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女王様とお呼びっ!  作者: 庭野はな
王妃への道編
83/88

[83] 使徒と始祖王

私をこの世界に召喚した神に、特に名はない。

そしてこの国の国教であるその宗教にも名はない。

何故なら、この世界に少なくともこの大陸に他に宗教は存在しないから。

もちろん宗派もなく、大陸全土の街にも必ず同じように神殿がある。

人々は、神に創造された時から神への信仰の中に生きてきたと信じている。

信仰は内面だけではなく、行動や生活の中にこそ息づくとされ、人々の生活に根付き、誕生から成人、結婚、葬式と生涯を通し神殿に関わらない者はない。

慈愛と博愛を司る神が使徒に託した啓示、そして五戒『神を信じること、殺人をしないこと、盗まないこと、嘘をつかないこと、欲深くないこと』を教理とし、使徒の啓示を逸話を使って説明し教訓を与えるタルッカー(神書)を教典とした。


そのタルッカーの冒頭には、神による天地創造が記されている。

この国に伝わる天地創造は、そう奇抜なものじゃない。

太古の昔、太陽に住まう神が天地を創造した。

そしてその大地に2人の使徒を使わし、戦わせた。

流れた血は川や海となり、倒れた使徒グィリの肉体は山となった。

勝った使徒グェンは自らの肉体で最初の日に植物を、次の日に生き物を、そして最後に人間を造り、頭だけ残ったグェンは人間に知恵を授けた。

神は役目を果たしたグェンの頭を夜空に据え月とした。

人々は太陽に住む神を崇め、子孫を増やして大地に根付いていった。

まあ、元の世界でもどこかの国の神話でありそうな話よね。

ちなみに神に姿はない為、神殿に置かれる神像は神ではなくこの使徒の姿だと言われている。


ここから、宗教史と大陸史が絡み合い、妙に生々しい話になってくる。

ある時、地上に神の使徒が再降臨する。

太陽から振り下ろされた光の刃は大地に突き刺さった。

そして2人の使徒、エイダムとエヴァが人々の前に降り立った。

使徒は、人々が神を崇めながらも愚かで野蛮なことを嘆き、再び人に知恵を授けた。

彼らは最初に出会った羊飼いの男、サリスタンに支配の王冠を授け、神の国イエスタを興こすよう啓示を与えた。

サリスタンは大陸を統べ偉大な王となったが、その権力に酔い神をも恐れぬ愚行を重ね、とうとう神の怒りを買ってしまう。

使徒は神の代行者として、サリスタンのみならず国をも滅ぼしてしまう。

その後多くの小国が立ち、国同士の諍いが増え戦乱の時代となる。

そこで、再び使徒が動く。

カインという孤児の少年に啓示を与えた。

使徒に導かれ成長し英知と勇猛を併せ持つ青年に成長すると、使徒降臨の地で大神殿のある聖地、アイオナに小国を興す。

それが、現在大陸全土を支配するアイオナ国のはじまりで、彼こそがアイオナ国の始祖のカイン・トベリア・ドランブリックだ。

使徒は、サリスタンの二の舞を恐れて神国の名を名乗らせなかった。

あくまでも国は国、神殿は神殿と分け、国の庇護を受ける見返りとして、代々の王に託宣と神具を召喚し与えることとした。

だが、それからしばらくして使徒が人々の前から姿を消す。

神殿は、使徒が役目を終え神の御元へ戻ったと世に公布した。

使徒が去った後も託宣や召喚の儀は続けられ、彼らの側に仕えていた神官長が大陸中の神殿を統べる立場となり、代々使徒の教えを忠実に善く導いた。


今まで時間をみつけてナナに教えてもらった宗教学。

といっても、貴族の子どもが学ぶ程度の知識なんだけど、だいたいの成り立ちや教義を理解することは出来た。

ただ、タルッカの長々と続く使徒様のお言葉をもとにした訓話は辛かった。

睡魔との戦いの記憶ばかりが頭に残ってる。


興味深いのは、やはり始祖王と使徒との関係。

建国の部分は、宗教史も王国史も申し合わせたように同じだった。

ナナの話を聞いていた時には、国と神殿によって都合良く創られた話だなとぼんやりと思っていたのだけど、もしそれが事実だったとしたら?

