が10本ほど現れる。
細い線は目標の定まった無駄のない動きをして、男たちのそれぞれ四肢と首の裏に深々と刺し込まれ、弛むこともなくピーンと張られた。
「あーあ、てめえら、ついに、オレの限界超えちゃったよ……このままじゃ、本気のブチギレ案件だ……それ以上、汚い手でクレアちゃんを触んなよ」
「……ウィノーちゃん?」
「っ! なに!?」
「っ! 自由が利かねえ!」
何も見えないはずの暗がりの奥からぼやっとした小さな光が見えたことで残された1つの【ライト】であると分かり、また、クレアをちゃん付けする言葉と甲高い声から、クレアは男たちに襲い掛かっている魔法の発動者がウィノーだと気付く。
それと同時に、男たちは刺しこまれた線の痛みを感じた後に、身体が動かせない違和感に顔を引きつらせた。
ウィノーの【不本意な操り人形】は、ウィノーだけが使える独自魔法の1つであり、魔力が込められた黄色い巻紙を1枚消費することで発動させることができる。この魔法が発動すると、ウィノーの両前足の指、最大10本の指から鋼鉄以上に頑丈な線が飛び出して対象に突き刺さる。
「分かったなら、ほら、クレアちゃんを解放して、さっさと離れろよ」
ウィノーの呼びかけに応じるかのように、男たちはクレアを解放し、彼女から数歩離れようとする。
クレアは解放されてからすぐに男たちから離れて、ウィノーの声のする方向へと立ち位置を変えて様子見で止まった。
「……この人たち、ウィノーちゃんに操られているの?」
突き刺さった線には電気を流すこともでき、ウィノーがこの線を通じて魔力から変換した微弱な電気を流すと、人や動物などをある程度操作できるようになる。
クレアは少し余裕が戻って、多少の衣服や髪の乱れを戻しつつ、侵されずに済んだ唇をそっと撫でる。
「オレはなあ、親友からクレアちゃんのことを頼まれてんだよ……分かるか? そう、親友との約束はたとえ死んでも守らなきゃなんねえんだ。正直、バレるかもしれねえから、魔法は使いたくなかったが、約束破るよかはずっとマシだ……まあ、仲間を見捨てるような奴らにゃ分からねえか?」
ウィノーの言葉は甲高い声でどこか迫力に欠けるきらいがあるが、クレアは友情に対する熱さと敵に対する冷たさを充分に感じ取っていた。
「ちっくしょうが! 姿を現しやがれ! 現さねえと承知しねえぞ!」
「この魔法が切れたら、真っ先にお前から潰してやる! 覚悟しとけ!」
いつの間にか男たちはクレアにぶん殴られて気絶している男の近くで這いつくばっていた。指一本も動かせないのか、まるで口だけがよく動くパペットのように、男たちはぎゃあぎゃあと口をガっと大きく開けて騒いでいる。
ウィノーはしばらく男たちに話をさせるだけさせてから、今度は自分の番とばかりにゆっくりと口を開く。
「あらら、もう終わり? じゃあ、答えるけど、どれも嫌だね。なんでお前らみたいな奴の言うことを聞いてやらなきゃいけねえんだよ……うわっ! えっ? あっ、クレアちゃん?」
ウィノーは男たちに悪態を吐いている最中、驚きの声とクレアを呼ぶ声に突如変えていた。
クレアはウィノーの邪魔にならないようと思いつつ、しかし、どうしても安心できるものに触れたくて、ウィノーの後ろから持ち上げてひしっと密着するように抱きしめた。
「ごめんなさい、ウィノーちゃん、あのね、私……人を……殴ってしまって……必死だったから……でも、強かったみたいで……もしかしたら、死んでしまって……殺すつもりはなかったの……ううっ……でも……でも……冒険者だったら……自分の身を守るためだったら……こんなことであたふたしていちゃダメだよね……」
クレアは怖かったことを伝えたかったはずだが、ウィノーに助けられた途端に冒険者ならと自分を戒めるようなことを言い始め、何を伝えたかったのかが分からなくなっていた。
男を殴った時の記憶と感触に再び脳内を脅かされてしまったようで、彼女はブルブルと震える身体でウィノーをぎゅっと抱きしめながら、涙を再びポロポロと零して、自分のしたことへの気持ちの吐露と覚悟のなさへの不甲斐なさを懺悔するかのように呟く。
しかし、彼女は聖職者、聖女見習いであって、少なくとも今はまだ冒険者ではない。
