98 南の予定
「アカリくん、どこ行ってたの?」
「んー? 散歩」
自室に戻ると、部屋で待ち伏せていたフィールにそう訊かれた。
殺人鬼を討伐した後、転移で帰ってくることもできたけれど、少し夜風を浴びたかったから歩いて家まで戻った。だから散歩というのも嘘ではない。
「今のアカリくんはなんだかいい匂いがするわ」
「そうか?」
「死の匂い」
状態復元で返り血なんかも綺麗にしてきたんだけど、『死神』様は誤魔化せないか。
「またナイフ殺人?」
「ああ。数日おきに出現してキリがないよ」
「無視してもいいんじゃないの?」
「一応ダイキに頼まれてるしな」
以前に皆で殺人鬼討伐に行ったとき、今後も捜索よろしくと言われたんだよな。
あのときは簡単に引き受けたが、まさかこんなしょっちゅう出没するなんて。
「でも、何なんだろうな。どの殺人鬼も凶器がナイフってだけで、そのナイフもバラバラの物だし共通点が見当たらない」
「誰かの特殊スキルじゃない?」
「取り敢えず思い浮かぶのはそれだよなぁ」
もしそうだとしても、ここまで無差別の犯行だとスキル持ちの特定ができない。
ナイフで傷付けられたリティに狂気が感染したこともある。殺人鬼全員と接触した人物がスキル持ちなどという簡単な話ではないだろう。
「ま、どうでもいいやぁ」
犯行を見つけたら対応はするけど、根本解決はきっと誰かがやってくれるでしょ。衛兵さんとか。
俺は何でも首を突っ込むようなお節介でもなければ事件があれば解き明かす探偵でもない。場当たり的な対処が精々だ。
=====
《構って》
とは、俺が授業中に暇を持て余したユユからの念話だ。
久し振りの念話だな。
「一応授業中なんだけど」
《スキルの熟練度上げでしょ? いつもお喋りしながらやってたから大丈夫っ》
そうなんだけどね。
今は魔法の反復練習の時間。正直俺も飽きて暇になっていたから休憩にちょうど良いか。
「前から思ってたけど、俺の場合【範囲魔法】で属性魔法のコントロールができるからあんまり属性魔法のレベルを上げる必要性がないんだよね」
《私もそう思う。でも、今更じゃないの?》
「いや、この間ふと思ったんだよね。レベルを上げずにレベル1の魔法を多く持ってた方が便利じゃないかって」
そしてその分の余力を【範囲魔法】に費やす。
先日のテストで、レベル2の属性魔法を【範囲魔法】で使ったらレベル3相当の効果を発揮できた。これ、レベル1でもできるはずなんだよね。
前は属性魔法をただ覚えるだけじゃ意味ないと思っていたけど、【範囲魔法】で実戦レベルになるのなら話は別だ。
《じゃあ、残りの風と土も習うんだねっ》
「ああ。適当に頃合いを見てだな」
《必要な単位を取ったらじゃないの?》
「……そうだった。単位は大事だよね、うん」
《……? 単位を気にしてなかったの? 【火魔法】の練習してたのに》
「いやぁ、リティもやってるから合わせてただけで、特に何も考えていなかった」
《えー……》
元々、リティの真似して選んだ科目だからな。
俺としては、友達同士で同じ選択授業にする程度の感覚だ。学生のノリって、そんなもんじゃん?
なんて考えをユユに話したら普通に怒られた。
《駄目だよアカリ、スキル構成はやり直しが利かないんだから》
「ごめんなさい」
怒られちゃったから練習に戻ろうかな。
そう思って腰を上げようとしたとき、リティが歩いてくるのが視界に入った。
さり気なく座り直す。
「アカリも、休憩?」
「そうだよ」
休憩、続行。
=====
授業が終わり放課後、荷物を取りに教室へ戻る途中でダイキと会った。
「あれ、ダイキじゃん。学園で見るのは初めてだからなんか新鮮」
「……ああ、アカリか。いや、俺は一方的にだがアカリのこと何度か見ているぞ」
そうなの? なら声を掛けてくれればいいのに。
軽く雑談を続けるが……どこか、ダイキに違和感を感じる。いつもより雰囲気が。
「なんかダイキ、いつもより暗くない? 何かあった?」
「……顔に出てたか? 悪い、最近嫌なことが続いててな」
ストレス貯まってるわけか。
ダイキって多少のことがあっても飄々としてるイメージだから少し意外。案外繊細なのね。
「そうだな、気分転換したいから次の休みにでも体動かしに行かないか?」
「ああ、いいよ。何する?」
「海にでも行こうぜ」
「海?」
イトラース王都は山に隣接した場所なんだけど?
