25 仮進級 ありがとう
北の大門を駆け抜ける。
「人使い荒いよ!」
ゼフィロスが笑い出す。緊張しすぎて一本線が切れた調子だ。絡みつく夜を割いて駆ける。門の先は干渉地の野っ原が暫く。羊の放牧に使う囲いや番人小屋を横目に見上げれば空に黒々と影。騎竜の脚が地を打つ衝撃が続く。
「大気の塊で天井を作れ。押さえ込め!落とすなよ!」
人使いが荒い?使ってなんぼじゃ。神の加護がどれほどの距離で使用できるかは分からぬが近い方が良かろう。騎竜が駆ける。影を追う。整備された大街道、夜半に行く竜車も人も無い。騎竜を駆けさせているからだけでなく風が出て来た。横からの海からの風。潮の香。雲が行く。月が―――蒼の月が射した。
月の船。月影に煌くは波立つ水面のよう。
(水。水の船。水の加護……)
帆の無い平底船の形をして船底だけがより濃く暗いのはその船荷の所為か。
「何処まで追うんだ?」
「もう暫く!」
じわり。
月の船の速度が落ちている気がする。
じわり。
間違いない。高度が落ちている。舳先に立つ人影が見える。風に翻る外套が旗のように舞う。パラスか。神の加護、水の加護の力であの船を維持し動かしている。
じわり。
騎竜が小さな起伏を登って下るを繰り返す。蒼の陰降る。視界ぎりぎりの先がのっぺりとした闇になっているのに気付いた。区画されている。きっと隣村の麦の畑だ。このままでは隣村まで駆け抜けてしまう。パラスの側は東に見える黒々とした森に舵を切りたい筈だ。街道が左手の海から離れてゆく。
じわり。
並んだ。背を守る体温と息遣い。最早船上の顔かたちが見える距離。ゼフィロスは天井を作るだけではなく、見えない右手を伸ばす様にして月の船を曳きよせているのだ。月の船が、パラスが抗う。
「逃がすな!ゼフィロス!」
ゼフィロスがレレクスの腕の中で身を捩った。締めた腿だけで身体を支える。握った左手を真っ直ぐに突き出す。月の船に。左手の親指の先は真っ直ぐに舳先の男。意外に穏やかで優しくさえある茫洋とした表情のまま、頭をレレクスの腕に預ける程に倒す。弓の構え。右袖がはためく。震えるほどに込められた力で引き絞られた見えない弓。無い筈の右腕で大弓につがえた矢が、鞭のように撓る筋肉が、月の男神の幻。いや、確かに見えた。今この世界は斯くある。弓が撓る。蒼の月煌々と。
放った。
見えない矢羽根が空を切る音、一瞬の後にくぐもった叫びがした。月の男神が放った矢がパラスに刺さったのだ。人影が崩れる。それが蹲ったと同時に月の船は船の形をとるのを止めた。上空にあったものが進んでいた方向に桶の水をぶちまけたように撒き散らされる。一時の豪雨程の水が降る。驚愕と恐怖の悲鳴が響くか響かぬかでくぐもった音が次々と上がる。荷であった人々が大地に引き戻されたのだ。高さは既に二階か三階ほど。命に関わることにならぬのを願う。アタシ達は随分先まで行き過ぎてから踵を返した。
野っ原に呻き声と泣き声が上がっている。
「加護持ちだぞ!」
容易に近づくなとのレレクスの制止を振り切ってゼフィロスが騎竜を降りていた。散乱する濡れそぼった人と物の中からゼフィロスは外套の男を見つけ出していた。肩口を押えている。アタシも見た事のある男、パラス。
「アタシも行く」
ディオを振り返る。ゼフィロスがやり過ぎてしまいそうだ。
「待てよ、危ねえっ……!!!!」
ディオがアタシを止め損ねたのはアタシの長衣の裾が腰まで上がっていたからだ。おっと、失礼。だって鞍を跨ぐのに裾が邪魔だったんだもん。「っっっ!!?」騎竜を飛び降りたアタシをディオは追って来ずに、鞍に収まったままだ。
近付いて行くとやはりゼフィロスはパラスを大気の塊で押さえ込んでいた。パラスが苦悶の表情で手足を捩るのをゼフィロスはただ見ていた。
「死なせたら聞けないぞ」
ゼフィロスの上着の裾を引く。窒息させては話すことが出来ない。神の加護も無いのについてきたのはこの役目があるから。ハッとしてアタシを見た困った顔はいつものゼフィロスのようだった。加護の力が解けた。パラスが地に伏したまま荒い息を繰り返す。
「……それは困るね」
相手に神の加護の力を使わせないように出来るか聞けば、
「酷く痛かったり苦しかったりすると難しいよ」
