春
# 第一話 春
中学三年の春。
クラス替えの日。
廊下には、
張り出されたクラス表を囲む人だかりができていた。
「うわ、また一緒だ!」
「最悪なんだけど!」
朝から騒がしい声が飛び交う。
その少し後ろで、
ゆうまはぼんやりとクラス表を見上げていた。
『三組 西條 悠真』
自分の名前を見つける。
その隣に並んでいた名前。
『高瀬 まさき』
知らない名前だった。
「……三組か。」
小さく呟いて、
新しい教室へ向かう。
---
教室の空気は、
どこか落ち着かなかった。
まだ固まっていないグループ。
探り合うみたいな会話。
様子をうかがう笑い声。
春独特の、
少し浮ついた空気。
ゆうまは窓側の後ろの席へ座り、
机へ頬杖をつく。
窓から入る風が、
カーテンをゆっくり揺らしていた。
その時。
斜め前の席に座っていた男子が、
ふと振り返る。
目が合った。
一瞬だけ。
でも。
なぜか、
胸がざわついた。
初めて見る顔のはずなのに。
懐かしい。
どこかで会ったことがあるような。
そんな不思議な感覚。
相手も少し驚いた顔をしていた。
沈黙。
先に口を開いたのは、
ゆうまだった。
「……なんか、
会ったことある?」
男子は数秒きょとんとしたあと、
小さく笑った。
「俺も思った。」
柔らかい声だった。
「高瀬まさき。」
「あ、西條ゆうま。」
軽く会釈する。
それだけ。
本当に、
ただそれだけの会話。
なのに。
その日一日、
ゆうまは何度もまさきを目で追ってしまった。
授業中。
先生の話を聞きながら、
前の席を見る。
ノートを書く手。
眠そうに窓の外を見る横顔。
友達に話しかけられて笑う顔。
なんとなく気になった。
理由は、
自分でもわからなかった。
---
数日後。
給食の時間。
「それ苦手?」
突然、
声をかけられる。
顔を上げると、
まさきが立っていた。
ゆうまはスプーンを止める。
皿の端に、
きれいに避けられたグリーンピース。
「ん。」
「子どもじゃん。」
「うるさ。」
まさきが笑う。
「めっちゃ避けてる。」
「だって食感無理。」
「普通に美味いだろ。」
「いや無理。」
するとまさきは、
ゆうまの皿からグリーンピースをすくった。
「はい、解決。」
「え。」
「食べてあげた。」
「……なにそれ。」
まさきは楽しそうに笑う。
その笑い方を見ると、
なぜか安心した。
「高瀬ー。」
後ろから友達に呼ばれる。
「お前牛乳いる?」
「あ、飲む。」
まさきは振り返って返事をする。
その自然なやり取りを見ながら、
ゆうまはぼんやり思った。
まさきって、
誰とでも普通に話すんだな。
でも。
なぜか、
自分には少し距離が近い気がした。
「ゆうま?」
「……ん?」
「聞いてる?」
「あー、ごめん。」
「なにぼーっとしてんの。」
笑いながら言う声が近い。
その距離感に、
また胸がざわつく。
---
それから、
二人は少しずつ一緒にいるようになった。
移動教室。
昼休み。
帰る前の短い時間。
話す内容は、
本当にどうでもいいことばかりだった。
好きなゲーム。
最近見た動画。
苦手な先生。
そんな、
誰にでもある日常。
でも、
ゆうまにとっては、
少し特別だった。
気づけば、
まさきを探している。
朝、
教室へ入った時。
昼休み。
放課後。
無意識に、
姿を目で追ってしまう。
そんな自分に、
少し戸惑っていた。
---
五月に入った頃。
放課後の教室。
クラスメイトたちは、
ほとんど帰っていた。
窓の外から、
運動部の掛け声が聞こえる。
オレンジ色の夕日が、
机を長く照らしていた。
まさきは数学のワークを開きながら、
深いため息をつく。
「終わんね……。」
「珍しく真面目じゃん。」
「受験生なんで。」
「えら。」
ゆうまは前の席を後ろ向きにして、
まさきの前に座った。
カタン、
と小さく椅子が鳴る。
沈黙。
でも、
気まずくない。
むしろ、
その静けさが落ち着いた。
「ゆうまってさ。」
まさきがペンを止める。
「なに。」
「一緒にいて楽。」
ゆうまの動きが止まる。
「……急になに。」
「いや、なんとなく。」
照れたみたいに、
まさきが笑った。
その瞬間。
胸の奥が、
少しだけ苦しくなる。
うまく息ができない感じ。
でも、
嫌じゃなかった。
むしろ、
もっと聞いていたかった。
「まさきって、
変なこと普通に言うよな。」
「そう?」
「無自覚?」
「なにが。」
「……別に。」
ゆうまは視線を逸らした。
窓の外を見る。
夕焼けが、
やけに眩しかった。
その時、
ゆうまはまだ知らなかった。
この出会いが、
何年経っても忘れられないものになることを。




