市場街での朝食
「ハバネーニャサンドを1つ、シービーの腿肉と朝ネギを挟んでくれ。あぁ、パウダーは2倍で、チップは弾むさ、当然だろ?」
黒い毛並み、大柄な体躯の獣人の青年が、慣れた様子で露店の料理人と会話していた。
旅人や商人、冒険者達の行き交う中継都市リヴィーク。
その一角、焼きたてのパン、屠畜間もない新鮮な生肉、東方の香辛料、その他食欲をそそる露店料理が立ち並ぶマルデ市場街の露店通り。獣人の青年フィンシスは、つい先日知り合った少年を伴ってそこを訪れていた。
ユウリと名乗ったその少年は、数年がかりの「大仕事」を片付けた折、ヘマをして死にかけていたフィンシスを拾ってくれた、要するに命の恩人である。この街に来たのは初めてだと零していたのを耳にして、朝食がてら市場街を案内しようと申し出たのだ。
「ここの店は注文が入ってから肉を焼いてくれるから何時でも出来たてが食べられるんだ、まぁちょっとばかし時間はかかるけどな!」
「そうなのか」
言葉少なに、もはや上の空同然で返事をしながら、少年はそわそわと周囲に視線を巡らせていた。平静を装ってはいるものの、活気ある市場の様子に興味を惹かれているのが丸わかりだ。随分と年若いように見えるし、このような商業都市そのものが初めてなのだろう。客引きや悪徳商人に引っかからぬよう、先達として導いてやらねばと、フィンシスは心に決めた。
「あんたは何が食べたい?」
フィンシスが尋ねるも、ユウリは中々答えない。屋台を順々に眺めては、首を傾げたり、目を細めたり、唸ったり、見慣れぬ料理ばかりで決めあぐねているらしい。
「串焼きはどうだ?ムートの腹肉が柔らかくて絶品なんだ」
「うん」
「東瓜と丸穂のスープも人気だぞ?身体が温まるんだ」
「へぇ」
「食欲がないならモカは飲めるか?目が冴えるって評判だぜ」
「そう」
何て話し甲斐のない男なんだ、こいつは。フィンシスは思わず内心毒づいたが、それはさておき。
ユウリは返事こそ軽かったものの、話を聞き流していいるようにも見えない。彼の食欲を刺激する料理が無かったか、あるいは……
「食えそうな物が無かったか?苦手な食べ物があったら悪かったな」
「……苦手と言うよりも、食べた事のない物が多すぎて、正直判断がつかない」
しかし、フィンシスの予想はことごとく外れてしまった。特段珍味やゲテモノの類を勧めたつもりはないが、彼の知識はなかなかに偏っているらしい。もしや、フィンシスでもお目にかかれないような高級食材しか食べた事がない、とでもいうのだろうか?
フィンシスが困惑している間に、ユウリはようやく馴染みのある料理を見つけたようだ。
「あれはよく食べていた、はずだ」
そう言ってユウリが指さしたのは、灰大麦のポリッジを売る店だった。ポリッジ、麦を乳でドロドロになるまで煮こんだ、庶民の食卓を代表するような料理である。どうやら生粋のお坊ちゃまという訳でもなさそうだ。
「教会でよく出されていた粥もあんな感じだった」
「あんた教会育ちだったのか、孤児とかか?」
「いや、生まれも育ちも別の場所。ただ、訪れた街では教会に寄るようにしているだけだ」
「つまり、教会巡りが旅の目的なのか?」
「いや、教会に行けば物資を分けてもらえるからな」
それなりの年月旅を続けてきたフィンシスだが、そのような話は聞いたことがない。教会が、紛争孤児や病人を受け入れているというのは知っている。しかし、無辜の旅人に物資を分け与えるというのは、いささか親切が過ぎるのではないだろうか。もしや、ユウリは教会の好意につけ込んで……
「タカっているんじゃないだろうな!?」
「むしろあちらから嬉々として渡してくる。おかげで荷物が嵩んでしかたがない」
フィンシスは今度こそ理解を放棄した。陰気臭い教会の連中が喜んで物資を用意するのも、ユウリがさも当然とばかりに語るさまも、フィンシスの常識の範疇を明後日の方向に逸脱していた。きっとユウリには何かしら哀れまれるような事情でもあるのだろう、まったくもって分からないが。
結局ユウリは何を食べるか決めあぐねた挙句、フィンシスに便乗してハバネーニャサンドを注文した。ちなみに、ユウリの注文を待っている間にフィンシスのサンドイッチは完全に冷めてしまった。
「しれっと会計まで俺に任せやがって……なんか言えよ」
「………………辛い」
香辛料をふんだんに使ったサンドイッチは、どうやらユウリの舌には刺激が強すぎたらしい。が、目尻に涙を浮かべながらも食べ進めるあたり、若いながらなかなかどうして根性がある。謎の多すぎる少年を横目に、フィンシスも冷めて固くなった自身の朝食へとかぶりついた。
TIPS01:ポリッジ
魔界全土に分布する灰大麦を、二角牛の乳で煮詰めた粥。庶民の間で広く食されているが、賓客に供するにはいささか俗な食べ物とされる。
糊状になるまで煮詰めるのが一般的だが、多少粒感が残っている方が美味しいらしい。――ユウリ談。




