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女王様とお呼びっ!  作者: 庭野はな
後宮と獅子編
59/88

[59] 裏切り

私を殺す?

これが殺意というのかはよく分からないけど、ジャックの纏う雰囲気がいつもと全く違うことは分かった。

ぶっきらぼうで、笑う時にも口だけゆがめるように笑っていたのに、今は顔中で笑顔をつくっている。


城下で襲われた時も逃げることに夢中で、ここまで恐怖を感じる暇はなかった。

矢を射られた時は一瞬のことだったし。

でも私を殺そうとする男と対峙している今は、手足が震え、この場に立っているだけでせいいっぱいだ。

ん、この間?

私の中で、パズルのピースがひとつかちりとはまった。


「私を襲った侍女が殺されてたのって、あの時ジャックが追いかけてたわよね。あの時もしかして…」


「そうですよ。しくじった時の後始末を任されていたんでね。これで切ると口封じを疑われるんで毒を使いましたけど」


既に人殺しに手を染めたことのあるジャックは、私を手にかけることに躊躇はなさそう。

どうすればいい。

私には闘う力も武器もない、逃げるのも無理なら助けを呼ばなきゃ。

あたりに目をやる私を見て、ジャックは嗤った。


「人を呼ぼうとしても無駄ですよ。夕方からこの階には警護の兵はいなくなっていますからね。業務終了の時間に合わせて特別呼集をかけられているから、問題に思う者もいない。少なくともこの部屋のまわりは無人てことです」


「ずいぶん計画的なのね」


「もう時間がないですからね。婚約が成立してしまったうえに、王子達に感づかれて色々とかぎまわられ始めましたから」


「ジャックは、ただ雇われただけ?それともあなた自身が私に恨みでもあるの?」


「喋って時間を稼いでも無駄ですよ。あなたを助けに来る者なんていないんだから。そうですね、その質問にだけは答えましょう。雇われたんじゃなく同志の一人ですよ。あなたが国をひっかきまわすことに我慢のならないね。王妃はターニャ王妃様のように優雅で気品あふれ、慈悲深い女神のような方でないと。あなたが王妃になるのでなければこんな風に思いませんでしたよ。排除しなければってね」


「あなた達がそんな風だから、神が私をよこしたんだと思うけど?だから私を殺したら神罰が下るかもよ」


「神は我らの神だ。信仰を持たないあなたが語る資格はない。神は祈る者である我らと共にある」


「そんなこと言われても、現に私がここにいるじゃない」


「そもそも異世界だなんて疑わしい。ただの変わり者な女じゃないですか。他大陸から渡ってきた女を利用して、詭弁を弄して異世界だのと言っているだけでしょう」


「ただの変人女で悪うございました。じゃあ信心深いジャックが、神に問いただして私に教えてよ、どうして私がって」


私だって、神様が目の前にいれば抗議したいことがいっぱいある。

特別な力って、結局この世界に来た時にここの言語が使えることだけだった。

ファンタジーみたいな状況なのに、ここにいるのは生身の私で魔法や超能力といった特別な力なんて無い。

命の危機なんだから何か発動してもよくない?

