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Simulated Reality : Breakers【black版】  作者: 高瀬 悠
【第一章 第二部】 そして世界は狂い出す
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第6話 またお前かよ


 あれから朝倉と別れた俺は、ずぶ濡れの状態で家に帰りついた。

 すぐに風呂に入って服を着替える。

 クシャミを一つ。

 鼻をすする。 


 髪をタオルで乾かしながら、俺はリビングへと移動していった。

 途中──。

 俺は食卓の上に置かれたメモ紙に気付いて、買い物を頼まれていたことを思い出す。


 あ。買い物のことすっかり忘れてた。


 リビングの窓から外へと目をやれば、空は灰色の雲に覆われていて薄暗く、雷もまだ鳴っている。雨もしばらく止みそうにない。


 この雨だと野球も途中で中止だっただろうな。


 俺はソファーの上にあったリモコンを手に取ると、テレビの電源を入れた。

 ニュースに切り替える。

 ちょうどお天気の西野アナが午後から夕方まで雨が降り続くことを伝えていた。


 野球は中止だな。


 行っても行かなくても一緒だったかと諦めるように空笑って。

 俺は疲れ倒れ込むようにしてソファーに横になった。

 そのままの状態でテレビを見ながらリモコンでチャンネルを変えていく。


 なんか面白い番組やってねーかなー。


 するとタイミングを待っていたかのように、頭の中でおっちゃんが声をかけてきた。


『暇そうだな』


 行かねぇぞ、俺は。


『ほぉ。俺が言いたいことを先に予知してくるとは驚きだ。そんな能力を与えた覚えはないんだが』


 今までのパターンじゃねぇか。少しは定型文変えて言ってこい。


『なら変えよう』


 あるのかよ。


『午後十時を忘れるなよ』


 今度は何を始める気だ?


『秘密だ』


 言えよ。


『やーだね』


 クソが。


『糞はトイレで出すものだ。口から出すものではない』


 もういい、わかった。終わりにしよう。おっちゃんと口論しても勝てる気がしない。


『へっへーんだ。ざまぁみろ、お尻ぺんぺーんだ』


 だが精神年齢では勝てる。


『ぅぐっ……! い、言うじゃねぇか』


 まぁな。


 ふと、電話のベルが聞こえてくる。

 きっと朝倉だ。午後の野球のことで電話してきたに違いない。


『それはどうかな?』


 そうだろ。タイミング的に。


 俺はだるい体をソファーから起こし、玄関に置いてある電話へと歩いていった。

 玄関にたどり着いて。

 受話器を取って、相手の声を聞くより先に俺は告げる。


 朝倉だろ?


 すると電話先の声が妙にハイテンションで、


「結衣ちゃんでーす」


 俺は迷わず電話を切った。

 頭の中でおっちゃんが言ってくる。


『だから言っただろ?』


 お前は電話会社の回し者か?


 すると、すぐにまた電話がかかってくる。

 俺は受話器を取った。単調な声で、


 ただ今留守にしています。御用の方は発信音のあとに──


「ねぇK、お願い。ちょっとここまで迎えに来てよ」


 なんでだよ。


「だって急に雷がキャー!」


 電話先から結衣の悲鳴と雷の音が聞こえてくる。


「だからね、一人じゃ怖くて帰れないの」


 別の奴に頼めよ。


「どうして?」


 なんで俺なんだよ。


「せっかくゲームの世界の話をしようと思ったのに」


 はぁ。

 俺はため息をついて尋ねる。


 今どこにいる?


「深橋」


 自力で帰れ。じゃぁな。


「あーうそうそ、切らないで。冗談だから」


 で? 本当はどこに居る?