と言う。ふむ。ゼフィロスが言った。
「この間のアレで良いんじゃない?」
そう言う間に、辺りから一斉に蛇が鎌首をもたげて飛び掛かってくる。水の蛇。「風の加護などっ!」元は月の船だった辺り一面に撒き散らされた水が蛇の形をとったのだ。
「!!!」
アタシ達が身構える間もなく、蛇は断末魔の叫びと共に水に戻った。
「真空乾燥って言うんだっけ?」
パラスの右手、肘から下が見る間に干からびてゆく。爪が爆ぜる。パラスは叫び続けていた。のたうち回りながら自分の右手を引っ掴んで投げ捨てようとするが、それに触れることも出来ない。ゼフィロスがその空間を切り離して部分的に空気を抜いているからだ。急速に。密閉状態で空気を抜く。圧を下げると液体は沸点が下がる。常温で水分が蒸発する位に。肌が保有する水分も、それが割れて滲む体液も血も沸騰して蒸発する。施療院は薬院で生薬類の乾燥に加護を使えまいかと試した奴だ。
「これで大丈夫じゃない?」
大丈夫、とは?真空暴露に近い状態だろうか。痛い、よな。ショック死しかねない。これ、やっちゃダメな奴かも。少々倫理について話し合った方が良さそうだ。ゼフィロスがパラスに歩み寄る。ケタケタと笑い声をあげそうな顔。
「ひっ!」
もう声にならない。
「ねえ」
叫びと涙と涎でぐちゃぐちゃの顔のままパラスが僅かでもゼフィロスから距離をとろうと手足をばたつかせる。
ゼフィロスがパラスに聞いた。
「ねえ、緑の地ってそんなにいい所なの?」
殺されると思っていたのだろう。虚をつかれた表情でパラスはゼフィロスを見返す。
「そこに行ったら幸せになれるの?」
ゼフィロスの母が行った場所。そこへ行きさえすれば全ての人が等しく幸せになる。貴族も奴隷も男も女も。飢えず病まず苦痛も悲嘆もないところ。そうではないこの場所でアタシ達はいつも考えてる。何でこんな事になったんだろう。何がいけなかったんだろう。本当はどうすればよかったのだろうって。
「幸せに……」
後は言葉にならなくて。その顛末は聞かずとも緑の地へ渡った人達が夢のような暮らしをしてはいないのをアタシ達はもう知っている。だけど、そんなもんで、あったことは無かった事にはならないのだ。新しいものを手に入れることは出来ても、失ったものを取り返すことは出来ない。ゼフィロスのこれまでが嗚咽になって漏れた。アタシは喋ることが出来なくなったゼフィロスに代わって言った。
「神の愛にも深浅があるようだぜ」
ゼフィロスとパラスの事じゃない。アタシが本当に憤り、絶望する思いでいるのはこんな小悪党の所為じゃない。そしてそれは悪意ですらない。
「利用してたのはお前の方じゃないぞ。一個も罪を犯してない奴が居るだろう」
あの愕然とした表情が忘れられない。
膝丈ほどの草が茂る野っ原のあちこちに泣き、嘆き、呻く人たちが居た。蒼の夜。月に星。いつの間にか雲は薄く棚引いていた。パラスの仲間だろう男二人はパラスがゼフィロスに締め上げられるのを見て逃げた。こちらは加護持ちではなかったらしい。一人はレレクスに捕まって、一人は何も持たずに逃げた。人声。南から複数の声がする。漸く西都から追手が来たのだ。アタシは泣いている人の中に見知った顔を見つけた。
「怪我してないか、レーナ?」
レーナは撒き散らされた水のぬかるみと、なぎ倒された草の中にへたり込んで空を見上げていた。ゆっくりとアタシに向き直る。
「どうして?どうして!私は幸せになるんだから!幸せになれる所に行くんだから!」
それはここで泣いている人達の全員の声だった。アタシも。アタシもそうしてしまいたいんだよ。
「どうして邪魔するのよ!止めないでよ!」
泣きじゃくる。でも、もう皆それがまやかしだと解っていた。パラスの醜態だけでなく。船を降りることが出来なかっただけだ。
「入場料がかかる幸せの地なんかろくなもんじゃねえ」
多分そこへは自分の足で行くんだよ、レーナ。これは後で聞いたけれど、「すぐに迎えに行く」と約束したレーナの家族は彼女が身売りした後、跡継ぎに嫁を迎えて暮らしていたそうだ。式を挙げ、嫁に子が出来、親を送りとしていれば「すぐ」は永遠に来ない。その頃既に仕送りは受け取るのに手紙は間遠になっていたのだそうだ。