でも、そんなのを待ってる余裕はなかった。

自分でなんとかするしかないんだ。


私は手前の足下に落ちていたバッハの剣に飛びつき手にする。

巨漢の彼が持つ剣はひどく重い。

剣先を持ち上げるのでせいいっぱいだ。

武器を手にした私にジャックは怯むことはなく、ゆっくりと一歩一歩私との距離を詰めてきた。


「無駄ですよ。普通の剣すら扱えないあなたがそんなものは振り回せない」


「そうね、こんなことになるのが分かっていたら、剣道か柔道か合気道とか、何か習っとけばよかったわ」


見よう見まねで剣を正眼に構える。

そんな私を見てジャックが鼻で笑った。


「ほら、もう手が震えていますよ、それじゃあ1分も構えていられないでしょう」


「それ以上こっちにこないで!狙いはつけられなくても振り回せばなんとかなるかもよ」


私は後ずさるように一歩大きく足を下げ、腰を落とした。

そして、剣を横に振りかぶり、ぶんぶんと振ってみせる。

立ち止まって見ていたジャックはあきれて笑った。


「無駄ですよ。ほら、もう剣先が下がってきている」


私は悔しげにジャックをにらみ、ひときわ大きく剣を振ると、それは私の手を離れ吹っ飛んだ。

重い剣は窓ガラスを派手に割って外へ飛び出し、ガラス片をまき散らしながら、階下へ落ちていった。



「あーあ,言わんこっちゃない。せっかくの武器が、残念でしたね」


「そうね。あなたの言う通り私に剣は無理だったみたい。でも、これで下の階や後宮は気付いてくれるわね。」


私が指差すと、破れた窓の向うに見える後宮の窓から、驚いた顔の侍女や護衛がこちらを見て指し、何かを叫んでいる

さっきまで場を支配する強者の余裕をたたえていたジャックの形相が変わった。


「やっぱりあなたを甘く見てました。これでおしまいにしましょう」


ジャックはが剣を振り上げ、私は必死近くにあるものを投げつける、白い紙が舞い、本がぶつかり、ペンが当っても、ジャックは怯む事なくこちらに向かってくる。

間近にジャックの顔が見えた時、私は手に掴んでいたものを無我夢中で投げつけた。

鈍い音を立てて額にあたったインク壷は、中の黒い液体をまき散らした。

腰に剣を構え体当たりするように突っ込んできていたジャックは、インクが目に入り目標を見失い、つんのめるように私の横を抜けて後ろに並ぶ棚に倒れ込んでいった。

剣先が脇腹をかすめ痛みが走ったけど、私はジャックが起き上がる前にドアに駆け寄った。

バッハの様子を見ようと思ったけど、もう一度ジャックに詰め寄られたら避けれるとは思えない。

無事を願いながら外へ出ると、誰もいない廊下を懸命に走った。


膝までドレスをたくしあげ、靴を脱ぎ捨て絨毯の上を必死で疾走する。

角を曲がる時に、ジャックが私を追って廊下に飛び出すのが見えた。

どこに逃げればいいのか迷いながらも走り続ける。

助けを求めた人がジャックの仲間だったら、他の刺客だったらどうしよう。

私が向かう先は、一カ所しかなかった。

何度となく一緒に走り、時にはダッシュの競争もしたから彼の走る早さは知っている。

短距離の瞬発力は負けないけれど、距離が短くなると体力のあるジャックが勝る。

だから距離を詰められる前にあそこに行かなければ。

私はいくつかの角を曲がり、その先にある部屋に飛び込んだ。


見慣れた部屋を見渡すが、灯りはついているが無人だった。

ユリウスは昨日から城の外へ出かけていて、明日まで留守なのは知っていた。

カイルはまだ仕事をしている時間のはずだけど、席を外しているらしい。

でも、ここでまごまごしている暇はない。

姿を見失っても、ジャックなら私がこの部屋にくることは想像がつくだろう。

私はあたりを見回した。

早くどこか隠れなきゃ。


私が身体を抱えうずくまったと同時に、ドアが開く音がした。

弾む息を押し殺すけど、鼓動がうるさいほど高鳴ってる。


「ユカ様、ここにいるんでしょう」


こつこつと床を歩き回る音が聞こえる。


「あなたが逃げる先は馬鹿でもわかる。でもがっかりしたでしょう、ユリウス様がいなくて。カイル様も今は来客で呼び出されてるはずですよ。残念でしたね。さあ、もうあきらめて殺されてください」


物が落ち、布が引き裂かれる音がし、その度に身をすくませた。

すぐ近くで陶器が砕ける音がし、私は目をぎゅっとつむる。

ただただ、必死に身体を抱きしめ息を潜めていた。

しばらくして、部屋の中が静まりかえった。

もう行ってしまったのか、それとも私が気配をあらわすのを待っているのか。

判断がつかず、私はそのまま隠れ続ける。

それからどのくらい経過しただろう。

何時間にも長く感じたけれど、きっと5分くらいだったはず。


ようやく外が騒がしくなり、人々が行き交い怒号が飛び交う。

この部屋も何人かがなだれこんで言葉を交わし、そして出て行った。

状況が動き、執務室にはもうジャックがいないことが分かって身体の緊張を解いた。

ほっとすると、脇腹が痛んだ。

手をやると、ドレスとコルセットが破れ、何かが私の手を濡らした。

たぶん、血。

でも、傷は前に肩を切った時より浅いようだから大丈夫。

余り好きじゃない芯の入ったコルセットのお陰でかすり傷程度で済んだことに安堵した私は、血のついた手をドレスでぬぐった。

どこかで私の名を呼ぶ声がし、肩が震えた。

今は、知らない人に会いたくない。

一人で外に出て行く勇気が持てないまま、私は暗闇の中で横たわり待ち続けた。

信じられる人が、この場所に気付くまで。

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