第四話「イゾルデ盗賊団」
「僕が僕で在り、"彼女を護る為に"は……こうする意外思いつかないんだ」
そう僕が言うと、ベルは少し心苦しそうな顔をする。
「ごめん。アタシたちが君を止めたせいで……」
確かに、彼女たちも原因ではある。最初から盗賊団と遭遇しなければ、メルティが傷付くことなく、倒れていたラーニンを安全に連れて帰れたのかもしれない。だからと言って、彼女達を恨んでいる訳ではない。
「一因ではありますが、ですが違います。本当に悪いのは、彼女を傷付けたあの弓使いと過激派達です。奴らを殺す為なら、僕は……」
己の拳を強く握る。指の狭間から、血が滲み出そうとも。
「……整理が付いたら言いな」
彼女が僕に背を向けた。最後まで、どんな顔をしていたのか見れなかった。
瞬間、胸に血の一線を刻んだ盗賊が立ち上がる。一人、殺し損ねていたのだ。男は手を前に出し、暗い粒子を集める。その視線の先には、俯いたままの僕。
〝闇よ、槍と成放て。〟
レアンの魔法とは違う魔法。心臓が早鐘を打つ。黒槍は距離を縮める。冷血さの籠った冷気が、肌を齧り、肺を掴むように呼吸を奪う。本能が、あの槍は危険だと告げている。
「避けて!!!!!」
振り返り、即座にベルが叫ぶ。反応し、顔を上げる。目と鼻の先には、既に暗黒の槍があった。もう、遅かった。
思考と身体が追い付かず、不動を貫く。まだ、死にたくない。何度も抗った。されど身体は応えない。僕を縛る鎖が、ここを動くことを決して許さなかった。
こんな道半ばで死ぬなど、僕は嫌だ。でも、もう逃げられない。ならばいっそと、そっと瞼を閉じた。考えるのを、止めた。
〝光よ、其ノ者を守れ。〟
ソフィーの声の後、空気が激しくぶつかり合うような異音が耳を震わせた。目を見開くと、黒槍の直前に眩い光が凝縮し、壁のように立ち塞がっている。槍先が障壁を穿ち、鼻先をかすめた瞬間、血が一筋伝った。
「これ……あんまり保たないかも……」
槍の部分から、光壁は腐食したように砕けていく。突き出したソフィーの両腕は震え、額から汗が垂れる。その光景に呆気に取られていると、ソフィーは叫んだ。
「レアン!!」
「代われ!!!」
レアンは、その槍を腕の鉤爪で破壊し、一歩踏む。土煙が立った頃には、盗賊の眼前へと移動し、既に押さえつけていた。
「姉貴、殺す?」
「た、たすけてくれ!!もう何もしない!!!」
盗賊が涙声をあげて懇願するが、レアンは無視する。
「あぁ、殺せ」
ベルに許可をもらい、レアンは鉄爪で頭蓋を貫く。盗賊の顔は許しを乞うたまま、眼を虚ろにさせた。爪を引き抜くと、血潮が溢れて、土を濡らす。無論、盗賊は死んだ。許しを乞う顔を、留めたまま。
レアンが重い息を吐き、僕を睨む。
「油断しやがって……それに姉貴も、ヘクターを甘やかし過ぎ」
「レアンの言う通り、アタシの判断ミスだ。警戒を緩ませるには早かった。すまない……」
ベルはそう言って頭を下げる。僕はそんな彼女を制止する。
「良いんです。僕の方にも過失がありますから……」
短い沈黙の後、ソフィーがポケットをごそごそしながら、口を開く。
「そういえばー、こんなの見つけたー」
僕に小さく手招きをする。近付いた僕の掌の上に硬そうな甲羅を背負った謎の生物を置く。うねうねと脚を這わせ、僕の手をくすぐる。
「何…これ?」
「キラーダンゴムシ。主に死骸を食べるー。人の皮膚が好物ー」
すると、そのダンゴムシが立派な牙で僕の掌に噛み付く。
激痛が体内を走る。すぐさま、その虫を引っぺがし、遠方へとぶん投げる。鋭い歯により、少し血が出てしまった。
「アンタ…何やってんだい…」
ベルが呆れた顔でそう言う。
「ちょっとした盗賊ジョーク。どう?驚いたー?」
「痛かったですよ!普通に!!」
「コイツはいつもこんなんだ。どうしようもねぇヤツだぜ、ホントにな」
レアンはおしおきとして、ソフィーの頬を引っ張る。慣れたような口から、彼女はいつもこんな感じなのだろう。
