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ダンジョン仕舞いのリッド  作者: 茉莉多 真遊人
第1話 墓場は鎮魂歌を願う
10/56

1-10. 聖女見習いににじり寄る欲望

約3,500字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 時は少し遡る。


 リッドと分断されてしまった直後のクレアとウィノーは、リッドが残してくれた4つの【ライト】と頭に叩き込まれたマップを頼りに、第1階層のある地点から合流地点になる第2階層の中央部へと向かう、はずだった。


「ここはこっちですね!」


「あれ? こっちじゃない? あれ? そっち……だっけ?」


 昏く目印らしい目印もない岩と石と骨だらけの洞窟のような入り組んだダンジョン。動くものは虫と小動物と魔物たち、そして、クレアとウィノーだけである。そのようなダンジョンを少し歩けば、二手や三手にあっという間に分かれ、分岐ごとに全く異なる場所へと誘う。


 唯一の救いは罠らしい罠がなく、間違ったとしても行き止まりで時間の浪費だけで済まされることである。


「ウィノーちゃん、自信がないなら、私に任せてください! 大丈夫です! 私、あまり道に迷わないタイプですから!」


「あ、うん……え、あまり?」


 ウィノーはクレアの言葉に引っ掛かりを覚えたのか苦笑いを浮かべて彼女の顔を覗き込むが、彼女は綺麗で可愛くて美しく曇りも穢れも一切ない笑顔でウィノーを不思議そうに見つめ返していた。


「?」


「あ、いや、まあ、じゃあ、任せちゃおうかな……」


 クレアとウィノーは迷子になっていた。理由は明確で、ウィノーが正しい道を選べているのだが、クレアが間違った道を自信たっぷりに指し示すため、ウィノーがすっかり自信を失った上に、彼女の満面の笑みを前にして優しさ故に強く言えずに彼女の指示に従うことになったのである。


 司教はクレアが割と強度強めの方向音痴であることをリッドたちに告げ忘れていたのだ。まさかリッドと分かれてしまい、まさかウィノーが折れる形で従うなどと彼も夢にも思っていなかったのだろう。


 彼女は典型的な「頭の地図内で自分の向いている方角を変えられない」タイプであり、「道を印象的な構造物シンボルでしか覚えられない」タイプでもあった。


「ウィノーちゃん」


「ん? なんだい?」


「黙って歩くのも寂しいですから、できたらお話をしませんか?」


 昏く、【ライト】だけが頼りの場所で、静まり返って歩く音しか聞こえなくなってしまうことへの怖さからか、クレアが少しぎこちなく両手でしっかりと棍棒を握りしめて喋っていた。


 一方のウィノーは慣れたもので、不安などほとんど感じていなかった。クレアの【屍霊浄化ターン・アンデッド】に詠唱時間がかかるとしても、ウィノーの有している人よりも十二分に広範囲である索敵範囲に入ってからなら対処も容易だからだ。


「オッケー! クレアちゃんのことを知りたいね。そうだね、まずは上から知りたいね!」


「上から?」


 クレアは質問の意味が本当に分からなかったようで、嫌な顔一つせずに、ほわほわと無邪気に満面の笑みを浮かべている。


 その純粋無垢な笑顔はウィノーの邪な心に瀕死級の致命傷を与えた。最初はニヤニヤとしていたウィノーだったが、具体的に説明することさえも憚られたのか、申し訳なさそうなぎくしゃくとした笑みを顔に貼り付けて首を小さく横に振っている。


「……ごめん、ごめん、身の上って言いたかったんだ。だって、1年前に司教様のとこに行ったときに会わなかったからさ」


「あ、それがですね」


 そこからしばらく、確実に迷子への道をたどりながらも、クレアの話になる。


 半年前ほどのこと、彼女は気付けば教会の前に突っ立っていた。何故そこに立っていたのか、どうやって教会に辿り着いたのか、それまで何をしていたのか、父や母はどこの誰で今どこにいるのか、そもそも彼女自身は何者なのか。


 彼女は止めどなく溢れる疑問や自問に自答することができず、ただ人並みの知識と聖女としての素質、そして、クレアという名前だけ携えていたのだ。


 戸惑っている彼女を司教が見つけ、保護してからの半年間でしっかりと育て上げたのである。そうして、僧侶や聖女見習いとしての教養と能力も身に着けて今に至る。


「記憶がないなんて大変だね……お父さんやお母さんはどうしたんだろ? オレがクレアちゃんの親ならずっと探しているかも!」


「だと、いいんですけど……想い出を1つも思い出せないから……きっと、楽しくなかったのかも……って思っているんです」


 クレアもウィノーも何とも言えない顔になる。


「あぁー……変なこと聞いてごめんね」


「いえ、いいんですよ。あ、それだったら、代わりに、ウィノーちゃんの秘密を教えてください」


「え? オレの秘密?」


 クレアが思い出したかのように話を持ち出し、ウィノーはきょとんとした顔をする。


「ただのサイアミィズじゃないって言っていたじゃないですか」


 クレアはずっと気になっていたようで、馬車で聞き損ねた話を訊ねてみる。ウィノーがしばらく考えていて「うーん」と長々唸っていた後、ようやく彼女に返した返事は左右へ首を横ふりする仕草だった。