追いついた追捕使達が草むらに分け入って一人一人を地面から引きはがしてゆく。レレクスがこちらだと声をあげている。見知った顔はレーナのほかにもあって、
「クロノ!クロノでしょう!ここよ!」
アタシが苦々しい顔でそれを聞かぬようにしているのを見てレーナは口を噤んだ。アタシと同じ髪色の母さんの声を。「アンタに何が分かるのよ!」は言わなかった。アタシを残して母さんが月の船に乗る事を選んだと思ったのだろう。現実はもうちょっと残念で、アタシの名前で金を借りてだったと知ったら何と言うだろうな。アタシは母さんの腕の中で弟が泣き声をあげているのに安堵して、
(連れて行こうとしたんだな)
同時にどこかで舌打ちしていた。
追捕使にパラスを預けたゼフィロスが歩いてきてアタシの頭に触れる。ゼフィロスはきっと西都まで来た目的を果たしたのだろう。こんな騒動の最中なのにどこかすっきりとした表情だった。顔が良いのは前からだけど、もう男神のようには見えない。
「ディオは騎竜に乗ったまま動かないけど、怖がらせちゃったかな?」
そんな気弱さは神様には相応しくないだろう。それとな、理由はそれと違うんだな。誤解は解いておくべきか。
「あー、ディオはさ、アタシが密着してた所為でちょっと勇者召喚しちゃったんだわ。動けないだけ」
ゼフィロスとレーナは一瞬きょとんとして、意味が分かった瞬間噴き出した。
「対処法を教えてあげてよ、ゼフィロス」
ノーパンだから生ケツ押し付けてたんだよね。セクハラ?疑問形要らないって?「……勇者」「勇ましい……」変なツボに入ったけれど、この状況では不謹慎すぎて笑えないでいたのに
「こらー!お前ら何か笑ってるだろ!」
なんてディオが声をかけて来るものだから、もうダメだった。
「こんなクソガキ相手にって…ぅフっ」
「……そういうんじゃない時もあるけど、クロノが教えてあげるのは不憫すぎ」
下を向いたまま耐えていたが、ムリ。変な笑い声が漏れてしまう。「クソーっ!」追い打ちが来た。「あ、ダメ、お腹痛い」「涙出ちゃう」大笑いしているアタシ達を追捕使たちが不思議そうに見ていた。ああ、こんな日はたくさん笑って、
「帰ろう」
それから前に進もう。
後始末は明るくなってからだった。怪我人は施療院へ運ばれて手当を受けた。高度が然程なかった所為か墜落死した者は居なかった。せいぜい骨折程度だな。街道市で死んでいた三人は事故だったのかもしれないとも思う。パラスともう一人は捕縛されたが、神の加護がある所為であの後も手を焼かせたそう。そこそこで処刑されたと聞く。罪状は殺人でも内乱罪でもなく公務執行妨害。喋れる奴がまだ居るから問題ないだろうって事らしい。今回失踪していた者たちは全員西都に連れ戻されたことになる。元居た場所に帰った者も、帰れずに違う暮らしを始める者もいた。緑の地とはテーベの鉱山だったらしい。
港の包囲作戦は無駄に終わったけれども、市政官邸は孫であるアステアスが自らの護衛を遣わしてパラスと失踪者を確保したことで面目を保った。巷ではトロイ家は次代も安泰だとの噂が流れている。どういう訳かトロイ家は三男、街道衛士リビュートが地味に捜査を続けていた事実は一切認知されていない。
ラミアーは西都を放追された。それを聞いたのはクラテスからだ。施療院は研究棟の院長室、クラテスの根城で。あの追跡劇でアタシとディオは内股が傷だらけで腫れあがり大変だったのだ。薬師のメリナに「女の子なのに!」メッチャ叱られ薬を塗りたくられて包帯を巻かれた。暫く包帯を替えに施療院へ通う事になったのだ。クラテスの所に顔を出したのはそのついで。因みにアタシ達と同じく急に騎乗する事になったレレクスは常から騎竜袴だし、ゼフィロスは「痛いの嫌だから空気で覆ってさ」神の加護を使いこなしていたらしい。
久しぶりになった院長室はまた埃になっていて「ご飯ちゃんと食べてるんでしょうね?」ボランティアで軽く掃除とお片付けだ。日差しに埃が舞うのが見えるような麗らかな昼下がりで、アタシに邪魔にされたクラテスは長椅子の上で「この培養地と言うのは!」以前と変わらぬ調子。
「ゼフィロスはメリナに預けるよ。クラテス様じゃ吐くからね」
色々バレるからな。そのために薬院で役立つ加護の使い方を教えた。
「変わった加護の使い方をするそうじゃないか」
