Ep.34(74) それぞれの従者
〈ニューカレドニア首都ヌメア〉
「聞いてない…… こんなに強いなんて聞いてないぞ!! 下位じゃないのかよ!!!!」
男は逃げていた。味方である七福陰道の大國が、血を流し、地に伏している姿になど見向きもせず、背を向け、必死に逃げていた。
とにかく『霄壌断絶』を抜けて、誰かに要請を……そうじゃなきゃ、確実に殺される!!!!
勝てないと判断した敵を前に、背を向け逃げだす行為は決して悪ではない。どちらかといえば、生きるためには必要なことである。それが仲間を見捨てる行為であっても。
だが、ここは戦場。前もって逃走のプランがあるかないかで状況は大きく変わる。
その場の思いつき、考えのない敵前逃亡は、まさに格好の獲物である。
「ーー目障りだな。仲間を捨てての逃亡、見るに堪えない滑稽な姿。そんなお前の行動全てがボクの意に反する」
そんな敵から放たれる怒り、殺意ですらも感じ取れないほどに、弁細の頭の中は"尊迦玄への恐怖心"で一杯だった。
故に、背を向けて逃げるだけの彼への攻撃など、ゴミを拾って捨てる動作と何ら変わらなかった。
「"追ノ矢" 『躡踊』」
※ "追ノ矢" 『躡踊』
尊が1度でも対象に触れれば発動できる力で、触れたものを永遠に追いかけ、当たるまで絶対に壊れない1本の矢。
放たれた『躡踊』は、弁細との間にある全ての物を避けながら進み、あっという間に射程距離へ。
しかし、逃げることしか頭にない弁細はそれに気づくことすらできず、狙っていた左足の脹脛を矢が貫通する。
それと同時に、弁細は痛々しい声を荒げながら勢いよく前のめりに倒れ込んだ。
「クソッ、クソッ、クソッッ!!!!」
無我夢中に脹脛に刺さる矢を抜こうと必死になって抗うも、上空から感じる強烈な敵意を前に、弁細はようやく動きを止めた。
終わった……敗因は敵を知らなすぎたことだ。
「消えろ、ゴミクズがーー"疾ノ矢" 『迅尽』」
避けることを諦めた、というより、この距離であればどのみち回避不可。
1本の長い矢が、弁細の背中に刺さると同時に、弁細の倒れ込む地面一帯が吹き飛ぶ。
そんな激しい音が響き渡る中、箱庫から取り出した神刀『天ノ若』を手に持った尊迦玄が姿を現した。
「ーー怒りで少しだけ我を忘れた。でも自制した。だから、ちゃんと生きてるよね? 色々と聞きたいこともあるから、じっとしとけよ」
刀を引きずりながら、倒れる弁細の元へと歩きだす。
そんな彼の真後ろに突如現れる『空間移動』。
神通力を発動した状態で、拳に神力を込めた大國が中から飛び出し、
「弁細助ける。仲間、助ける!!!!」
奇襲、振り上げた拳を尊の後頭部目掛けて放つーーだが、
「学もない、生き物としての出来も悪い。そんなお前に用はない」
一瞬で彼に反応した尊は、前を向いたまま攻撃を避け、握った刀に力を込める。
拳が避けられたことで、勢いのまま前のめりに倒れる大國。
それを横目に、尊は刀を彼の腹部目掛けて振り抜く。
「神刀戯 "一閃"『羽落』」
大國は反射的に腹に力を込めるが、それは無駄な足掻き。
目に止まらぬ速さで刀は彼の腹部を切り裂き、上半身と下半身が真っ二つに。大量の血飛沫を上げながら、地面に伏した。
「禅さん同じ神通力者のくせに、まるで強度がない。宝の持ち腐れだな」
大國の死を確認した尊は、再び弁細の元へと歩き出し、刀を彼の喉仏に突き刺す。
そして、何かを警戒したのか、尊は『意思伝達』で彼に話しかけた。
《次はお前だ"声の神通力者"、弁細。
殺す前に知ってる情報全て吐け。どうせ死ぬんだ。包み隠さず吐いて、楽に逝け》
※声の神通力者
声量=衝撃を生み出す神通力。
待て、神通力の開示はしてない。それに今日1回も発動してない。なのに……災厄だ、こちらの情報が色々とバレてる。なら、この事を伝えなければーーいや、どうやらここまでようだな。
《こ……断る。"死ぬなら勝手に"。仏陀様の御言葉に背くわけがない》
「いやいや背けよ。お前さ、自分がカスって自覚あるか? カスがカスに従うな。みっともない。カスならカスなりに、最後くらい善になれ」
《黙れ。何を、い、言われても……揺るがない。神王の犬どもに罰を。天誅!!!!》
はぁ……めんどくさい。拷問……いや僕、拷問苦手なんだよなぁ。ならどうするかーーあ、そうだ。
「分かった」
尊は『天ノ若』をしまい、4本の長い羽の矢を作り出す。そして、それを弁細の両腕・両足に突き刺す。
羽の矢が4箇所(両腕・両足)貫通し地面に突き刺さっているため、弁細は声も出ず、身動きすら取れず、ただジタバタと踠いた。
そんな彼を横目に、尊はなぜか『霄壌断絶』を解く。
『霄壌断絶』を解いた?! これはチャンス!!
