1-12. 言葉と魔法を操る愛玩動物ウィノー【2026.09.23 改稿】
【2026.09.23 大幅改稿】
特殊な呪文【不本意な操り人形】が反響する。
真っ暗な通路の奥がぼやっと明るくなると同時に、10本の細い線が風切り音を立てて男たちに向かう。
「ぐっ! なんだこれは!?」
「な、なにい!? なんか刺さったぞ!」
10本の線が5本ずつに分かれ、男2人の四肢と胴体にそれぞれ突き刺さる。
さらに線からは、パチパチと静電気を発しているような音も鳴る。
「ほら、さっさと離れろよ」
甲高い声が吐き捨てるように命令を男たちに下す。
「か、身体が勝手に……動きやがる……っ!?」
「けほっ……けほっ……あはぁ……はあっ……だ、誰? また、違う人?」
驚く男が力を緩めると、クレアが脱力して崩れ落ちた。咳込むクレアは首元を抑えながら、湿って澱んだ空気でも大きく息を吸う。
クレアの水色の瞳は男たちを見ずに、暗がりの奥にいるはずの声の主を捉えようとする。
「手足が動かねえ!」
「ちくしょうが!」
男たちは目の前のクレアを睨みつけるが、指一つ動かせずに歯を食いしばっている。
「もう喋んなよ。これ以上、その汚い手でクレアちゃんに触らせないようにしただけさ」
子どものような甲高い声が男たちに向かって吐き出される。
「だ、誰だ!」
「こいつが言っていた仲間の男じゃねえか!?」
男たちが身体をどうにか動かそうともがいている間、クレアは呆けた顔になって口を動かす。
「もしかして、ウィノーちゃん?」
「オレはなあ、親友からクレアちゃんのことを頼まれてんだよ。親友との約束は、たとえオレが死んでも守らなきゃなんねえ」
甲高い声が徐々に近づいていき、同時に10本の細い線が小さく揺れる。
「ガキみたいな声を出しやがって! 大人を舐めてんじゃねえぞ!」
「ぶっ倒れた仲間を簡単に見捨てて、欲だけを満たそうとするガキは黙ってろよ」
甲高い声に怒気が籠る。
「ちくしょうが! 姿を現しやがれ! 見えない所から攻撃しやがって、卑怯者が!」
「この魔法が切れたら、まずはお前をぶっ殺してやる! 絶対にぶっ殺してやる!」
いまだに微動だにできない男たちは、口だけよく動き、まるでパペットのような動きで罵詈雑言を並べ立てる。
クレアはふらつきながらも立ち上がり、ウィノーであろう声の主の方へと歩き出す。
「言いたいことはもう終わったか? やっぱり、小悪党はどこまでいっても小悪党だな。言葉にバリエーションってものがないね——」
「ウィノーちゃん!」
「うわっ! えっ? あっ、クレアちゃん?」
男たちに悪態を吐いていたウィノーは、突然のクレアの登場に驚いた声でクレアを小さく呼ぶ。
遠くで男たちの罵詈雑言が続く中、クレアは涙をぼろぼろと零しながら、ウィノーの小さな身体を抱き寄せる。
ウィノーが手足の指から出ている10本の線を気にしつつも、クレアの顔をじっと見つめた。
「急に抱きしめてごめんなさい、ウィノーちゃん」
「問題ないね、かわいい女の子の抱擁ならいつだって嬉しいさ」
クレアはさらにぎゅっとウィノーを抱きしめる。
「あのね、私……人を……棍棒で殴ってしまって……必死だったから……でも、強かったみたいで……もしかしたら、死んでしまっているかも……」
「そっか、クレアちゃんは優しいね。だって、あんな奴らだよ? 胴体より口に線を刺した方が良かったかも」
顔をクイクイと動かすウィノーにつられてクレアが振り返ってみると、男たちは今もなお口ばかりが動くパペットだった。
ウィノーはうんざりした様子で軽口を呟く。
「悪い人たちだし、嫌な人たちだけど、でも、殺すつもりまではなかったの……ううっ……でも……でも……冒険者だったら……こんなことであたふたしていちゃダメだよね……」
クレアは自分を戒める言葉を呟く。
困って目を泳がせていたウィノーは、ふと倒れている男を見て何かに気付く。
「クレアちゃん、大丈夫。そこでぶっ倒れている男をよく見なよ」
「えっ?」
クレアは恐る恐る倒れている男を凝視する。
男はほんの小さな動きだが、身体を震わせている。
「あれが動く死体の動きじゃなければ、墓はまだ要らないみたい」