風の加護と言えば風を起こすものだ。戦場で嵐ほどの風を敵に叩きつけたり矢を放ったり。平時は風車を回す、帆船を走らす、火の加護持ちと組んで炎をコントロールする、そういう使い方をされてきた。不親切な神様は神の加護は与えても取説は付けてくれなかったからね。まあ窒息や伝声や乾燥に使うのは想定外よな。でも、クラテスが興味を示すのはゼフィロスでは無くて「前」世科学知識の方でしょ、きっと。
「神も思いつかぬような使い方だな。詳しく聞かせてもらうぞ」
ほらね。執務机の書類を寄せて水拭き。新たな加護の使用法は医療の向上に限ればアタシも望むところだ。協力も吝かではございません。金はとる契約だしね。むふふ。
「アタシに用事がある時にはさ、竜車を迎えに寄こしてくれると有難いですね。研究棟に乗りつけますんで」
それは市政官邸の威を借るという事ではない。
「ああ、クロノの母は施療院で働くことになったのだったな」
流石ミネルヴァ、アタシの発言の意図を汲んでくれた。
アタシの母さんはアタシの名前で金を借りたつもりだったが、アタシは市政官邸のものになっていた。エリトゥラ商会に支払った分は戻ったが、ティタ家に売る事で値上がりした分と今回アタシの給与の前借をした分の借金は残った。つまりティタ家に借金を抱える形になったのだ。住んでいた長屋は引き払っていたから施療院の住込みの下働きとして返済してゆくのだそう。父さんとはアタシもあれきりだけど、連絡がつかないらしい。だから母さんはそれを一人で返してゆかねばならない。どうなる事やらと溜息も出る。何事もざまぁで終われば簡単なのだが、現実はそうではないのをアタシは「前」から知っている。
「あの紫の女、どこかアタシの母さんに似てたんだよな。姿形って事じゃなくてさ」
それは相手がクラテスだから言ってしまったのかもしれない。隠しても無駄だから。
クラテスの話ではラミアーは神の加護を、予言の加護を利用されただけの存在で、それを利用していたパラスこそ悪であると断定されたそうだ。ラミアーはその追従者たちと共に拘留を解かれた後、そのまま西都の南門を出た。長く拘留されていた事でそれ以上の関わりを恐れたのか、付き従うものは僅かだったらしい。糧食や路銀をこっそりと渡す者が幾らかあっただけで、西都の民は声をかけるでもなく、石で追う訳でもなく、門を潜る予言の巫女をただ見送った。西都に背を向けたラミアーはやはりこの世のものではない程に美しかったのだと言う。クラテスに聞いた。
「クラテス様は全てを見通す眼の加護であの女が何故テーベを出たのか、何故南へ向かうのかを視て来たんだろう?」
クラテスは遠くを思い返す様にして言った。
「あれは……神の加護で未来を視て、視たそのままに行動しているだけだろう」
「……アタシにもそう見えたよ」
パラスはラミアーを利用した気でいたのかもしれないが、ラミアーにとってはパラスが何をしようが何の関わりも無かった。パラスがどのようにしてラミアーを食わせているのかも、この後パラスがどうなるのかも、何も。それはそうなる様に定められたことだから。迷わない。嘆かない。苦しまない。間違わない。全ては定められた通りになるだけ。多分ラミア―は自らの行いが他人にどう影響するのかなど考えない。どんな結果を招くのか想像したりはしない。
―――無思考。
余計なものは一切なくて、ただ純粋で、真っ直ぐで確信ある姿は美しく輝く。
一方のアタシは偉そうな事を言ったけど、緑の地を目指した人たちと何も変わらない。此処じゃない何処かに自分の分の幸せがあると願っていた人達と。ただアタシは金を払ってパラスのような男に付いて行くのでは実現性が薄いと知っていただけだ。いつだって苦しくて、見っともない程に惑い、狼狽え、間違ってばかりいる。アタシは物語の聖女なら絶対に言わない台詞を言った。
「アタシ、あの女嫌いだわ」
あの女、アタシの母さんの上位互換だったなと思うのだ。母さんは世俗に塗れている分もう少し泥臭いだけで。だけど、さ
「僕の代わりに「塔」へ行かないか、クロノ?」
「いつか、ね」
こんなバカみたいなアタシでもあの光になるよりはましだと思うのだ。そう。アタシは予言に詠われた抗う者。クラテスを失うのも嫌だし、偽りの姿も捨てはしない。安住の地はまだ得られない。
