23話 話し合い
(この気持ちは、なんだ)
今までに感じたことのない感情に戸惑ってしまう。
久しぶりに顔を合わせた妻は、とても気まずそうな顔をし、怒りも込められていたように思えた。数ヶ月も黙って外国に行ったことに対して申し訳ない気持ちもあるが、心配をかけたくなかったのもある。外国に行くと伝えれば、数ヶ月もの間ずっと不安な気持ちにさせてしまうだろうと考えた。
「次からは、ちゃんと言ってください。夫の心配をしない妻などおりません」
「……わかった。次からは気をつける」
真っ直ぐと、目を見ながら伝えてきた彼女に対して”意外”だと思った。ここ一年で彼女は随分と変わったように思える。
公爵家に来たばかりの頃は一歩どころか、十歩くらい後ろを歩いているのではないかと思うくらい引っ込み思案で、公爵夫人になったとは思えないような、おどおどとした様子だった。
それが今となっては堂々とし、共にパーティーへ参加して妻としての役割を全うしてくれた。期待をしなかったわけでもなかったが、予想以上にしっかりとした対応をしてくれた。
(やはり、コミュニケーションというのは大切なんだな)
彼女のことを何も知らない上に、知ろうともしなかった。
それが、朝食のために迎えに行くことで会話が増え、彼女のことを知る機会も増えた。
外国にいる間も、彼女のことを考えることも少なくなかった。綺麗なアクセサリーを見つければ「彼女に似合いそう」と考え、美味しいものを食べれば「一緒に食べたい」という気持ちも浮かんだ。
今までの自分とは全く違う考えに戸惑うが、これが夫婦の情というやつなのだろうか。
彼女に喜んでほしいと願って買ってきたお土産は、本当に喜んでもらえるだろうかと考えては不安になってしまう。
(……そろそろ向かうか)
軽くシャワーを浴び、楽な服装に着替え終わったあと。
レオンには一時間ほどで戻る旨を伝えてから、買ってきたお土産を手にアメリアの部屋へと向かった。
彼女の部屋の前に到着し、ドアを数回ノックしたが反応はなかった。いくら妻とはいえ、女性の部屋に無断で入るのは申し訳ないと思うが、廊下で待っているわけにもいかない。心の中で謝罪をしてから、部屋に入った。
この部屋に足を踏み入れるのは久しぶりだった。彼女を迎える準備を終えた後の最終確認のために訪れたのが最後で、その時よりも随分と雰囲気が変わった。
(山積みの新聞に小説……もはや本棚から溢れているな)
侍女のおかげで整理はされているものの、このまま本棚や箱に仕舞わなければ傷んでいってしまうだろう。彼女に聞いてまた本棚を増やすように伝えるか……。
ふと、机の上が散らかっていることに違和感を覚えた。他は綺麗にしているのに、机の上は紙が散乱とし、インクの跡や丸まった紙、本が何冊か積み上がっている。
ここも綺麗にすれば良いのに、と思いながらその机に近づく。何かを書いている途中なのだろう、走り書きの跡も見える。
つい、文字を追いかけてしまった。
何かの手紙なのだろうか。
最近は社交界における交友も頑張っているようで、手紙を書くことも多いはず。だが、内容はまるで物語のようだった。
とてもじゃないが、人に出す手紙の内容だとしたらおかしすぎる。
こんなことをしているうちにアメリアが戻ってきてしまうかもしれない、と思いながらも散らばっている紙を数枚だけ手にとった。
(なんだ、これは)
読み進めていくと、これが手紙でないことがわかってしまった。
一部しか読んでいないが、これは娯楽小説の類で間違いないだろう。
どういうことだ。彼女は一体、何をしているんだ。
彼女には自由にして良いと言ったが、これで何をしているかによっては問題になる。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません……」
ゆっくりとドアが開けられ、アメリアが部屋に中に入ってきた。
彼女の秘密だったであろうものを手に持ち、それを読んでしまった夫に絶望するかもしれない。その証拠に、彼女の顔は真っ青に青ざめている。
「君、これは一体なんだ?」
「そ、それは……」
口ごもる彼女の姿を見て、罪悪感が襲ってくる。
彼女を困らせたいわけではないのに、こういう時にどう話しかけるのが正解なのかがわからない。
彼女は少ししたあと、大きく息を吐いた。
「旦那様、私は小説家になりました」
(小説家、だと?)
自分の妻が、小説家……?