「南の国サスパラスは巨山と大海に挟まれた細長い国なんだ。山は四大国共通だが、海といったらサスパラスになる」
つまり、隣国へ行こうぜ、ということか。イトラースの東端にも海はあるが、ここからだと隣国以上に距離があるし東端の海は魔族の国ハルジバルとの国境になっているためデリケートな場所で観光に向いていない。
ちなみに俺達の住むこの地域は巨山を中心に東西南北四つの国が存在する。しかし、綺麗に四等分されているわけではなく、山の所有比率は南のサスパラスが一番多く、北のノスビーが一番少ない。代わりにサスパラスは南に向かうとすぐ海に辿り着き、東西に国土を伸ばしているとはいえ国土の面積は四大国最小だ。逆にノスビーは北の密林地帯を占有しているため国土は一番広い。尤も、サスパラスが海から得る利益を殆ど独り占めできることから分かるように、単純な国土の広さだけで国力を比べることはできないが。
「いや、普通に遠くね?」
いくらお隣さんとはいえ、早くても二日は掛かるぞ。
山をトンネルで繋いでいる東の国イトラースと西の国ウトレレ間と比べると移動時間が倍近く掛かる。
「そこはほら、行きは俺のダッシュ、帰りはアカリの転移で」
これ、俺が居るから遠出するって感じだな。別にいいけど。
「二人で行くの?」
「それでもいいが、折角の海だからな。アカリん家の面子とか大勢呼んでいいぞ。どうせ俺以外は往復転移だし」
「ダイキだけ馬車で数日分の距離を走るのか。お疲れ」
「勇者の本気を見せてやるよ……」
そこまでして海に行きたいのか。
まあ、自分から言い出したことだしダイキには頑張ってもらおう。
「ところで、嫌なことって何?」
「あー、毎日学園に通うことになったからな。拘束時間長いし貴族の相手は肩が凝る」
「学園の拘束時間が嫌って……以前だって普通に学校通っていたでしょ」
「俺、何事にも縛られたくなくてこの世界に来たんだ……」
日本のことを思い出しているのか、何処か遠い目をしている。
「そもそもダイキって、なんで学園に通ってるの? 『勇者』として各国を巡るとか言ってなかった?」
「その企画は延期になった。『邪神』なんてラスボス級のやつが出てきたからな。もう倒したとはいえ影響が薄れるまでは勇者として協力しないと」
「それで学園の生徒に?」
「国同士の間を取り持つのに丁度良かったんだ。身内から『邪神』を出して友好国であるイトラースの国王暗殺未遂までやらかしているエルフの森は謝罪と友好の意思を示すために地位の高い者を親善大使として送り込んでいる。魔族の国ハルジバルはこの機会に国交を再開して鎖国状態から抜け出そうとお姫様のフェルクディを留学という形で滞在させている。他にも『邪神』を倒した神様が学園の生徒だったり、イトラースは今、世界的に見ても重要な立ち位置にあるんだよ」
各国のお偉いさんが集まっている大事な場所になっているのか。しかも話を聞くに、エルフも魔族も言い方は悪いがイトラースに媚を売っているような状態だ。なるほど、『勇者』としてはこんな状況を無視して世界ツアーなんてできるわけないよな。
「まあ、ヤバいやつ筆頭はアカリだけどな」
「はあ!? なんで、どこが」
「神様二柱がべったりで、『時神』様とも仲がいいだろ。ぶっちゃけ国の王様よりも立場が上なんじゃないかってレベルだぞ」
「それは俺がヤバいんじゃなくて、俺の周りがヤバいんだ。俺は悪くない」
「それらをひっくるめてアカリがヤバい。そんなわけで、下手に旅とかできないから海は日帰りだ」
結局そこに話が戻るわけね。
やっぱり海に行きたいだけだろ。




