29話 審査みたいな
夜会に参加をするため、早い時間から支度を始める。
身綺麗にするためお風呂に入って髪の毛を丁寧に整え、ドレスに合うようにヘアアレンジをする。旦那様が髪の毛につけるアクセサリーも注文してくれたらしく、ドレスの色に合う花の髪飾りが用意されていた。
ヘアセットとメイクが終わったので、次はドレスを着る。普段のドレスでもコルセットは締めるが、舞踏会や夜会のような人が集まる場合にはいつも以上に締めなければいけない。これがまたキツいのだけど、やらないわけにはいかないのでベッドの柵に手をかけ、リリーと息を合わせて締め上げていく。
思い切り引っ張られるので、それに負けないように足に力を入れてベッドの柵を握り締める。おかげでしっかりとコルセットは締まったが、苦しくて息が浅くなってしまう。
「奥様、大丈夫ですか?」
「なんとか……帰ってきたらすぐに外したいわね」
「お帰りの時間に合わせてお風呂の用意もしておきますね」
「ありがとう、お願いね」
最後にヒールを履き、鏡の前に立つ。
見た目だけは立派な公爵夫人だけど、中身はまだ伴っていない。でも、以前に比べれば随分と良くなった。旦那様と同じ能力を持つことはできなくても、旦那様の隣にいても相応しいと思われるような淑女になりたい。
どうやっても批判をする人は批判をするだろうけど、それでも周りの印象を変えていきたい。すでに変わりつつあるところもあるけど、旦那様の妻として認めてくれない人もまだまだ多いはず。
今日の夜会では、どうなることだろうか……。
「準備できただろうか?」
「はい、できました」
ノック音の後に旦那様の声が聞こえた。
ちょうど良いタイミングだったので、リリーに許可を出しドアを開けてもらうと旦那様が部屋に入ってきた。
「お待たせしてしまったでしょうか?」
「いや、大丈夫だ。ドレスの着心地は大丈夫か?」
「コルセットは少し苦しいですが、問題ありません。とても素敵なドレスをありがとうございました」
「無理はしないでくれ。とてもよく似合っているよ、このドレスにして正解だった」
「あ、ありがとうございます……」
はっきりと言われてしまうと、どうしても照れてしまう。旦那様って、意外とストレートに伝えてくるから心臓に悪いわ。
それにしても、旦那様も素敵なスーツだわ。
シンプルだけど仕立ての質が良いのが伝わってくる。胸元には私のドレスにもつけられている花のコサージュがつけられていて、ペアであることがすぐに見てわかる。ネクタイの色もドレスの色と合わせられているが、とても似合っている。
「旦那様もよくお似合いです」
「……ああ。ありがとう」
顔を背けられてしまった。
褒めたのだけど、もしかしてあまり褒められるのは好きではなかったのかしら……と思いながら旦那様の方をよく見ると、耳が少しだけ赤くなっていた。もしかして、旦那様も照れただけ?
そう思った途端、私も旦那様と同じようなことをしていたことに気づいた。素直に言いたいことを言っただけではあるが、まさか旦那様がこんな反応を見せてくれるとは思っていなかったのでこちらもどうすればいいのかわからなかった。
チラリとリリーの方を見れば、微笑ましいものを見ているかのように、ニコニコとしながらこちらを見ている。
この、少し浮いてしまうような空気をどうしようかと思っていれば旦那様が小さく咳払いをした。
「そろそろ行こうか」
「はい!」
旦那様に腕を差し出されたので、手を添えて腕を組む。
馬車に乗る際もエスコートをしてくださったお陰で、スムーズに乗ることができた。前回の舞踏会に行った時同様、馬車の中でも会話に花が咲いた。食事の時での会話も増え、最近では旦那様とお話しする時間は多い。
「そういえば、レオンから聞いたが投資を始めるそうだな」
「そうなんです。投資先があまり良くないとは言われてしまいましたが……」
「確かに、病院や研究所はリターンがほぼないとされる。投資した分を研究に使われるだけで、そこで研究結果が見出さなければこちらに利益が出ることはない」
「わかっております。ですが、私の投資目的はそこではありません。もちろん、これで利益が出れば嬉しいですが本来の目的はもっと先です。この投資で研究できることが増えたりすれば新しい病原体を見つけることができたり、新しい薬の開発に繋がるかもしれません」
「だが、それは君が投資をしなくても変わらないかもしれないだろう」
「いいえ。たとえば百しかないお金で研究を進めた際、それを使い切ってしまえば次の研究をする費用がありません。五十でも投資をすればその分の研究費用が増え、研究や開発が先に進みます。これを少しづつでも繰り返すことで、本来は十年後に見つかるはずだったものが五年後に見つかるかもしれません」
「だが、そう簡単に見つかるものでもないだろう。君の資金が尽きるのが先かもしれない」
