Ep.35(75) 天変地異
〈太平洋海上〉
※《》
意思伝達での会話。
=脳内での会話(声に出さない)
《『神喰』の神通力者……?
聞いたことがないです》
魚丸の力で、ミカドノメを退け、最後の1人、悪童を窒息させようと、体内に水を送り込んでから早10分。
減るはずのない水が減り、全く窒息しない悪童への違和感、憂愁はそれに気がついた。
《知らないのも無理はないし、別に知らなくていい。過去の話じゃ。じゃが、奴が貧乏神ではない根拠はある》
《何ですか?》
《貧乏神は礎の1人、つまり遥か前に存在した神じゃ。じゃが、貧乏神は後継を残さずして死んだ。つまり、貧乏神がこの世に存在していることは満に1つあり得ない》
ここでおさらい。神通力者は2つの方法で誕生する。①芽吹、②血統。
その後、後継or新種として判別される。
後継とは、芽吹・血統の中から生まれる存在で、現在進行形で同じ力を持つものがいる場合にのみ誕生する。
(例) 炎の神通力者生存=芽吹・血統で誕生可能
新種とは過去も含め、この世に存在しない新たな神通力者の誕生を意味する。
つまり、後継を残さず、同性質の神通力者か1人しか存在していないのに、その者が死んだ場合、2度と同じ神通力を持った者は誕生しない。
(例) 最後の炎の神通力者死亡=今後2度と炎の神通力者は誕生しない。となる。
《さっきも言ったが貧乏神は後継を残さず死んだ。つまり、貧乏神は存在しない。なのに何故、奴が貧乏神を語るか。それは本人に聞く以外ないだろうな》
まぁ大方の検討はついてる。神喰の神通力者、つまり"あいつ"の後継じゃ。隠す意味にも繋がる。じゃが残念。他の者たちは知らないだろうが、妾は"あいつ"を知っておる。妾に悪童をぶつけたのは大きなミスじゃな。
それより、嫌な予感がする。なぜ態々、礎の名を語るのか。他にも後継を残さず死んだ神はいるというのに。きっと何か、大きな意味があるじゃ。
《魚丸、作戦変更じゃ。奴を生捕りにする。ということで妾も動く》
《了解しました》
事情は分からないが奴の神通力は恐らく危険なのだろう。だから憂愁様は……
そうこうしている内に、悪童に流れていた水が完全になくなる。
「ーーゲプッ……あぁ、やっと喰い終わった。はぁ〜〜あ疲れた、中位のくせに中々やりおる。それよりも、うぬら、何で攻撃をやめた?? オイは隙だらけだったろうに」
「隙を突いて倒すなど美しくない。神道たる者、正面から殺す」
「ほぉ〜〜? 言うなぁ、流石は二級。オイの相手に相応しい」
「図に乗るなゴミ。それより貴様、何故"貧乏神"と名乗る? 神喰は別の神の神通力じゃ。他は騙せても、妾は騙せんぞ?」
その発言を受けても悪童は顔色1つ変えず、「なんのことだ?」と言わんばかりに首を傾げた。
だが、彼女の前ではそんなフェイクは通用しない。
「なるほど、よく叩き込まれているな。表情1つ変えないとは。じゃがな、貴様を覆う神力は正直者のようじゃ。乱れがあったぞ?」
「は? 別に乱れてなど……」
「よいよい、貴様が重要な何かを持っている、または知っている、もしくは貴様そのものが重要な何かということは分かった。
安心せい、殺さず全て聞き出す。悦べ、妾が相手をしてやる」
憂愁から放たれる好奇心に混じった強烈な殺意を前に、悪童は少し怯むも、心の中で笑った。
波憂愁、考古学に目がない女。礎の名を出し、動揺したフリをすれば、奴は絶対にオイを殺さない。いや、殺せない!! ……ははっ、計画通り。仏陀様の仰る通りだ。やはりあの御方は最高最高。
オイはここでわざと負けて捕まる。そして、神道の総本山、つまり神道が集ったタイミングで、"終極"『爆壊滅』を発動する。
※"終極"『爆壊滅』
神喰の神通力=神通力を喰らい、それを自らの力に変える、もしくは蓄える。
『爆壊滅』は、蓄えた力を一気に発動し、大爆発を起こす技。
代償として発動者は死ぬが、今の悪童の蓄えなら、大体日本列島が一撃で消えてなくなるレベルの爆発を起こせる。
さぁこっからが本番。下手な負け方はNG。気づかれるのはもっとNG。仏陀様に頂いたこの命、演じて踊って敵を殲滅する。
「教えることなんか何もねぇが、オイを捕まえるか……甘い考えだ。死にたくないなら、殺す気で来い!!!!」