あまりの衝撃に言葉が出てこない。小説というのは、貴族の中では娯楽の一つになっている。彼女の趣味が読書だというのも、理解はしているはずだった。急にたくさんの小説が欲しいと言われた時は驚いたが、届いた時の喜び方を見れば彼女がどれだけの読書家なのかはわかった。だけど、まさか自分でも書き始めるようになるとは思ってもみなかった。
言葉を発さないことでアメリアは焦り始め、早口で話し始めた。
「旦那様がこれをきっかけに離婚をすると言い出しても受け入れる覚悟ではあります。公爵夫人であるにも関わらず、小説を書いているだなんて社交界に知られたら大変ですもの。そのことをわかっているのに書き続けたのは私です。一人で生きていくための資金もありますので、離婚後のことは心配なさらないでください。……本当に、申し訳ありません」
最後の声は、震えていた。
謝罪のために顔を下げているから、彼女がどんな表情をしているのかはわからない。だが、彼女なりの覚悟なのだろう。それを受け入れずに夫婦を続けていくのは難しいことだ。
「ひとまず、座って話そう」
「ですが……」
「いくつか聞きたいことがあるんだ。それくらいはいいだろう?」
「……もちろんです」
彼女を促し、ソファに座らせた。その隣に腰をかけると、ちょうど彼女の専属侍女がお茶を持ってきた。
この雰囲気を察してなのか、すぐにお茶の用意をしてあっという間に部屋から出ていってしまった。
隣にいるアメリアは不安でいっぱいなのだろう、いまだに顔色は悪いままだ。
「まず、黙っていた理由を教えてほしい」
「……旦那様が私に興味がないことをいいことに、黙って活動をしていました。隠していて、申し訳ありません」
それに関しては、俺の方にも責任があるだろう。
最初の頃は、彼女に全くの興味も関心もなかった。利害の一致のために結婚をしただけの仮面夫婦のようなもの。そこに余計な感情が入れば面倒なことになるかもしれない。
そう思って、彼女には何も興味を示そうとしなかった。元からあった仕事に加え、結婚をしたことで増えた仕事に追われるばかりで、恋愛という感情もわからないから放置していた自覚はある。
「なぜ、小説家に?」
「本を読むことで、私も書きたいと思ったのがきっかけです。読むだけでは満足できず、私の手で物語を作りたいと思い、書き始めました。新聞の記事で小説の連載作家を募集していて、それに応募したのが始まりです」
「ちなみに、作家名は?」
作家名でウォーカー家の名前を使っていたら、とっくに社交界で噂になっているだろう。
もしくは、まだ本が出ていないだけなのか。
「公爵家だということがバレないよう、偽名を使っています。私が公爵家の人間であることを知っているのは、担当者であるソフィアさんだけです。新聞社に訪れる時も、身分がバレないように古いドレスを着たり、外では偽名で呼んでもらっています」
「だから、あの時に古いドレスを着ていたのか」
「はい。今まで隠してしまい、大変申し訳ありません」
「……別に、謝ってほしいわけじゃない」
「ですが!」
「とにかく、全てを教えてくれ。今まで何も問題になっていないのだから、今は何も心配することはない。何も知らない方が、こちらも対処に困るんだ」
そうですよね、と悲しそうな顔で答えたアメリアを見て、心臓あたりが締め付けられるような気がした。
彼女を責めているわけじゃない。
秘密にされていたのは確かに困ることだが、彼女を悲しませるために質問をしたわけじゃないというのに。どうして、そんなにも悲しそうな顔をするんだ。
「君の中で、不安になっていることはなんだ。申し訳ない、こういうのは……その、苦手なんだ。別に責めたいわけじゃない」
「え……?」
「小説家という、一握りの才能に恵まれた君はすごいと思う。ただ、何も言ってくれていなかったことが不満なだけだ」
「あ……」
ハッとしたように、アメリアの目が見開いた。
自分でも不思議だと思う。最初の頃に言われていたら反対していたかもしれない。でも、今となっては内緒にされていたことに腹を立てている。言ってくれれば応援する気持ちがあっただろうに、とさえ思った。なんて理不尽なんだろう。
「旦那様に、そう言っていただけてとても嬉しいです」
「……そうか」
さっきまで不安そうな顔で、声を震わせながら話をしていたというのに、今では安心したのか少しだけ笑顔が戻った。
彼女の、この笑顔をもっと見たいというのはわがままになるのだろうか。
「時間はまだある。色々と聞かせてほしい」
「もちろんです! ありがとうございます、旦那様」
柔らかく、花が咲いたかのような笑顔で言われてしまい、自分の頬が少し緩んだように思える。
気づけば、レオンに伝えていた一時間はとっくに過ぎていた。
先日は間違えたエピソードを載せてしまい、大変申し訳ありませんでした。
久しぶりに書くことができて楽しかったです。自分の気持ちに気づき始めたウィリアムを書くのが特に楽しかったです。
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