「いつもの商店街。待ってるから絶対来てね。じゃぁね」


 あ、オイ! 商店街のどこ──


 ぶつり、と。

 電話は一方的に切られた。



 ※




 どしゃぶりだった雨は小雨へと変わり。

 人がまばらな商店街を、俺は傘を差して一人歩いていた。

 ふと、目を向ければ。

 クレープ屋から傘を差した制服姿の結衣が、甘そうなクレープを片手に駆け寄ってくる。

 気付いて俺は足を止めた。


 結衣は二つ結びの長い髪をなびかせ、俺の前へとやってくる。

 相変わらずな笑顔で。


「雷どこか行っちゃったね。ごめんね、呼び出して」


 いいよ、別に。買い物頼まれてたし。


 結衣が俺の傘を見つめ言ってくる。


「あ、なんかKの傘大きいね」


 選挙演説で使われている傘らしいからな。父さんの傘なんだが買い物の時なんかに使わせてもらっている。


「え? Kのお父さんって国会議員なの?」


 普通のリーマンだ。


「ふーん、そう。──あ、ねぇそっちに入れてよ」


 なんでだよ。


「いいから。ちょっとコレとコレ持ってて」


 いきなり結衣が俺にクレープと鞄を手渡してくる。


 は?


「いいから持って」


 半ば無理やり持たされて。

 結衣は自分の傘を閉じて、俺の傘の中に入ってきた。

 そして俺からクレープと鞄を取り戻し、そのままクレープにかじりつく。


「傘差してるとクレープって食べにくいのよね」


 俺はお前の召使いか?


「食べる?」


 いらねぇよ。甘いのは好きじゃない。


「あ、そう」


 しかも食いかけだろう?


「食べかけだから食べないの?」


 いやそういう問題じゃなく、なんつーか……。一応念のために聞くが、俺たち付き合っているわけじゃないよな?


「うん、友達」


 だよな。そこがハッキリしていればいいよ。


「あ、ねぇねぇ」


 俺の腕を組んで、結衣が通りにあるかわいい小物屋を指差す。


「ちょっとあたしに付き合ってよ」


 なんでだよ。俺は買い物があるから行くなら一人で行け。


「じゃぁさ、あんたの買い物にも付き合ってあげるから、あたしの買い物にも付き合ってよ」


 どんな理屈だよ。


「いいからいいから」




 ――そんなわけで。

 俺は結衣に無理やり小物屋へと連れ込まれた。

 かわいい女向けのアクセサリーが多く売られており、周囲を見回しても女ばかりだった。

 そんな店の中を俺だけが男で浮いているような気がして、肩身の狭い思いで落ち着きなく周囲を見回していた。自分で言うのも何だが、店員にいつ肩を叩かれてもおかしくないほど挙動不審ぶりだ。

 そんな俺をよそに、結衣は目をキラキラさせながら次々と小物を髪に当てたり耳に当てたり、首元や手首、鞄に当てたりしている。


「ねぇK、これあたしに似合ってるかな?」


 髪留めを当てながら結衣が聞いてくる。


 え?


 唐突に振られ、俺は返答に困った。


「……」


 結衣がシュンと悲しげな顔で髪留めを置く。

 俺は慌てて答えた。


 あ、いや、えっと……どうだろう? か、かわいいし、いいんじゃないか? 別に、うん。


「そんな真剣に答えなくていいよ。Kが似合ってないって言う方に決めるから」


 オイ。


「冗談よ。――あ、これ懐かしい!」


 結衣が次に手に取ったのはミサンガだった。


「ほら見て、これ。小学校の頃に流行ったよね。友達と同じ種類のミサンガを手首に巻いて【絆】だよって」


 そういえばそんなのがあったな。


「ねぇK、あたし達で絆ごっこやらない?」


 俺たちで?


 尋ねる俺の手首をすぐに掴んで、結衣は売り物のミサンガを巻いていく。


 あ、オイそれ売り物──


「いいの。あとであたしが買うから。あたしからのプレゼント。

 あたし達って頭の中の人に振り回されてばっかりで、あっちの世界で誰とも自由に会ったりできないじゃない。それってやっぱなんか悔しい。

 だから、こっちの世界であたし達だけのギルドを作るの。もっとコードネーム保持者の仲間をたくさん集めて、色々情報を共有して、交換し合って、そして──」


 きゅっと、結衣は俺の手首にミサンガを結んだ。そして俺の顔を見つめてニコリと笑う。


「逆に頭の中の人を利用して、みんなであっちの世界を自由に満喫しようよ」



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