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〈イギリスケント州ドーバー〉
何者かによる守護領域、それはイギリス全域に広がるほど巨大な結界。
千年とキゼルは何とか守護者の許可を得て、同国へと侵入したのだが、
「千年様、これは?」
入った瞬間に、ロンドンの方向から尋常只ならぬ殺気を感じ、2人は足を止める。
「うん、いっぱいいるね敵。ほんじゃあーー皆殺しと行きますか」
「ちょ、ちょっと待ってください!! 敵が不確定すぎます。ここは冷静に」
「え〜〜何でよ〜〜、この国にいるのは太陽神だろ?? あんなゴミ相手じゃないって」
千年のその発言と、黒だった左目が緋色に変わったのを見て、キゼルは焦り出す。
「いやいや、千年様!! 御言葉ですが、ここは守護領域内です。入る前にストックしたとはいえ、命源が切れたら終わりです! なので、まずは敵の数の把握、太陽神の根城の捜索、裏切り者の確定が最優先ではないでしょうか?!」
※ストック
守護領域内では、命源の吸収・命令が出来なくなる。(領域内の命源は全て守護者が掌握しているため)
なので、守護領域に入る前には、心臓内の細胞に空気中の命源を大量に溜めておく必要がある。それがストック。
「いやまぁそうなんだけどさ、ぶっちゃっけ面倒くさいじゃん?? 何で太陽神如きにこっちが謙虚にならないといけないわけ?? メチャクチャムカつかん?? つうかなんか色々と怠いわ。あ〜〜ぁ、もういいや、いっその事ーーこの国ごとぶっ壊そう」
やばい……これは、いつもの千年様じゃない。
怒りが先行しすぎた時に出る、傲慢&投げやりの千年様だ。どうしよう、こうなったら何を言っても耳を傾けない。そしてもっと厄介なのが、この時の千年様は異常なほどに強い。この国ごと破壊……うん、本当にやりかねない。そのくらい、今の千年様は危険だ。
「あの、千年様。一旦冷静に……」
「だ〜〜か〜〜らさ〜〜、全部壊せば一緒だろって? 諄いぞお前? 俺に従えないのか!?」
千年から溢れる強烈な神力と殺意を前に、あのキゼルですら、腰を抜かし、地面に尻餅をついた。
神域で手合わせした時以上だ。ダメだ……拒めば俺が殺される……。
溢れる神力だけで、風が暴れ、塵が舞い、辺りの建物にヒビが入る。
次第に、威力はどんどん上がり、地面にも大きな亀裂が。
「あ〜〜ぁ、やっとだ。やっと太陽神を殺せる。今までみたいにちょこまか隠れとけば良かったのに、バカだから居場所を晒しやがった!! 殺す……絶対に殺す!!!!」
彼の殺意がピークを迎えた時、今にも壊れそうな数棟の建物の屋上から、13体の摩瓈爾奠が現れ、
「意識の乱れを確認したブゥ。全員、標的を殺せ!!!!」
豚の摩瓈爾奠の合図で、全員が千年とキゼル目掛けて飛び降りる。
それにすぐ気がついたキゼルであったが、指が一本足りとも動かない。
それは摩瓈爾奠がどうとかではなく、ただただ、目の前にいる千年に萎縮していたからだ。
「千年様……お願いです……助けてください……」
その声が届いたのか、摩瓈爾奠に見向きもしなかった千年がゆっくりと上空へと顔を向け、飛び降りる摩瓈爾奠に手を掲げ、
「……"一千億兆全て無に帰し 空虚な外形 塵と化す 鼓動の止まる今際の刻み 絶えず響く乾坤の音"」
小指から順に折り畳み、親指が人差し指に触れた瞬間、彼らの背後にあった建物と、摩瓈爾奠8体が、彼の手で握り潰されたかのように、一瞬にして粉微塵となり、それを嘲笑うかのように、空気が「パンッ」とだけ音を立てる。
何が起きたのか、いやそれはハッキリと視界に映ったキゼルだけが思ったことで、まだ生きている摩瓈爾奠は同族が血液だけ残して死に絶えたことにすら気づいていない。
潰……れた!? 『綸音』を唱えた一瞬で……。建物も、元々そこに存在していなかったと思えるほどに跡形もなく……。これが……これが千年様の『極戯』。
※綸音
空気中の命源が記憶している言葉の総称。
ある"特定の文言"を唱えたときにだけ反応し、力が発動する。
「今物凄くいい気分だったのに……邪魔するなよ豚ども」
残された5体の摩瓈爾奠は、ここでようやく仲間が消えたこと、あったはずの建物数棟が跡形もなく消えたことに気がつく。
あ……あいつ、何したブゥ!? 狸、狐、兎に河馬……あいつら、全員死んだのか……!?