「あ……お腹が動いて……息をしている……よかった……」
クレアは脱力して抱きしめる力も和らぐ。
ウィノーがクレアの抱擁から抜け出し、【不本意な操り人形】の線を消す。
「がっ!」
「ぐっ!」
不意に拘束が解かれ、男2人がそのまま地面に顔面をぶつけて蠢く。
「じゃ、生存確認もできたところで……次は墓の用意だな」
ウィノーの冷たい言葉がクレアの耳に届く。
「えっ? ウィノーちゃん?」
クレアが見つめる中、ウィノーは首輪のカバンに前足を引っ掛けて、赤い紙を1枚取り出す。
「ぶっ殺してやる!」
「ぶっ殺してやる!」
ようやく立ち上がる男たちは、迷うことなくウィノーやクレアの方へと駆け出す。
やはり、倒れている仲間を気に掛けることはなかった。
「こっちの科白を代わりに言ってくれてどうも……赤巻紙を1枚、【情熱的な抱擁】!」
ウィノーがそう唱えると、赤い巻紙から炎が飛び出て、そのまま意思を持っているかのように暗闇の中を真っ直ぐ男たちの方へと飛んでいく。
轟々と燃え盛る炎が3つに分散して、男たちの全身に纏わりつき始めた。
「ぎゃあああああっ! な、な、火が! 火があああああっ!」
倒れていた男もようやく意識を取り戻す。
「くそ、なんだ、この炎! 包まれていく! 身体が焼かれ……っ!」
「燃える!? やめろ! やめろおおおおおっ!」
振り払えない炎に身を焦がす三人の絶叫が響く。
「教義に出てくる……悪意ごと燃やし尽くす地獄の炎みたい……」
そう呟いたクレアがぼーっとウィノーの放った炎を眺めた。
やがて、炎は他の物に燃え移ることもなくゆっくりと勢いを弱めて、やがて何もなかったかのように煙も出さずに消えてしまう。
残ったものは、何者かも分からない3つの焦げた塊だった。
「クレアちゃんの前で悪いけど、オレ、こいつらを赦す気はないから、地獄送りの祈りだけお願いしていい?」
ウィノーが振り返り、ウィノーの右手がぺしっと対面するクレアの鼻頭に置かれる。
じんわりと肉球の柔らかさと温かさを感じて、クレアは涙を拭って安堵した顔を見せた。
「地獄送りはできないですけど……えへへ……肉球が柔らかくて温かい……ウィノーちゃん……ごめんね、私のために……こんなことをさせて……」
「まあ、オレは高潔な人格者じゃないからさ。気にしない! 気にしない! 今さら小悪党の2人や3人、殺したところでそう変わらない——」
ウィノーが次々と言葉を発する中、突如、ゴゴゴゴゴという地響きが鳴る。
「えっ、な、何?」
クレアが驚いてウィノーを抱きしめながら立ち上がる。
その間にも地面や壁が揺れ始め、さらには辺りに散らばる骨で足の踏み場もなくなる。
「地響き? まずい! 崩壊か!?」
抱きしめられたままのウィノーが周りを警戒する。
「ほ、ほうか——きゃあああああっ!」
クレアが言いきるよりも前に、床もすべて崩れ落ちる。
足場を失ったウィノーとクレアが光も見えない暗闇の中、暗澹たる奈落の底へと落ちていく。
ウィノーは慌てる様子もなく、首元のカバンから黄色い巻紙を1枚取り出す。
「床が全崩れ!? ちっ……魔力、足りるか? 黄巻紙を1枚! 【不本意な操り人形】!」
ウィノーの左前足の指から出た線がクレアに巻き付いてしっかりと捕え、さらに右前足の指から出た線は崩落の影響を受けなかった天井にしっかりと食らいついた。
「ウィノーちゃん!」
「……ぐぐっ……クレアちゃん……お、おも……おおおおおっ! ちっくしょおおおおおっ……サイアミィズの力じゃ支えきれねえええええっ!」
ウィノーは何かを言いかけそうになって、誤魔化すように自身の力不足を叫ぶ。
やがて、ウィノーの言葉は現実になる。
線はウィノーの意志に反して、元々存在していなかったようにすっと消え去った。
「き、きゃあああああっ!」
「リッド! いい加減、来やがれえええええっ! 美味しい所だぞおおおおおっ!」
この状況を打破する術がなく、クレアが悲鳴を上げ、ウィノーは頼みの綱であるリッドを精一杯に呼び叫んだ。
「ウィノー! クレア!」
ウィノーの声に応じたかのように、リッドが【ライト】の小さな光とともに、2人の名前を叫びながら現れた。
お読みいただきありがとうございました。




