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第十話 学徒衝杖

 百三十五。


 数字とは不思議なもので、それ自体はただの記録でしかないはずなのに、見た人に特定の記憶を呼び覚ます効果があるらしい。


 例えば、オリデンス神聖帝国民に『百三十五』と見せれば、おそらく聖句百三十五章『邪流ボルデと青輝の槍』の逸話を思い出すだろうし、イタヴォル国民ならオリデンス神聖帝国国王ガンゴームがイタヴォルへ攻め込んだ回数を思い浮かべるかもしれない。


 しかし、私の場合は逆である。

 先程からこの数字が脳内に浮かんで消えないのは、決して記憶を思い返しているからではなく、ただただ、これから待ち受ける拷問に怯えているせいなのだ。


 イタヴォル実施拷問後死亡確率『百三十五%』。

 もっともこれは、蘇生術式が未熟な時代の数値であり、ましてや『授業』で殺されるなんてことはないと思う。ただ、幼少期に教官から教わった、私の暗い将来を暗示するこの数字が、思わず脳裏に浮かんでしまうのはどうにも致し方ないことではないだろうか。


 「それはともかく、着いたよ。ここが、学院中央棟。通称『大講堂』だ」


 さて、窮状の訴えを友に退けられ、これから待ち受ける地獄に気持ちがさらに沈み込んでいた私ではあるが、この時だけは思わず我を忘れ、『おっ』と感嘆の声が口から漏れ出した。

 なんにせよ、目の前の建物は講堂なんてものでなく、城と呼ぶべき、そんな私好みの巨大建築物だったのだ。


◆◆◆

 学院四つの学寮に囲まれた場所にある芝生溢れる中央広場。

 その緑鮮やかな広場中央に聳える大楠。

 『大講堂』はその大楠よりもひときわ高い真っ白な建物で、深緑色の屋根の尖塔がいくつも生えるまさに城だった。


 また、広場から扉までは石畳の通路が敷かれており、その先ある十数段の白い階段を上ると正面には黒光りした観音開きの扉、その左右には7.62mm機関銃、おまけに建物全域には排斥結界が三重に展開されている。

 メンテナンス費とか国家宮殿並みにかかっていそうな造りではあるのだが、『巨大建造物こそ正義である』という造り手のロマンを感じざるを得ない。


 中へ入ると、講堂内部も見事な造りだった。

 特に、中央が低く沈み込んだ、おわん型に成形された大広間。

 半円のコンサートホールをつなぎ合わせた、一万人は収容できそうな部屋の中央には、授業を行う教授用の舞台が設置されており、受講席はそれを囲うように何層にも設置されている。

 席にはそれぞれに丁寧に作られた机とディスプレイがあり、右上に設置されたデバイスに指をあてると、生体認証で出席確認と授業に必要な書物が目の前に転送されてくるのであった。


「ここに座ろう。」


 とアストンの声に従い、私たちは舞台正面の最前列の席に陣取ることにした。


 私としても、異論はない。


 一番講義が見やすい位置の中腹席が『全科生』用に設定されていることもあるが、そもそも、拷問前に師匠に泣いて許しを請うために、舞台と近い方が何かと便利なのだ。


 それに――、

「あ、あの子じゃない?」


 と小声でささやくアストンの指さす方角へ視線を向ける。


 私たちの場所から北西に三百メートルほど離れた場所。

 目視で確認するにはやや距離があるので、にわかに騒めき始めた周囲の声をどうにか無視し、視覚矯正術式を展開し、視野の解像度を上げ、確かめる。


 間違いない。

 確かに、お目当ての白髪少女であった。

 彼女は明るい青緑色のローブに身を包み、胸には雪組所属の全科生の証である金を下地にした『青氷結晶』のブローチをつけている。

 どうやら、隣に座る友人らしき赤茶髪の少女と談笑しているようだ。


 私は、その光景に端的に言って感動していた。


 彼女に会えたから?