「いひゃいいひゃいー。ほっへは、はひぇひゃうひょー」
「いい加減にはんせいしろ。あと、終わらせたこと、とっとと頭に報告しやがれ」
「ひゃはっひゃははー。ひぇえ、はひゃひへー」
「レアン、止めてあげて。ソフィーは場を和ますためにやってくれたんだから」
引っ張るのを止めると、ソフィーは自分のほっぺを撫で、痛そうにしていた。
「もー、人使い荒いなーもー」
「また引っ張るぞ」
「待って待って。ごめんごめんってー」
またほっぺに触れるレアンを、必死にソフィーは制止する。ようやく懲りたのか、腰に付いた鞄から獅子型のペンダントを取り出す。確かアレは、"ラサラスの威鬣"と言ったか。でも、
「それって試練用の道具じゃ…」
「そんだけの道具じゃねぇ」
レアンが口を挟む。
「今から使うのは通信魔法。同じ道具を持つもの同士で、声を送り合うことができる」
「なるほど……でも、それならベルさんが報告した方が早くないですか?」
「アタシも持ってるけど、使えないんだ。だから、基本的には位置表示や生存確認用として使ってる。一応ここ、危険地帯だからね」
そうこうしているうちに、獅子の鼻先から魔法陣が展開されていた。
「お頭ー、元気ー?」
『おや、ソフィーですか。どういたしましたか?』
「この人が、お頭…」
魔法陣から、大人の女性の声がする。お頭は、とても透き通った声をしていた。言葉の節々から、妖艶さや穏やかさを感じる。
「任務終わり。追加はナシー?」
『そうですね、追加はナシです。帰還して頂いて構いません。ベル、レアン、そしてソフィー。夜分遅くに頼んでしまい、申し訳ありません。報酬は後日、たんまりと配送致します』
「分かったー。それでお頭ー、もひとつご報告ー」
『はい、何でしょうか』
「新しい仲間が増えたよー」
『新しい…仲間…?』
一瞬空気が凍り付いた。それでも構わず、ソフィーは話し続ける。
「そーそー。すごいよお頭ー。その子ねー、ラサラスの試練突破したんだよー」
『ふむ、そうですか。試練を……突破しましたか……』
お頭は大きく息を吐く。ここで、僕の運命は決まる。どうなる……?
『…………で……』
「……で?」
『でかしました!ソフィー!!!』
すごく明るい声が聞こえる。
『何十人も勧誘してきましたが、試練を突破できた者は誰一人として居ませんでした。ソフィー、貴女は優秀です。途轍も無い逸材を見つけて来ましたね』
「ふふーん、そうでしょー」
「かんゆーしたの、俺らなんだケド……」
レアンは少し不満そうな顔をしていた。
『その人物は、其方にいますか?』
「うんいるよー。ヘクター、こっちに来てー」
ソフィーの方へと近付く。
「ヘクター・レンジアです。よろしくお願いします」
『あら、非常に若々しい少年ですね。…………少し、緊張していますか?』
その人は、自分の心を読んだかのように言う。というより、読んでいた。
「はい、当たりです。あまり、目上の人と話す機会がなかったので、緊張してしまいました。どうして分かったんですか?」
『声の震え、抑揚、高低で、凡その事は読み取れるのです』
この人は……すごい。特段、緊張を表に出していた訳でもないのに、声だけで僕の心境を当ててみせた。今感じている緊張は意識的なものではなく、無意識的なもの。何度も言う。この人は、すごい。
『自己紹介が遅れました。私はイゾルデ・H・アーミア。このイゾルデ盗賊団のリーダーを務めさせて頂いております。宜しくお願いしますね』
イゾルデは、コホンと小さく咳払いをする。
『ヘクター・レンジア君。改めまして、貴方をイゾルデ盗賊団の新たな一員として認めます。訓練の日程等は、後日ソフィーに伝達致します』
「あ、ありがとうございます!」
『はい。今後の成長に期待しております。それでは』
そう言うと、浮かんでいた魔法陣は閉じられた。すごい、優しそうな人だったな。
「期待の新人。がんばれよー」
ソフィーが人差し指で、僕の体をつつく。