「あぁー……ごめん、それはリッドにも関わるから、オレ一人の判断で教えられないんだ」


「そうですか……」


 クレアが残念そうな顔を隠さずにしばらくしゅんとしょげた様子で足だけ動かしていたため、ついに居たたまれない状況に陥ったウィノーが尻尾を右へ左へと激しく動かしながら、どうにか状況を打破しようとする。


「そんな悲しそうな顔をしないでほしいかな。その代わり、リッドには喋ってもいいようにオレからも説得するからさ。待ってもらえるかな? じゃないと、オレ、困っちゃう……」


「うふふ……じゃあ、待っていますね」


 ウィノーもまた少ししょげた様子でとぼとぼと歩くため、今度はクレアが折れる番とばかりに笑顔を取り戻して、ウィノーに静かに優しく微笑んだ。


 その直後、クレアとウィノーの足がぴたりと止まる。


「ところで」


「……はい」


「行き止まりだね」


「……はい」


 自信満々だったクレアはバツ悪そうにウィノーをちらちらと見ている。ウィノーは怒るわけでもなく、気持ちを切り替えたと言わんばかりにささっと踵を返して、元来た道の方へと向いた。


「じゃあ、オレが……えっと、ここからだと……左、真っ直ぐ、右、右、左で地下2階で、その後に真っ直ぐ、真っ直ぐ、右、後はえっと……にゃあ」


「ウィノーちゃん?」


 ウィノーは道筋を思い出しながら地下2階の集合場所までの道を言いかけた後、急にサイアミィズの鳴き声へと戻ってしまう。最初はふざけているのかと思ったクレアだが、少しばかり時間が経ってその理由を知ることになる。


「おっと、綺麗な女の子がこんな所で何をしているのかな?」


「どうした、どうした」

「お、こんなところに女か?」


 遠くから松明の光が近付いてきて、クレアの目視できる位置まで近付いてくると、その松明は見知らぬ男が持っていたものだった。服装は布の上下服に加えて、なめし革の胸当てや籠手、腰当て、脛当てといった急所を部分的に覆っていた。


 その後、似たような出で立ちをしている男の仲間が追加で2人現れ、計3人の男がクレアの前で少しニヤニヤとしながら立ち塞がるように立っている。男たちが心配していそうに掛けてくる言葉とは裏腹に、彼らの顔や目つきは彼女を品定めしているかのようだった。


「あ、冒険者さんですか? 私は今、ダンジョンの調査に来ています」


 クレアはリッドから事前に聞いていて、「見知らぬ男に会ったらまず盗賊や野盗の類であり、毅然とした態度でその場からすぐに離れるように」と言われていたため、平然を装って対応する。


 しかし、彼女の「ダンジョンの調査をしている」という言葉は、人が少ないという情報を男たちに与えてしまっていた。


「……へぇ。ってことは、今、仲間とはぐれたの? 仲間って男? 女?」


「男性です」


「ふぅん。じゃあさ、俺たちと一緒に途中まで行こうよ。休憩所も近いしさ」


 休憩所。それはダンジョンの中でも魔物が出ない、もしくは、出にくい場所のことを指し、故に、連れ込まれて性的な行為の強要や暴行を受けやすい場所でもある。魔物からの攻撃を受け続けて、疲れたり逃げたりしていた初心者の冒険者が油断してしまうため、休憩所での被害が多い。


 もちろん、クレアはリッドからその話も聞いていた。彼女は男たちの意図を確信したようで、嫌そうな顔を少し隠しきれないでいたが、薄暗い中ということもあって、はっきりと分からない程度に抑えられていた。


「にゃあ」


「……ごめんなさい。仲間がこの先で待っていますから」


 ウィノーの鳴き声に応じたように、クレアは取り合わないといった様子で男たち3人の横を通り過ぎようとする。


 その時、一人の男が彼女の腕を掴んだ。


「そう固いこと言わずにさ」


「痛っ……」


 クレアを引き寄せようとして、男の力は次第に強くなっていった。

お読みいただきありがとうございました。

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