髪を染め、化粧を変えたレーナはそこそこ売り上げるイイ娼女になった。レーナは無理をして家族への仕送りするのを止めた。朴訥で普通の幸せを欲しがった娘はもういない。だけどそんなに不幸ではないとアタシは思う。
少し長めに話し込んでしまったアタシをディオは施療院の正門で待っていてくれた。アタシが帰るのは街道市を抜けた先、エリトゥラ商会会頭のエーギル宅の使用人部屋だ。アステアスと結婚はしたけれど、市政官邸の方でどういう形でアタシを受け入れるのか検討中だからだ。今までも別居だった訳だしね。首を傾げたくなるのは、未だに誰もアタシに確認をとらない事だ。6才、既婚って何なんだよ。ディオと並んで歩く街道市。災いの予言がどうのとか言っていた雰囲気はまるでなく、物を売り買いする声が賑やかに飛び交う。この何処かにやんごとなき方の異母兄弟がいる事を誰も、本人すら知らない。あれは神の加護だから、予言は全て当たっていたのだろう。でも、そんなものはどうだっていいのだ。何時かクラテスに言ったように。今、ここに居るだけで。
「ねえ、まだあの事気にしてるの?」
「気にしてねって言ってんだろ、バカ」
立ち並ぶ屋台にもアタシにも目を遣らず、ディオは真っ直ぐを見て言った。大体何で「あの事」だけで解るんだよ。やっぱり気にしてるんじゃん、アタシの結婚。唐突にディオが言った。
「知ってっか?神様は男から女を創ったんだってさ」
全てを創り給うた始まりの神は、男だけでは寂しかろうと男の身体の一部から女も創った。だから男と女は半数ずつの数になる。愚かなヒトは自らの一部がどれか判らずに勘違いを繰り返す。それを貶めさえしても、自身の一部だと気付かずにいる。そんな始まりの物語。ディオの言いたい事は、それは読み解くまでもなく。こいつ、アタシの何所がそんなにいいんだろうなと思う。それこそ光属性の娘と幸せになる方が似合っているのに。
「ディオ、騎竜乗るのスゲー上手いじゃん。頑張ったんだね」
あえて話題を変えたのに、
「俺、勘は悪くないって言われてる」
それはどちらに掛かるのか。
「……でも、もうこんな口の利き方したらダメなんだよな」
ディオは一番酷い時からこんなアタシを見捨てた事がない。最初からずっと。だから、身分が変わろうが何処へ行こうがどんな形になっても、やはり居るような気がしている。アタシは神に愛されてはいないから先の事は分からないけれど、感謝してるんだぜ。いつも。
ディオが好きな炙り肉のピタを売っている屋台が出ていた。この店のは大蒜ソースが美味い。走って行って二つ買う。一つを渡す。
「はい」
「……まあ?お前がどうしてもって言うなら?貰ってやらなくもねえし」
お前、そういうスタイル好きだよな。ってか、昼時だが二食ぐらい喰えるだろ。
「バレなきゃいいんじゃない?」
言った途端、ディオの胸から上がその髪ほどに赤くなる。え?何その反応。アタシの言葉を何処に繋げた?いやいや、そういう意味じゃない。不倫とか勧めてねえし。
「俺、やっぱ竜騎士目指すわ」
何?それ、どう繋がってるの?何かアタシの知らない要素があるって事?おい!ちょっと待て!
「今」世での色糸織りなす錦には金に輝く神の手が入る。輝かぬアタシは思うようにはいかなくて、幾多想いの表と裏を右に行ったり左に行ったり。色糸に濃いも薄いもあるけれど、解れ抜け落ちたくなる時を支えて寄せて織面を成す。一人で紡いだ「前」世でもその手を止めていたのなら、少しく景色は見えたのだろうか。もしも「次」もあるのなら、もう一度、記憶に残る錦でありたい。
(3部へ)
二部最後まで読んでくださってありがとうございます。当初予定ではこんなに長くするつもりは無かったのですが…。気付けば4000PVも超えて感無量です。これから1部含めてちょこちょこ書き直し、三部は少し書き溜めてアップしようと思っております。次はクロノを西都の外に出そうかな、と。方向性も迷いがあったりしますので、ご意見いただけると嬉しいです。
私的には転機でしてすぐ挫折する質なので、リアクション、感想、評価励みになっております。癖のある文章につき合っていただきありがとうございました!!!