「それでもいいんです。私の投資で五十年後に見つかるはずだったものが三十年後になるだけでも、価値はあります。私は利益のために投資をするのではなく、未来で救われる人が多くなるために投資をしたいのです」
心臓がバクバクと大きな音を立てる。
まるで審査を受けているような気分だった。旦那様が真剣に私の話を聞いてくれている証拠でもあるが、男性社会はこのような圧の中で生きていかなければならない。自分が男性社会と肩を並べることはほとんどないだろうが、投資をすればこのような場面にぶつかることもあるはず。今の相手がまだ旦那様でよかった。
旦那様は指先を顎に置き、何かを考え込んでしまった。事業に限らず、投資もしている旦那様からすればお金の利益が出にくい投資は考えにくいだろうし、理解もしにくいのだろう。
「出資者の名義は小説で使っている作家名を使おうと思っているのです。公爵家の名前を使えば噂の周りは早いでしょうし、旦那様が私の投資に賛成をしたという話が出回るだけでウォーカー家にも影響が出てしまうと思いますので……。借金を抱えるような投資はしません。旦那様に迷惑がかからない形でやりますので、どうか許可をしていただけませんか?」
「そうだな……」
旦那様の悩むような仕草に、不安を覚える。
やはり、先が見えない上に利益が出にくい投資は反対されてしまうかしら。でも、私の小説だって今までになかった種類のものを書いている。それを受け入れてくれる人たちがいるおかげで、今はまだ成功の道を歩けている。小説を書くのとは違ってお金がかかることではあるけど何事にも挑戦をしたいし、これで未来の医療が豊かになるなら投資をしたい。
緊張しながら旦那様の言葉を待っていると、彼は小さく笑っていた。
「君は、面白いな」
「え……?」
「いや、馬鹿にしているとかそういうわけではないんだ。俺は利益が出ると思ったものにしか手を出してこなかったし、事業も、これなら成功するだろうというものにしか目をつけたことがない」
「でも、そこが旦那様のすごいところではありませんか。手を出すだけ出して、失敗をする人だっています……私の父だって、そうでした」
経営が傾き、この先どうやっていこうかと狼狽えている時に公爵である旦那様が結婚相手を募集した。
旦那様がいなければ、傾いていた経営を戻すことはできなかったであろう。旦那様が結婚を許可してくれなかったら、私の家は没落貴族となってこの地から離れ、貴族のような暮らしはできなかったはず。
元々贅沢が好きな両親だから目先の利益だけを見て、先のことを見通しせず、計画もろくなものを考えていなかったから事業に失敗なんてしたんだ。旦那様と私が結婚をしていなければ貴族の地位を奪われなかったとしても資金が尽き、貧民と同じような暮らしになっていたかもしれない。
今では、あの家を出ることができた上にもう一度人生を歩むことができたことに感謝している。やりたいことができて、小説家になることもできた。さらには、好きな人もできた。人のことを愛すなんて、自分にできると思っていなかった。今世では旦那様との距離も近く、話すことも多くなり、彼も私のことを少しずつ認めてくれている。
本当に、旦那様には感謝の気持ちしかない。
「とはいえ、俺も周りの目があって結婚をしたんだ。ブラウン家の経営が駄目になった経緯もよく見れば改善する余地があり、建て直せば将来性も悪くなかった。他にも理由はあるが、今となっては結婚相手が君でよかったと思っている」
「そ、そんな……もったいないお言葉です」
他の理由というのは、きっと私と旦那様の関わり方のことだろう。結婚をするときの条件の中に「必要最低限の関わりだけ」が入っていたというのに、今では同じ馬車に乗って夜会にも行くし、道中での会話にも花が咲く。
昔では考えられないことだ。
「投資のことでわからないことがあったら俺に聞いてくれて構わない。君が公爵家の資金を頼ろうとしていないのは伝わったし、困った時は相談してほしい」
「ありがとうございます!」
旦那様に認められたような感覚だった。
もし反対をされたら潔く諦めようと考えていたので、安心もした。レオンも今ごろリストを作ってくれているだろうし、あとは見極めが必要ね。変なところに投資をしては全く意味がないし、未来のためにもしっかりと決めなければ。
その後も旦那様とお話をしていると、馬車がゆっくりと停車した。
「さて、行こうか」
「はい。よろしくお願いいたします」
「ああ。もし何かあったらすぐに言ってくれ」
一言お礼を伝え、旦那様のエスコートを受ける。緊張をする必要がないのに、どこか心臓がうるさい。
でも、きっと旦那様がフォローをしてくれる。私には強い味方がいるのだと、自分に言い聞かせながら深呼吸をし、煌びやかな会場に足を踏み入れた。
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