[60] 闇の中の告白
何度めかの侵入者の足音が部屋に響く。
今回は一人の足音だった。
そして足音の主はすぐ側までやってくると、立ち止まった。
私は期待と不安を胸に抱きながら、身を固くする。
少しして、頭上から一筋の光がこぼれた。
暗闇に慣れた目には、急に差し込む光は弱くてもまぶしく感じられ目を閉じた。
それでも私の名前を呼ぶ声に懸命に手を差し出す。
その手を少し冷たい大きな手が掴んだ。
「みつけた。無事でよかった」
私はその場で強く抱きしめられた。
王子の執務室からユリウスの部屋に向かう、王子と王子の侍従しか知らない秘密の通路に私はいた。
ユリウスが以前私を抱いてここを通る時に、扉のスイッチを探った場所を私は覚えていた。
ちら見だったし、見なかったにしておこうと思っていたんだけど、それに命を救われることになるなんて。
棚の横から上の方にある隙間を探ると、すぐにそれは見つかった。
棚の後ろにはレールが仕込んであり、スイッチを押してロックを押すとそれがスライドするようになっていた。
カイルが棚から手を離したので、それは自動的に音もなく閉まり、再び周囲は暗闇に閉ざされた。
「怪我はないのか」
「少しね。でもかすり傷だし血も止まったみたいだから平気。それよりバッハは大丈夫?ジャックはどうなったの?」
「バッハは傷は深いがあの身体だ、命はとりとめて手当を受けてる。ジャックの姿は見当たらない」
「ジャックがバッハを刺したの。そして私を殺すって、自分は同志なんだって、フロアから警備を移動させたり、カイルに席を外させたって。私、ここまで逃げるので精一杯で」
私はカイルにしがみつきながら必死に状況を説明をしようとするけれど、うまく言葉がでてこない。
「あいつが犯人なのは分かってる。後宮の侍女や女官達が窓越しにユカ様が襲われるのを目撃していた。ジャックらしい男が、騒ぎが大きくなる前に門から外に出たという証言がある。
今、ジャックや関係した者達を総力をあげて探させてるから」
「そっか、よかった。バッハが無事でよかった。カイルが、ここを見つけてくれてよかった」
私の目からは安堵の涙がこぼれた。
カイルはやさしく私の背を撫でてくれる。
「皆が探してる。とりあえずここを出よう」
「ごめん、まだここにいさせて。ジャックが、ジャックが裏切るなんて思ってもみなくて、私、動揺していて…外が恐い」
「わかるよ、だいじょうぶだ。もうしばらくここにいよう」
目が慣れても何も見えない暗闇の中で、カイルは私が横たわっていた場所に座った。そして膝の上に私を乗せて抱きしめる。
ずっと冷たい石の床にいた私には、カイルのぬくもりが嬉しかった。
「カイルなら、ここを、私を見つけてくれると思ってた。来てくれるって」
やさしく髪を撫でてもらうと、少しづつ心が落ち着いてくる。
探るように頬を触る手が、はらはらと落ちる涙に触れた。
その指が涙を拭おうとしていたけれど、やがて温かいものが私の頬に押し当てられた。
それは私の涙をついばむようにぬぐいとっていく。
私は何も考えたくなくて、ただ優しくそうされるがままに身を委ねていた。
何度も何度も、涙の筋にそって唇が触れる。
目の下から顎がまで塩辛さが消えるまでそれは続けられた。
気がつけば、その唇は私の唇に重ねられていた。
塩辛いキスだった
優しくゆっくりと私の唇を吸われ続けていたけれど、それがだんだんもどかしくなり自分から舌を絡めていく。
カイルは戸惑いを見せながらもすぐに応え、私たちは熱に浮かされたように、深いキスを交わした。
抱きしめるカイルの手が、私の背を、腰を探る。
私も彼の背中をぎゅうぎゅうと抱きしめ、自分の身体を押し付ける。
カイルの手が二人の間に侵入すると、私のドレスの胸元を縛るリボンを器用に解いていった。
ユリウスの前で行ったあの乱暴な行為とは正反対の、やさしい手が私の胸元を開き、そこに彼の顔が埋められた。
明るい光の中では、まだ微かに突き立てられた跡が残っているのが分る。
だけどここはお互いの顔すら見えない闇の中。
私はあの時とは全く違う、甘くて優しい刺激に溺れた。
彼の唇や舌が敏感な先端を嬲ると、私は甘い吐息を漏らした。
うっかり声を出さないように、曲げた指の背を噛み締める。
彼が腰を持ち上げ、私はカイルにまたがるように座らされていた。
胸に与えられる快感に、私の身体がのけぞり倒れそうになるのを、腰にまわされた腕が難なく支える。
そしてふいに与えられた新しい刺激に、私はこらえきれずに小さくも嬌声をあげ、石で囲まれた空間の中に響いてしまった。
胸にいたはずの指先が、いつのまにか私のドレスの中に侵入したせいだった。
「もっとユカ様の声を聞きたい」
「外に聞こえるわ」
「ここなら聞こえない。だから沢山きかせてくれ」
私がカイルの優しくも執拗な攻めから解放されたのは、散々に彼の手で翻弄され力尽きた後だった。
けだるさの中でしだれかかった彼の胸元で、額に、唇に、何度も口づけられる。
「落ち着いたか?」
「落ち着くもなにも、ええ、落ち着きました」
主導権を握られたのが悔しいなと照れ隠しに考えながら、お互いの顔が見えないのをいいことに胸に顔を埋めて指でのの字を書いてみた。
うん、見えなくもてやっぱり照れくさい。
「もう出ないといけないが、出たくないな」
「そうね。でももう出ても大丈夫。私にはまだ信じられる人達がいるから」
「ジャックのことは事故だ。あそこまで巧妙に入り込まれていたら、どれだけ注意を払っても避けられなかった」
「うん」
「好きだ」
「ん?」
突然振って来た言葉に、私はそこにあるはずの顔を見上げた。
「ここで私を待っていたユカ様を見た時は、このまま死んでも良いとさえ思った。叶わぬことだと理解している。それでも今だけは気持を押さえられなかった。愛してる。ユリウスに負けないくらいに愛している。だから私は決して裏切ったりしない。信じてくれ」
「もう信じてるわ」
「この前、ユカ様を沢山傷つけてしまったから。あの時はすまなかった」
「ううん、私こそひどい役をやらせちゃってごめん。もう一度ちゃんと謝らないとって思ってた」
「いや違う、あれは私が至らなかったばっかりにユカ様にあんな道を選ばせてしまった。辛かったし身に染みた。もう二度とあんなことはさせない。約束する」
「ありがとう」
カイルは私の手をとると、その甲を唇に押し当てた。
「ユカ様はきっと良い王妃になる。だけど生涯、私の女王はあなた一人だ。心からの愛と忠誠を」
私は彼の頬を手で探りあて、唇を寄せてそれにこたえた。
※ごめんなさい、カイルとの行為の後半あたりの際どめな表現を一部を削除しました。2.27




