駆け引きは引き際が肝心
「あぁもうフィネラちゃん! 目の前ぐるぐるするのおしまい! もう分かったから、目で追っちゃうから。あたしの可愛いお手々が出ちゃうから!」
シャテルが二人を追い出すと思っているのか、妖精は彼女の前をひたすら飛び回っている。言葉で窘めてはいるものの、シャテルの両手は獲物に飛び掛からんとウズウズしていた。ちょっと分かるぞ、その気持ち。
目の前の惨状はさておき、フィンシスは己の思考と、ついでにこの場を整理しようとユウリに問いかけた。
「ユウリよぉ、あれ何だったんだ? あの黒いモヤモヤ」
「そもそも、あたしたちとエレン以外誰もいなかったじゃん。お化けでも見えるっての?」
「見えるぞ、お化け。俺もこいつも」
「一緒にしないでほしいんだがね……」
「霊感商法ならお断りだよ。」
悲しきかな、フィンシスから見えていたあの靄は、やはり霊の類だったらしい。めでたく奇人の仲間入りというわけだ。とはいえ、ユウリと同族扱いは流石に遠慮したい。見えている物も少しばかり違うようだし、他所の問題に首を突っ込むほどフィンシスは仕事熱心でもないのだ。
「仕方ねぇな。帰るぞ、ユウリ」
「は? おいフィンシス、ちょっと──」
「行った行った! もううちのフィネラちゃんを誑かさないでよー」
なおも食い下がるユウリを半ば引きずるようにして、フィンシスは入り口へと向かう。銀の妖精から向けられる、どこか悲しげな視線を振り切って、二人は建屋を立ち去った。
建屋を出るやいなや、ユウリはフィンシスから距離をとって睨みつけてきた。お手本のようなジト目。見事なまでに「不満」の二文字が顔に貼り付いている。
「…………言い訳を聞こうじゃないか」
「別に怒られるような事はしてねぇだろうが」
「いいや、俺を怒らせた。俺は今ご立腹だ」
「さてはあんまし怒ってねぇな?」
「うん」
気の抜けた返答をしながらも、ユウリのこちらを見る目は先ほどから変わっていない。怒ってはいないが不満ではある、といった感じか。案ずるなユウリよ、言い訳はちゃんとある。フィンシスとて、何の考えもなく素直に引き下がったわけではないのだ。
「あんな警戒心剥き出しの相手に、正面切って立ち向かっていいはずがねぇ。お宅の娘さんには霊が取り憑いています! なんて、信用される訳ないだろう?」
フィンシスの『言い訳』を聞いた途端、ユウリの目がわずかに見開いた。
「お前………ただの考えなしじゃなかったんだな。感心したぞ、ちょっとだけ」
「今までも散々考えてやってたはずなんだがなぁ!?」
「穏便に済むなら面倒も少ないものな。強制執行もやぶさかではないが」
「人の話聞いてんのかおい」
今までの世話焼きをばっさり切り捨てるのはやめてほしい。あと物騒な単語を出すのも。
「とは言え、俺も算段ずくで動いたわけじゃねぇけどな。聞き込みにいくなら……周りの工房辺りか?」
「そういう手を採るなら、もっといい場所があるぞ」
「一体どこなんだ?」
「墓場。餅は餅屋、死者は葬儀屋。街のことは街の人間に任せるのが一番だ。俺が出しゃばる話でもない。何で今まで思いつかなかったんだろうな? 」
先ほどの真面目そうな雰囲気から一転、荷が下りたと言わんばかりに清々しい顔をしてユウリは歩き出した。
「俺が言うのも何だけどよ、お前はそれでいいのか?」
「当然だ。長居できるわけでもなし、面倒事は引き受けないに限る」
「それは……そうだな」
「俺が首を突っ込もうとしたのも、放置する方が手間だっただけだ。別に、妖精を追いかけてて気分が浮ついたとかではないからな」
「分かった、分かったから」
ユウリの考えも筋は通っている。リヴィークで送ったディニスとは違い、かの幽霊殿には工房も、家族もいるのだ。埋葬してはい終わり、とは行かないだろうことはフィンシスにも想像がついた。余計な一言を言わなければ格好もついていたものを。
「で、墓場はどっちなんだ?」
「お前も考えなしじゃねぇか!」
TIPS18:鍛造区〈黒金溶鉄通り〉
バルアムの西側に位置する、職人と鍛冶妖精が集う製造区画。各種工房の他、鉱区の卸場も存在している。
金属製品の修理は本来バザールの職人の生業である。鍛造区に直接持ち込んでも、断られる可能性が高い。紹介でもあれば、話は変わるだろうが。




