act.1 光和41年(西暦1966年) 林ナナコ 21才 その1
11月11日、某県・畑里町
林ナナコは山間にある小さな町、畑里町で育った。
高一の時に両親を事故で亡くしてからずっと一人暮らしだ。
面倒を見てくれる親戚知人はいなかったが、事故死した両親の保険金のおかげで一人でも何とか生活出来た。
高校卒業後、専門学校へ進み魔法指導員の資格を得て、都内の私立小学校と契約、生徒達に魔法指導を行っていた。
都内へ引っ越し、魔法指導員を初めて一ヶ月後、まだ研修期間中だったナナコは、
生徒の不祥事の責任(ナナコには全く身に覚えが無かった)を押しつけられ魔法指導員をクビになる。
その後、数ヶ月、都内で職探しをしていたがうまくいかず、
生活費に余裕が無くなってきたため実家(持ち家だった)のある畑里町へ戻ってきていた。
実家に戻り三ヶ月、ナナコは新しい働き口を探すため、週二回、町役場の職安に通っていた。
四方を山に囲まれている畑里町の上空には、雨雲が低く垂れ込めていて今にも降り出しそうな気配だ。
ナナコはいつものように職を探しに町役場へ、今日はなにやら役場の奥の方がどったんばったんと騒がしい。
「引っ越しでもしてんのかな?」少し気になるが、自分には関係ないなと職安の窓口に向かう。
職安窓口の職員ミチコがナナコに気付く。
「みっちゃんおはよう、今にも降り出しそうな天気ね」「おはよう、ナナちゃん、この雲は雨を降らさない雲ね、すぐに青空が戻ってくるって」
ナナコは高校卒業後に都会に出て行ったが、ミチコはずっと地元暮らしだ、地元民の天気予報は信用出来る。
「んーっと、希望に合うお仕事まだ見つからないんだけどぉ・・」
いつもの相手と、いつもと同じをやりとりを交わすが、今日は何かおすすめがあるらしい。
「隣町の小学校に来年、魔法指導員の空きができるんだけどぉ、これダメかなぁ」
「うーん・・・例の『不祥事』のせいで、三年間魔法指導員の資格停止処分食らっているのよ、
それに小学生の相手は嫌な思い出しか無いから暫く勘弁して欲しいな」
「そっかあ、あれ、ひどい話よねぇ、ナナちゃんせっかくがんばって資格取ったのにぃ。
一番若くてキャリアの短いナナコに、責任全部押しつけられちゃったんでしょ?」
窓口の職員、ミチコはナナコの幼なじみで、昔からナナコの良い相談相手だ。
「こんな田舎町、11月にもなってそうそう条件の良い働き口なんて見つからないよ。
ご両親の事故の保険金、ほとんど学費とかで消えちゃって、蓄えももうそんなにないんでしょ?」
「そうなんだよね、そろそろなにか定職に就かなきゃって思っているんだけど・・・はあ・・・」
そして、また今日もいつものように深いため息をつくナナコだった。
役場の奥の方の騒音がさっきより大きくなる、何事かと奥に続く廊下の方を見るナナコとミチコ。
その奥の方から役場の助役が廊下をばたばたと走ってくる。
「ああ!ちょうど良かった!林さん、こっちこっち、ちょっと力を貸して!」
「え?」突然名指しされて驚くナナコ。「いや私、力仕事は・・・」
引っ越しの手伝いならお断りだよと、後ずさるナナコだったが。
「そうじゃないんです、魔法が・・・、宿直室でなんかこう、
魔法みたいのが吹き荒れていて、とても手に負えのです!」
「魔法?」
言われた現象に思いあたる節があったので、ナナコは助役さんと共に、役場の奥にある宿直室へ。
宿直室に近づくにつれ、物がぶつかったり壊れる音が大きくなり、魔力の波動がびんびんに伝わってくる。
宿直室に着き、出入り口から中をのぞくと、部屋中の本棚やタンスがひっくり返され、床に本や食器類が散乱している。
「ここどこ-?!おうちどこ-?おうちに帰りたいよ-!!」
その部屋の真ん中では小さな女の子が泣き叫んでいる。
「あの子は5,6才くらいか・・・、それにしてもすごい魔力量ね」少しあきれ気味のナナコだ。
「何とかなりませんかねえ、林さん」ほとほとに困り果てている助役さん。
「ああ、魔力量の多い子は、時々体内に蓄えられている魔力のコントロールが出来なくなるんです。
それで、感情が高まると一気に放出しちゃうことがあるんですよ」
