[82] 秘密の部屋で
「『王の記憶』を見せて欲しいだって?」
「ええ」
いつものようにユリウスが部屋を訪れた時、私はこれ幸いとばかりに先日リカルドさんに教えてもらった『王の記憶』の件を持ち出した。
その瞬間、覚悟はしていたがユリウスの顔がこわばった。
「それは王以外が目にしてはならないものだ。王妃には王妃のみに伝わるものがある。それは分かっているだろう」
「もちろんよ。全部じゃないわ、王が生前訪れていた秘密の場所が知りたいの。もし見せるのがまずければ一緒に同行して欲しいの」
「父上が秘密の場所? それを探してどうする」
「私の好奇心を満たすため、ってこれはちゃんと本当のことを言わなくちゃね。どうして私が召喚されたのかを知るためよ」
「何を言う。ユカは俺の花嫁だ。それ以外に理由があるわけないだろう。もしやあの晩、リカルドが何か吹き込んだのか」
「いいえ違うわ。本当に神が私を召喚したのかが知りたいの」
「なぜ今更になってそんなことを。なぜ神を疑う。神がいるからこそ、ユカは俺のもとにいるのに」
「私だってずっとそう思っていたわ。でも……」
躊躇する私にユリウスが無言でその先を待つ。
だけど避けては通れない。
しぶしぶその言葉を口にした。
「王が私に言ったの。神はいないって」
「馬鹿な、父上がそんな不遜なことを」
「だけどあの時に確かにそう口にしたわ」
私は、あの夜ユリウスが離宮の現場にかけつける前に起こった事、王が私に告げたことを包み隠さず話した。
衝撃を隠せずに宙を睨んでいた彼は、ゆっくり私に向き直った。
「知ってどうする。神のご意志じゃないとしたらユカは俺の花嫁を、王妃になることをやめるのか」
私はその問いに答えられなかった。
今まで散々自問自答し、答も出ていたはずなのに。
そして、神のご意志じゃなくても本当に私を花嫁にする?
そう口にしそうになったが出来なかった。
唇を噛み締める私に、ユリウスの纏う空気が冷たくなった。
「わかった。俺は忙しいから付合えない。明日の朝、俺の執務室に来るといい。閲覧は許すが書き写すのはだめだ。探索するのは人目のない夜にしろ。カイルとイーライを連れていけ。それ以外には情報を漏らしても見られてもだめだ」
私はこくりと頷いた。
「今日は自分の部屋で寝る」
ユリウスはそう言い残すと、静かに私の居室から出ていった。
翌朝私が王の執務室を尋ねると、ユリウスは会議に出ていてカイルが待っていた。
黙って私に、黒い表紙の本を差し出す。
それには、白い紙の栞がはさまっていた。
私はその栞を握りしめた。
ユリウスが示してくれていたそこには、王の執務室、居室、謁見の間など普段王が過ごす場所の見取り図が載っていた。
各部屋に1、2カ所。そして廊下や意外な所にも隠し通路や隠し部屋が存在した。
避難路の隠し通路は除外し、隠し部屋だけを記憶していく。
全部で5カ所あった。
そのうち、夜中に護衛に見つからずに部屋から秘密の通路で抜け出し、人目につかない隠し部屋は2つ。
もし、そこに何も無ければすっぱりあきらめよう。
私は、何代もの王が手にしてきただろうその本をそっと閉じカイルに手渡した。
「もういいのか?」
「ええ。ユリウスにお礼を伝えて。それから、今夜付合ってもらえる?」
「わかった。同行の件はユリウスから聞いてる」
「よかった」
「何がでても後悔はしないか?」
「うん。きっとこのもやもやをごまかしたままのほうが、後悔すると思うから」
そして今、私の手の中には頭を抱えるようなものがあった。
ここは、王の居室から外への脱出用地下道の途中に作られた隠し部屋。
最初に訪れたもう一方の通路の出口にある庭の東屋の地下室は、非常時の備えか、武具や金品が隠されていた。
そして一縷の望みをかけて見つけたこの部屋は、簡易な木の机に椅子が置かれ、様々な書物が雑多に置かれていた。
護衛につくイーライが掲げるランプの灯りが、机の前の木の板にピンで貼られた様々な地図や図面を照らした。
海図や船の図面が多く、椅子や机に埃もほとんど積もっていないことから、王は死ぬ前まで女を抱かない夜はここで一人で思索にふけったのだろう。
その中で私の目を引いたのは古い1枚の建物の図面だった。
正確に測量されたわけではなく、記憶で書き上げられたそれは、神殿の地図だった。
地図を見ると、神殿は地中深くえぐられたような亀裂の上にかぶせるように建てられている。
その亀裂を利用して地下室を造り、最下層の地下4階にあの召喚部屋が並んでいた。
どうりでやたらと地上まで長い階段だったはず。
「どうして、ここに神殿の地図があるのかしら」
「神殿の修復を考えていらしたのでは?」
「プライベートな時間を使ってまでそんなことを考えるようには思えないけどな。あれ、これって……」
机に幾重にも重なる走り書きの紙を1枚づつ手にとっていると、その下から黒いプレートが現れた。
何気なく手にし、光沢のあるその表面に手で触れると、ブウォンという蜂の羽音のような音がし、白い光を発した。
眩しさに驚いて固まる私の手の中のものをイーライがたたきおとし、カイルが私を抱きしめ身を庇う。
「ちょっと、ちょっとまって」
私はカイルの腕をふりほどき、あわてて落ちたそのプレートを拾う。
「うかつに触ったら危険だ、離せ」
「ユカ様、まずはオレがかわりに……」
「たぶん大丈夫だから、落ち着いて。うわっ、壊れてないかしら」
表面に傷がついていないかを確認し、さっき触れた所にそっと指を置く。
再び表面が白い光を発し、あたりを白く照らす。
「ねえ、カイル。念のため聞いておくけどこの世界って本当に魔法はないよね?」
「ああ。それはお伽噺の中だけだ」
私の手の中の黒いプレートは白い光を発し、その10センチほど上にホログラムのように未知の文字を次々と浮かび上がらせていた。




