我、敵兵に憎悪を抱けり。
「ねぇ、隊長~?数名女がいるんスけど、男だけ殺して女はお持ち帰りっつうのは駄目っスかね~?」
食糧班の学生を取り囲んでいる兵士の一人がローグハイルに向かい声を掛ける。
「あー……確かに何人かいるなぁ……どうする?ゼノン?」
私に刃を向けたまま向かいにいるゼノンに声を掛けるローグハイル。
くそ……どこかに隙があれば……。
「駄目だ。女なら『要塞』に向かえばいくらでもいるだろう。レミィの部隊が既に占拠しているのであれば、今頃『お楽しみ中』だとは思うがな」
「くっくっく……そりゃぁ違ぇねえ……。レミィの部隊は特に『変態』の集まりみてぇなもんだからなぁ…。捕らえた捕虜が女だったらガキだろうがなんだろうが容赦なく犯しまくるしなぁ……」
「ひっ……!」
『犯す』という単語に怯えたのか、蓮見という姉妹の片割れが軽く悲鳴を上げた。
……この外道どもめが……!
「それは俺達の部隊でもそう変わらんだろう。《剣の国》の男共は常に性欲に飢えている…。これは今に始まった事では無い。中には『他国の女』にまで手を出す輩もいるくらいだからな……」
……他国の……女……。
「おいおいゼノン。そりゃあ御法度中の御法度じゃねえか。ていうかそんなのがばれたら『極刑』だけどな」
「!!」
言いながらもローグハイルが後ろから我の胸をまさぐり始めた。
……こいつ……!
「おや……?お妃様はこう言うのがお好きでいらしたかな?くっくっく……!」
「ぐ……!」
首に刃が更に食い込む。
徐々に流れ出す血も増してくる。
そして胸をまさぐる手にも力が加わる。
「……そこまでにしておけよローグハイル。妃どのを殺してしまえば極刑を受けるのはお前だぞ。王のご命令を忘れたか?」
「あー、はいはい、分ってるよんなこたぁ……」
刃に向けられた力が弱まる。
しかし執拗に胸を揉む手は止みそうも無い。
「ちぇ~、隊長ばっかり楽しんでてズルイなぁ……。それにしてもその女……こいつらガキと比べても随分と良い身体してますよねぇ~。やっぱ『異界の女』より俺らの世界の女の方が良いって事ッスかねぇ~」
そう言いながら腰に差した剣を抜こうとする兵士。
それを合図としてか、残りの兵士達も次々と剣を抜き始める。
「ひぃぃ……!」
「くそ……!俺達はこんな所で殺されちまうのかよ……!俺は嫌だぞ!なあ、そこのあんた!あんたこいつらの親玉なんだろう?」
「ああ?」
なんだ……?
小笠原が一歩前に歩み出て、腕を組んでいるゼノンに向かい話しかける。
「なあ、頼むよ!俺だけは殺さないでくれよ!俺はそこの女に騙されてここまで来ただけなんだよ!何でもするから!だから頼む!俺だけは助けてくれ……!」
「小笠原……くん……?」
井上が信じられないとでも言った顔で小笠原を凝視している。
他の食糧班の学生達も驚いた様子でそのまま硬直している。
「ふはっ!おいゼノン、あのガキ命乞いを始めたぜ!しかも自分だけは助けて~、と来たもんだ!何だよ、異界の人間は屁たればっかりだと思ってたけどよ、いるじゃんかよ!こういう野心が詰まった阿呆がよ!」
嬉しそうな声を上げるローグハイル。
「……今、『なんでもする』と答えたな?小僧?」
小笠原に睨みを利かせゼノンが答える。
「あ……ああ!助けてくれるのか!もちろん、なんでもする!だから……!」
更に一歩前へと出る小笠原。
……自身の命を優先、か……。
この状況では咎める事は出来んが……。
「おい。その小僧に剣を」
「へ?……あ、はい、隊長」
兵士の一人が小笠原に向け自身の剣を投げ渡す。
「な、何を……?」
困惑する小笠原。
「その剣を使い、お前の仲間を全員殺せ」
「………へ?」
きょとん、とした表情の小笠原。
「こ、殺すって……」
ニヤニヤした表情で小笠原を見つめる兵士達。
「その通りの意味だ。生き残りたいのだろう?ならば自身の力で生き残って見せよ」
冷たく言い放つゼノン。
興味津々な様子で事の成り行きを見守るローグハイル。
一向に胸を弄る手が止まらないのが気に入らない。
「小笠原くん……」
何か言いた気な井上だが、小笠原の表情を見た途端に絶句してしまう。
……笑っている?
あの、いつもの張り付いた笑みでは無く。
そこには、不気味な笑みが、闇に堕ちた人間の笑みが現れていた。
「……悪いな……みんな……」
「おい、小笠原……」
ゆらゆらとした足取りで地面に投げられた剣を拾い上げる小笠原。
既に正常な思考回路は働いていないように見える。
「おっと。お妃様はじっとしていてくださいよぉ?じゃなきゃ、もっと破廉恥な事をしてしまいますぞ?」
「!!」
胸から手を離したローグハイルはそのまま滑るように手を下へと下ろしていく。
「……貴様……」
精一杯の睨みを利かせはするが、首に刃が当たったままでは後ろに視線を向けるのも難しい。
「へぇ……。思ったとおり、良い尻をしていますなぁ……お妃様は……。くっくっく……。」
執拗に撫で回すローグハイル。
「みんな……死んでくれよ……俺の為なら本望だろう?」
ゆらゆらと生徒達に向かっていく小笠原。
固まりながらも後ずさる生徒達。
「止めて……小笠原君……嘘、でしょう?」
井上が言葉を発するが、小笠原の耳には届かない。
「俺の為俺の為俺の為俺の命の為俺の命の為………………」
剣を大きく振りかぶる小笠原の目は、もはや正気を失った亡者の目、そのものの様に感じた。
きっと彼は殺されるだろう。
どうして気付かない?これは奴らのただの『余興』だと。
一番初めに『全員殺す』と宣言した時点で、こいつ等が皆を生かしておく事は無い筈。
ならばその剣を向ける相手は『仲間』ではなくこやつらなのだ。
(……ほむらであったならば、きっと仲間には刃を向けず、こやつらに……)
何故我はそこまでほむらの事が信頼出来る?
一度『同化』を果し、彼の記憶を共有したから?
彼の本質を、真の優しさを垣間見る事が出来たから?
……いや、きっと違う……。
そんなものが見える前から。
あの日ほむらが死んでしまい、我が『適合者』を探し当てたあの瞬間から。
……『私』は恋に、落ちていた。
「死ねえええええええええええ!!!!!」
「!!!」
井上に向かい下ろされる剣。
その刹那。
森の奥から一筋の光が小笠原に向けて照射された。
「あ……れ……?」
一瞬硬直した小笠原は不自然な角度でその身を止める。
(……あれは……《魔法》……!)
そして次の瞬間―――。
―――小笠原の身体は四方に粉々に弾け飛んだ。