王の言葉に納得がいく。

それに本当に神の使い、使徒がいたのかしら。

39代前、600年くらい前の出来事。

使徒って何者なんだろう。

そこに私の疑問の答えが、真実が隠されている気がする。



私は、先王の葬儀ぶりに、大神殿を訪れていた。

ナナとウィルー、ソル、イーライ、そしてカイルを伴って訪れた私を、神官長のおじいちゃんがいつものほっこり温かい笑顔で迎えてくれた。

カイルも仕事で忙しいはずだけど、この件はユリウスから私のお目付役として同行を優先させるよう命令させたらしい。

あれから、ユリウスとは一度も顔を合わせていない。

強引に部屋に押しかければ会えるだろうけど、あの時に答えられなかったのが尾を引いていた。


「それでわざわざお越しになってのご用とは、ああ、戴冠式と結婚式のことですかな」


「いえ、今日はその件ではないのです。これを、見て頂けますか?」


私はおじいちゃんに布で包んだ包みを広げ、中の黒いプレートを差し出した。

先日発見したこのプレートは私は神具だと予想し、カイルがユリウスに神殿に返す許可をとってくれていた。

今日はそれを口実に、ユリウスの代理として来た。


「これはっ!以前先王がお持ちになった神具ですな」


「やはりそうでしたか。城で見つけて、もしやと思ったのです」


「よくぞこれを神具だとお分かりになりましたな。さすがユカ様」


「それで、実は神具のことでお願いがあってきたのです。ここには今まで召喚された神具の目録ではない詳しい写し記録があるそうですが見せて頂けませんか?」


「よくご存知ですな。ナナ、ユカ様だからいいが他言はしてはいかんぞ」


ナナはおじいちゃんの言葉にきょとんとした顔をしている。

ごめんね、ナナじゃなくて以前画家のトマスさんから聞いたのだけど、ここは黙っておこう。

私達は神具の記録が保管してある部屋へと案内された。

神具は一部が祭壇に祀られ、大半は神殿の宝物庫に保管されている。そして残りは王が持ったまま紛失したものもある為、全てを見るのには記録が一番だった。

大きな帳面に閉じられたり大きな羊皮紙が何本も丸めてあったり、時代ごとに様々な形で記録されている。

私は、それを新しいものから順に古いものまで目を通しながらそれをメモしていった。

カイルとナナは、座る私の傍らで、閲覧し終わったものを片付けたり新しいものを出したりと動いてくれる。

私は夢中になって精緻な記録に見入り、時に驚き、うなり、懐かしみ、思いがけずつい笑ってしまったりと、一人で百面相をしていた。


「これで全部よね」


「恐らく」


「ユカ様、その記録されたものから何が分かるのですか?」


「召喚されたものの傾向と年代かしらね」


私はカイルとナナに、書き連ねた名前のひとつを差した。


「ここの印があるのは、私の世界のものだと思えるものね。私は古物の鑑定は出来ないから雰囲気でだけど、この青銅の剣は古代の外国のものかしら。そしてこの金のネックレスの宝飾は私のがいた時代で世界的に有名な工房のマークがついてるわ。そしてこのナイフと靴も同時代だけど入っている文字からして隣の国のもの。そしてその次にくるこれは、私の国の遺跡から発掘される勾玉っていう古代の宝飾品。見事に場所も年代もばらばらなのよね。そして問題はここに線を引いたものね。あの黒い板もそうだけど私の時代より先のもの、それか他所の世界のものだわ」


「未来?」


「ええ。少なくとも私の時代ではまだ技術的に無理そうなものだったから」


あれは、SF映画なんかで出て来る立体ホログラムみたいだった。

しかも使われている黒い本体の素材は、鏡面仕上げのように輝いていたけれど、試しに内緒でナイフの刃をたててみたけど、一切傷つくこともなかった。

だけど文字は日本語でも英語でも、今まで目にしたことのない文字。

もしかしたら元の世界の未来ではなく、また別の異世界の品かもしれない。

でも、これでますますわからなくなった。

まだ私の時代のものだったらなんとか転用したり活用したり、インスピレーションを受けることも出来るけど、時折混じる高度な技術の製品を召喚する意味が分からない。

まるで漂流物のような雑多さだけど、一応先に託宣でどんなものが召喚されるかを示されるからたまたま偶然ってことはないと思うんだけど。


「それで、これからどうするんだ?」


カイルは部屋に来た時よりもはるかに綺麗に資料を整頓し、私を促した。

私は少し考え込み、おじいちゃんの方を向いてお願いというように手をあわせた。


「地下の召喚の間が見たいわ。ねえ、神官長よろしいでしょ?」


「ですが、あそこは王と私と一部の神官だけしか入れぬきまりになっております」


「では私一人で構いません。既に一度は踏み入れていますから」


「むう、そのくらいでしたら……」


「いけません」


「それはダメだって言ってるでしょう」


「ユカ様危険です」


「一人では行かせない」


カイルと護衛達に口々に叱られ、思わず肩をすくめる。


「申し訳ありませんがユカ様をお一人にすることはできません。我々も同行させていただきます」


「ですが……」


「神官長、例の事件をお忘れですか?」


カイルの言葉に、おじいちゃんが固まる。

例の事件というと、私がウィルーと城下ににいる時、神官に襲われた事だ。

暗に神殿を信用できないと言っているのか、あの事件の借りを返せと迫っているのか。

そのカードを今ここで使っちゃうの?

私が余計な心配しているうちに、おじいちゃんが折れて許可を出してくれた。

この人に迷惑をかけるのは本意ではないけれど、この問題だけは譲れない。

私達はおじいちゃんと共に、ゆっくり、ゆっくりと召喚室への深い深い階段を降りていった。

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