「やめてよ、くすぐったいよ」
「とりま、このままアジトに帰ろーぜ。はらが減っちまってたおれちまいそうだぜ」
「そうだね。帰るとしよう」
僕らは深い黒夜の下、淡い雪床に四人の足跡を残して去った。
「たしか前は、ソフィーのせいで見れなかったよな」
レアンが帰路の合間にそう話す。
「そう……だね。どんな場所か、楽しみだな」
「あー!」
突然、ソフィーがそう叫び、僕を指差す。
「んだよ、急に。うるせぇな」
「敬語じゃなくなってるー」
「んー、確かに。さっきまでとは言葉遣いがまるで違うね。なんというか、もっとよそよそしかったはずだけど」
言われてみれば。みんなとも少し打ち解けられた気がするし、そのおかげかも。
「命を預け合う仲間に、敬語など不要。だからねー」
ソフィーがそう言う。そうだ。今は正式な仲間。立派な盗賊なのだ。それなのに敬語は、少し距離を感じる。
「そうだね。この口調のままでいくよ」
「それがいー」
ソフィーが拳を握り、強く親指を立てる。僕はそれを見て、自ずと笑ってしまう。そうこうしているうちに、僕らは洞窟の前に到着した。
大人一人が入れるくらいの入口。中は空と同じな真っ暗で、小さなスペースがあるだけの、行き止まり。今のところ、アジトらしいところはない。湿った風が肌を撫でるだけだ。
「ここが、アジト……」
「そーだよー。彼らは青空の下、寝食を共にするのさー」
「バカちん。そこまで開放的なアジトじゃないよ」
ベルが洞窟の壁に寄ると、突然勢い良く蹴り飛ばした。ガタガタと石壁は揺れ、大きな音を立てる。
「な、何を……?」
「壁、少し動かなかったかい」
ベルがそう言うので、壁の方へと視線を戻す。多少であるが、確かに壁は奥の方へと数センチばかり動いていた。壁が動いたことで腕がスッポリ入るくらいの小さな窪みが露出した。
「ここから、どうするんですか?」
「この奥にある石を……引っ張る!!」
窪みに腕を突っ込むと、鍵のように回し、引っ張る。すると、地面を揺らしながら、ゆっくりと壁は開いた。この壁は、扉だったのだ。
ベルが壁に付いたレバーを下げると、部屋には明かりが灯された。明るくなって顕になったが……
「汚いねー」
「片付けできないんだよ、お互いにね」
「因みに、わたしもできない」
どうやらソフィーも片付けができないようだ。それなら……
「僕がやるよ。居候をしていた時、家事を良く手伝っていたから得意だ。任せてよ」
「救ー世ー主ー」
「お前、ゆーしゅーだな」
「アンタを雇って良かった……」
ここまで喜んでもらえると、なんでも嬉しいものだ。それに、僕の役割を果たさなければ。何もせず腐るのは、嫌だ。
早速、片付けを開始した。趣味の悪い笑顔を貼り付けた像。斑模様を散らした高そうな壺。などなど……主に骨董品が多かった。その中でも、最も目を引くというか鼻を引くのは、奥から腐臭を放つ少しドロっとした林檎だ。さっきから鼻を押さえてはいるが、それでも臭い。
「なんで食べかけのリンゴが……」
「あー。それ、レアンが食べたやつだね。あまりにも不味くて放り投げちゃったのよ。ここにあったのか……」
「置きっぱだった今なら……!!」
そう、林檎を美味しそうに見つめるレアンの肩を、ソフィーがポンと叩く。
「やめときなよボーイ。その生涯にフィナーレを送るには、ちと早いぜー」
「なに?そのキャラ……」
「リンゴ……くちゃい……」
あまりの激臭で、頭をやられているようだ。そんなソフィーを見て、レアンはケラケラと笑う。
「なんだ〜テメェ。こんな臭いも耐えらんないのか〜?」
「レアン……鼻がバカだから……気付けない……」
「なんだと?!…………その通りだぜ」
少しの沈黙の後、皆揃って笑い出す。くだらない会話が、こんな一日が、とにかく楽しかった。盗賊になるのも悪くないなと思った。だが、すぐに心に陰りが差した。目的を忘れかけていたのだ。
――過激派を殲滅すること。これは、僕の復讐の始まりに過ぎない。