ウィノーは彼女に言葉を掛けることなく、ただ優しい目で彼女を見つめた後、【不本意な操り人形】の糸を消し、男たちがそれに気付いて起き上がる前に首元の小さなポーチから赤い紙を1枚だけ器用に取り出す。
「女の子を泣かせやがって、ブチギレ案件だ! 燃え尽きろ……赤巻紙を1枚、【情熱的な抱擁】」
ウィノーがそう唱えると、赤い巻紙から炎が飛び出て、そのまま意思を持っているかのように暗闇の中を真っ直ぐ男たちの方へと飛んでいく。
轟々と燃え盛る炎が3つに分散して、男たちの全身に纏わりつき始めた。
「ぎゃあああああっ! な、なんだ! 炎に包まれて! 身体が熱いいいいいっ!」
「ぎゃあああああっ! 熱い! 熱いいいいいっ!」
「ぎゃあああああっ! 火が! 火が! 全身が燃え……ああっ……あっ……」
炎はさらに勢いを増しながら、男たちの身体から装備から何もかもを真っ黒の丸焦げにしてから、他の物に燃え移ることもなく満足したようにゆっくりと勢いを弱めて、やがて何もなかったかのように煙も残さずに消えてしまった。
黒焦げになった男たちが生きているわけもなく、ぴくりともせず、静かになった。
「クレアちゃん、さっきの見た? 横取りしちゃって悪いけどさ、この阿呆どもを殺したのはオレだよ。それに、クレアちゃんは正当防衛ってやつさ。だから、大丈夫。もう、大丈夫」
ウィノーが振り返り、クレアと対面するような体勢になった後、ウィノーの右手がぺしっと彼女の鼻頭に置かれる。
じんわりと肉球の柔らかさと温かさを感じて、クレアは涙を拭って安堵した顔を見せた。
「えへへ……肉球が柔らかい……ウィノーちゃん……ごめんね、私のために……こんなことをさせて……」
「クレアちゃんは笑顔が本当かわいいね! まあ、オレは高潔な人格者じゃないからね。気にしない! 気にしない! 今さら嫌な奴の1人や2人、反撃で殺したところでそう変わらないさ……っ!」
ウィノーとクレアが見つめ合う中、突如、ゴゴゴゴゴという地響きが鳴り、地面や壁が揺れ始め、辺りに散らばっていた骨は足の踏み場さえ失ってしまうほどにバラバラと入り乱れる。
ウィノーが周りを警戒するためにクレアの抱擁から這い出て、クレアもまた警戒するために立ち上がった。
「ウィノーちゃん……えっ、何?」
「地響き? まずい! 崩壊か!?」
「ほうかっ!? きゃあああああっ!」
クレアが言いきるよりも前に、すべてが崩れ落ちる。足場を失ったウィノーとクレアが自由落下に従って、光も見えない暗闇の中、暗澹たる奈落の底へと招待されようと落ちていく。
ウィノーは努めて冷静になって、首元のポーチから黄色い巻紙を1枚取り出す。
「全崩れ!? ちっ……魔力、足りるか? 黄巻紙を1枚! 【不本意な操り人形】!」
ウィノーの左前足の指から出た線がクレアに巻き付いてしっかりと捕え、逆側、右前足の指から出た線は崩落の影響を受けなかった天井にしっかりと食らいついた。
「ウィノーちゃん!」
「……ぐぐっ……クレアちゃん……お……おおおおおっ! ちっくしょおおおおおっ……サイアミィズの力じゃ支えきれねえええええっ!」
ウィノーは何かを言いかけそうになって誤魔化すように叫ぶ。しかし、実際、ウィノーの力では人を支えきれない。もし、彼が無理してダメージを負いそうになれば、その前に【不本意な操り人形】の線は自動的に切れるようになっていた。
やがて、その時は告げられる。
線はウィノーの意志に反して、すっと元々存在していなかったように消えた。
「きゃあああああっ!」
「リッド! いい加減、来やがれえええええっ! 美味しい所だぞおおおおおっ!」
崩壊が続く中、ウィノーとクレアが再び周りの岩や骨とともに自由落下に従って落ち始める。
この状況を打破する術がなく、クレアが悲鳴を上げ、ウィノーは頼みの綱であるリッドを精一杯に呼び叫んだ。
「さすがにピンチを美味しいとか言うなよ……」
ウィノーの声に応じたかのように、リッドが【ライト】の小さな光とともに、冷静に呟きながら現れた。
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