消えた8体の摩瓈爾奠がいた場所から、地面に向かって流れ落ちる大量の血液を見て、残された彼らは意味を理解する間もなく、死を悟った。
そんな絶望真っ只中の彼らを見て、千年は楽しかったのだろう。摩瓈爾奠を襲う殃禍を前に、彼は笑み浮かべながら腕を振った。それはまるで、子供が指揮者の真似をするかのように、意味もなく、ただただ振り続けた。
そして、全ての摩瓈爾奠が粉微塵となり、キゼルと千年に大量の血液が降り注ぐ。
だが、それすらも彼に触れることはなく、寸前で発動した『拒絶』に弾かれ、地面が赤く染まる。
※拒絶
千年の神通力の一種。薄黒い球状の強固なバリア。拒絶以上の神力でなければ、破壊されることはない。
また、『拒絶』は自身以外のものにも発動できる。
⇒半径約15メートル以内に限る。
異常すぎる現象を前に、逆に冷静さを取り戻したキゼルは、ふと我に返り、辺りを見渡し、建物の殆どがなくなっていることに気が付く。
そうか、やっぱり俺が間違ってた。俺如きが口を出してはいけない。千年様の進む道、考えの邪魔をしてはいけない。
恐怖は絶対な信頼と掌握へ。キゼルは立ち上がり、彼に頭を下げ、
「申し訳ございませんでした。貴方の全てを肯定します」
「……それでいい。行くぞ」
首都ロンドンで待つ太陽神の元へと、千年は1歩を踏み出したーーがその瞬間、彼は突如胸を押さえ、足を止める。
キゼルはすぐに駆け出したが、胸を押さえてからすぐ、千年の雰囲気が一変したのを感じ取り、無意識に足を止める。
〔おい、何のつもりだ? 前に約束したはずだ。太陽神は俺が殺すと〕
足を止めた千年の脳内に流れる男の声。
それは、"七福陰道" 歩停損と戦う前に会話した男の声。
以前は仲良く? というより、普通に会話していた千年だが、今日は違った。
〔黙れ〕
その一言で、2人の間に緊張が走る。
〔黙れって……約束は約束だ。守ってもらわないと、〕
〔黙れと聞こえなかったか? 対話が望みなら、これ以上俺をイラつかせるな〕
怒りの余り震える言葉に、男は口を閉ざした。
〔ーーダラダラ話したくない。だから結論から言うが、今後2度と、体も意識も、性格も、お前に俺を渡さない〕
〔ちょ、は? 待てよ、俺がお前に何かしたか? まさか、摩瓈爾奠を殺したことを怒ってるのか? いや違うか、建物を壊したことを怒ってるんだな? それなら後で直せる。人が作った物だ。簡単に、〕
〔お前は、俺の大事な仲間を傷つけた。意味もなく、仲間に恐怖を与えた。俺はそれが許せない。嘘をついた件も含めてな〕
〔嘘? 何のことだよ?〕
〔惚けるな。前に言ったろ? 性格は乗っ取れるが、体は俺の許可がないと乗っ取れないと。俺は今回、お前に体を譲った覚えはない。いや、今日だけじゃない。違和感は何度かある。それを踏まえて、俺はお前を許さない〕
〔待ってくれ! それには事情が。それと、キゼルに関しては後で謝ればいいだろ? 恐怖って……そんなんであいつが変わ、〕
〔黙れ。後、後、後、後!! いい加減気づけよ、お前なんかにもう後はないんだよ〕
男は初めて千年の怒りに触れた。それは自身の怒りと似たもの、いや自身と全く同じもの。故に、一瞬できた恐怖による隙。それを、千年は見逃さず、体の権利を取り戻した。と同時に、彼は体内、心臓の真横に神力で作った刃を突き立てる。