 まあそれもあるが、彼女はついに、夢を叶えたのだ。

 幼少期病に伏せ、息絶え絶えに語っていた、『普通の学生生活を送る』という夢を。


 まずい、視界が潤んでくる…。

 

 「やっぱり、ここからの方がよく見えるでしょ...って、どこいくの?」


 と横で得意げな顔をしているだろうアストンに頷いて賛辞を伝え、目尻の雫をこっそり拭き取ると、私はそのまま椅子から立ち上がり、彼女の元へと足を急がせた。


 感動している暇はないのだ。

 この後の授業で私はノックアウトされる可能性が高い。ならば、この授業前のわずかな時間に、彼女へ話しかけなければ、全てが終わってしまう。


 そんなこんなで、私は大広間の階段を二つ飛ばしで駆け上がっていく。


 一層、二層、そして十五層。


 部屋中腹の高さまでくると、できるだけ良い席を探してウロウロする『全科生』の群れをかき分け、ついに授業開始前に彼女の元へとたどり着いたのだった。


 頭には荷車上で遭遇した時と同様、青輝石の髪飾り。私が進学の際にプレゼントとして贈ったものである。


 「あら...焔寮の...もしかして何か御用ですか?」

 と私の妹は私の存在に気づいたようで、首をかしげてこちらを見つめて質問してくる。


 チューブも呼吸機器もつけていない。

 元気そうで何よりだ。


 喜びにあふれる反面。

 しかし、思わずふと私の胸中に、『ああ、本当に『私』と気づかれていないのだ』と寂しさが過ってきてくる。

 

 彼女の声色はこちらを探るようなものだったし、よく見ると彼女の左手はローブの裾をキュッと握りしめている。

 私を明らかに警戒しているのが、見て取れる。


 しかし、それも仕方がない。

 私は、名前、姿、声、想い出も、全て残さず奪われたのだ。 


 見た目だけで考えてみても、翼と角が生えており、金髪は深緑に、背は縮み、今や妹と同年齢。

 こんな変わり切ってしまった風貌をみて、誰が『カーネリアン・ヴァイス』だと気付けるだろうか。


 などと、しんみりと思いつつ、私は頭を振って、どうにか沈黙を断ち切ろうと口を開いた。


 とにかく時間がない。

 不審がられず、かつ『カーネリアン・ヴァイス』だと気付いてもらえるような、言葉と言えばあれしかないだろう。


 「リルル・ヴァイス様、あなたに――」

 「リアン・アルバァトォッ!!!!」

 

 と直後、私の腹に岩をも砕くような強烈な一撃が飛んできた。


 その完璧なインパクトによって繰り出されたボディーブローは、完全に油断してユルユルだった私の腹部を的確に抉り、貫いた。おまけに、アッパーのような上方向への力も加わっていたのか、結果として私の身体は宙に数秒浮いた後、ゴム毬のように無様に席後方の通路上で三バウンドし、壁にぶつかり沈黙した。


 「よぉくも、ぬけぬけと私の前に現れやがったわね。」

 悲痛な面持ちで一世一代の大告白をしようとしている男児に、横槍を入れるとは何事かと、どうにか犯人を睨みつけようと上体を起こそうとして私は目を疑った。

 そこにはいたのは、血がにじむまで拳を握りしめ、怒髪天を突く勢いの修羅。

 ではなく。


 闘技場で同じようなパンチを繰り出した師匠。

 でもなく。


 「『学徒衝杖≪レ・バルテ≫』に応じなさい。今、すぐにっ!」


 先程まで、私の妹と仲睦まじく会話をしていた赤茶髪にサイドポニーが特徴的な少女。そんな見ず知らずの女の子が修羅のような形相でこちらを射殺さんばかりに睨みつけてくる、そんな異様な情景だったのだ。


◆◆◆コメント◆◆◆

小ネタですが、

死亡率百三十五%は蘇生した後に再度拷問して死んじゃうパターンがあるからです

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