助役さんに丁寧に説明するナナコ、「『魔力暴走』と言うんですが、この現象はそれですね」
ナナコ、助役に解説したあと、泣き叫ぶ女の子に向かって静かに左手を前に差し出す。
「じゃあ、今から放出された魔力を中和しますね」
ナナコが前方につきだした左手から静かに魔力の波動が広がり、宿直室全体に広がる。
すると、暴れるように宙を舞っていた食器や本棚が静かに動きを止めて、床に落下し始める。
荒れ狂っていた魔力の放出も収まり、やがて『魔力暴走』は収束した。
ナナコ、一息ついて「暴走していた魔力は中和しました」
吹き荒れていた魔力が収まり静かになる。
「次はあの子の魔力がこれ以上、外にあふれ出ないように、
あの子の魂を保護している魔力の外側を、私の魔力で包み込んで安定させます」
ナナコ、自分の魔力を少女に流し込んで、
少女の体内の魔力をナナコの魔力で包み込むが、その際、女の子の魔力に何か違和感を感じる。
「(アレ?この子の魂を保護している魔力に、なんか変な「へこみ」がある・・・)」
女の子はまだ泣き叫んでいるが、魔力暴走は完全に収まった。
「あの、わたし魔法を教えたり、人の体内にある魔力の状態を読み取ることは出来るんですけど、
魔法自体はあんまし得意じゃないんです。だから、これは一時的な処置です、
あの子の魔力を安定させるために私の魔力を注ぎ込みましたが、
そのうち、吸収されてあの子の魔力に同化しちゃいますから、
そうしたらまた、何かのきっかけで魔力暴走が起きると思われます」
「ええっ!ではまたそのうち、アレが起こると?」助役、顔が真っ青に。
「困ります!そんな危なっかしい子を、一体どこで面倒見れば・・・」助役の慌てぶりに、えっ?となるナナコ。
「この子、ひょっとして迷子か何か?」
ナナコ、あらためて部屋の中にいる少女を観察してみると、
こんな山の中の田舎町の子にしては服装が垢抜けていて、
いや、都会でもなかなか見ない上質の服を着ているように見える。
ひょっとしてかなり良いとこのお嬢さんじゃ無いかと思い、助役さんに尋ねる。
「あの子の保護者とかに連絡は・・・?」
助役の話によると、この少女は町内の農道を歩いているところを保護された迷子で、
本人に尋ねたところ、名前は「池上ユミカ」年齢は6才、住所も尋ねてみたが、引っ越したばかりでわからない、
引っ越し前の住所も思い出せないとのこと。
両親の名前を尋ねたところ、暫く押し黙ったあとにあの魔力暴走が起きたと。
かろうじて判明している本人の名前から家族を見つけられないか、これから警察庁を通して、近県の警察、役所に問い合わせるところだという。
「そういうことなので・・・」と、申し訳なさそうな助役さん。
「さすがに魔力暴走を起こすような子を町の施設で預かるのはちょっと・・・」
助役の態度にナナコ、嫌な予感がする。
「両親か、引き取り手が見つかるまで林さんのお宅で預かってはもらえませんでしょうか」
「ウチで、ですか!?」
「他に安全に保護できるところが今ちょっと思いつかないんです、申し訳ない、おねがいします」
助役さん深く頭を下げてお願いする。
「困ります!私、一人暮らしだし、こんな幼い子供の面倒なんか見たことないし、
だいたい、今ウチにそんな余裕ありません!わたし今、無職で収入が無いんですよ!
このままじゃ年を越せるかどうかもわからないんです!」今それどころじゃ無いと訴えるナナコ。
「そんなこと言わずに、この子の保護者、すぐに見つけますから、長くても2,3日だけです・・・お願いしますよ」頭を下げる助役さん。
そこまでお願いされては無下にも出来ず、
「・・・仕方ないです、保護者が見つかるまでの間だけですよ、だから早く見つけて引き取って貰ってくださいよ!」
ナナコ、仕方なく引き受けると、助役さん、ころっと笑顔に、「いやあ、助かります!」
「はあ・・・」やれやれとため息をつくナナコ。
結局、今日も仕事は見つからず、代わりに迷子を預かって面倒見ることになってしまったナナコだった。
町役場を出て、まだぐずっているユミカと手を繋ぎ、今にも降り出しそうな曇り空の中、帰宅することになった。