〔おい、なんのつもりだ……〕
〔お前が俺の体を乗っ取るタイミング・感じ・雰囲気、なんとなく掴めてきた。だから、次俺を奪おうとしたときは、いま俺の体の中にある刃が、心臓を貫く〕
〔おい……冗談だろ?〕
〔大マジだ。だから2度と、俺に話しかけるな。俺に関わるな。金輪際だ。いいな?〕
〔待てよ! こっちにも色々事情が、〕
〔次はない。これが最後だ。返事してみろ? 俺もお前も死ぬ。お前は俺なんだろ? なら、俺が本気で言ってて、本気でやるってことも理解してるはずだ。分かったら消えろカス野郎!!!!〕
それに対しての返答はなく、男との対話は終わった。
もううんざりだ。これでいい。あいつが何者か、俺のなんなのか、そんなのはどうでもいい。俺は、俺の仲間を、大事な人たちを守るんだ。
決別を終えた千年は、なぜか涙を流しながら振り返り、キゼルを強く抱きしめた。
「千年……様?」
「本当にすまなかった。お前を傷つけた。全て俺の弱さが原因だ。すまなかった」
初めて見る千年のその姿に、キゼルは困惑した。
「俺を許せなんてそんな都合のいいことは言わない。だが、1つだけ、お前に頼がある」
「頼み……な、なんでしょうか?」
「俺がまたもし今みたいになったら、お前が俺を殺してくれ。もう、傷つけたくな、」
震えながら抱きつき、話す千年を引き剥がし、キゼルは一礼し、彼の頬を思いっきり引っ叩いた。
「え……痛ッ……」
何が起きたのか。彼はヒリヒリする頬の痛みと、同じように涙を浮かべるキゼルを見て困惑する。
「ば、馬鹿ですか? いや、馬鹿ですね!!
俺は……俺は!! 貴方の全てを肯定すると言った。そんな俺に、貴方を殺せと? ふざけないでください……いや、ふざけるな!!」
初めて味わうキゼルの怒り……いや、悲しみ。彼の心は大きく揺れた。
「やっぱり訂正します。貴方の全てを肯定しません。俺は貴方が間違いを起こしたときにそれを正し、一緒に横を歩きます。その上で肯定します。
確かに怖かった。逆らえないと思った。でも、どれだけ恐怖を植え付けられようが関係ない。どれだけ嫌われようが関係ない。俺にとっての1番の恐怖、それは貴方がいなくなる事だ。その1番の恐怖を、俺に強制しないでください。もう2度と、そんなこと言わないでください」
ボロボロと涙を流し、小刻みに震えるキゼルを見て、千年の心が洗われた。
あぁ、俺は本当に馬鹿だ……本当に。
「……悪かった。そうだな、俺は大馬鹿だ」
「はい。大馬鹿です」
千年は再びキゼルを抱き寄せ、
「俺は馬鹿だし、考えないし、適当だ。だからこれからも間違いを起こし続ける。それでもいいか? そんな俺を、お前は正してくれるか?」
「……えぇ、もちろんです。それが俺の人生ですから」
共に過ごし、歩んだ時間だけでは本当の信頼というものは築けない。互いに、同等の思いがあり、弱さも強さも肯否できる、それが信頼。
そういう意味では、いま初めて彼に、信頼というものが芽生えたのかもしれない。
「ありがとう。なら行こうか、2人で。隣、任せるぞ?」
「はい……喜んで」