激痛の中、弁細に訪れた一筋の光明。当然、彼はこれに縋ろうと、心の中で『空間移動』の文言を唱えたーーが、
「やっぱ馬鹿だなお前。『妨止遮』の前で、従操が使えるわけないだろ?」
※ 『妨止遮』
一部の従操を妨害する従操。『妨止遮』をぶつけることで相殺できる。
「お前を逃すために『霄壌断絶』解いたわけじゃない。お前の神力が外に漏れれば、それを察知して誰か助けがくるかもしれない。そうだろ? だから、お前を痛め続けて、神力を外へ放出する。安心しろ、周りに普者はいない。思う存分、泣き喚き散らせ」
それから、黒ひげ危機一発を楽しむ少年のように、尊は何度も何度も、弁細の体に羽の矢を刺し続けた。
「ーーッチ、誰もこないじゃんか。仲間は売らない派のやつって、仲間思いのツレが多いはずだろ? なのになんで誰もこない?? あ、そうか。お前、大事にされてないんだな?? あははっ、可哀想に」
身も心もボロボロになった弁細は、足掻くことすら止め、ただ自分の死を待った。
「お〜〜い〜〜、折角大事にされてないって分かったんだからさ、もういいじゃん? 早く吐けよ。お前らの目的と、仏陀の居場所。ボクもそろそろ飽きてきたよこれ」
痛めつける行為が作業化してきたことで、流石に飽きを迎えた尊は苛立ちを隠せずにいた。
めんどくさいな。もう殺そうかな?
「中々にしぶいといね。もう面倒臭いからこれで最後ね。吐くか、死ぬか。選んで」
羽の矢を10数本宙に浮かせ、弁細に構える。これが正真正銘、最後の決断である。
仏陀様……あなたにお仕えできて幸せでした。来世が虫であろうと、塵であろうと、再び貴方様に忠誠を。
《ーークソ食らえ。ゲロならいくらでも吐いてやる。だが、情報は死んでも吐かない。仲間は売らない!!!!》
倒れ、身動きが取れない中、立てられた中指。これが、彼の答えだ。
「そうか……」
尊が動き出そうとしたその時、
「あ〜〜あ、これだから金魚の糞は……。なんで"まだ"生きてんだよ」
2人の頭上から突如聞こえる男の声。
尊は咄嗟に上を向くが、既にそこにはおらず。
何者かが弁細の顔付近に勢いよく着地すると同時に、その衝撃で尊は後方へと吹き飛ぶ。
クッソ、新手か? 上から何かが降ってきた。敵……いや、ギリギリ見えたけど、あいつ、弁細の頭を踏み潰して殺した。なら味方か?? いや、どちらにせよ、ボクが見切れないほどの速さ。こいつは強いぞ。
吹き飛ばされながらも頭は冷静。綺麗に受け身を取った尊はすぐさま弓を構え、砂煙の舞う正面へと体を向ける。
「何者だ!? 姿を見せ、」
「それと、神王の糞にも興味はねぇ」
しまった後ろ!!!!
が、気づいたときには既に遅かった。尊は背後からの攻撃を避けきれず、そのまま気を失った。
「あばよ、戦略の天使」
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〈太平洋海上〉
アメリカに出現した人外『ミカドノメ』総勢25匹、そしてそれを指揮するは刻導が1人、名は"悪童"。
対して、それと対峙するのは神道十二界第二級上位"波憂愁"と、その従者"魚丸"(正統継承者)。
両者睨み合うこと数秒、まず動き出したのは魚丸だった。
《憂愁様、作戦通り参ります〉
《あぁ、任せる》
※《》
意思伝達での会話。=脳内での会話(声に出さない)
飛び出した魚丸は、ミカドノメを軽やかに避けながら、"箱庫"から神刀『泡沫』を取り出し、装着。そして、後ろで腕組む悪童の上空に立つ。
※泡沫
拳の部分に、3センチほどの長さの金属筒(12本)が取り付けてある特殊なナックルダスター。(右手装着)
「ほぉ、うぬ如きがオイとやる気か??」
「如き?? おいおい、刻導の中でも1番弱いお前が調子に乗るな。憂愁様は二級の上位、お前ら全員、俺が相手するに決まってるだろうが!!!!」
装着した泡沫を、上空から悪童に向け、
「神刀戯!! 『散粒泡』」
12本の筒から勢いよく水が飛び出す。
「ぶははははっ!! おいおい、水鉄砲かよ(笑)。 二級の正統継承者がこんなもんとはな!!」
飛んできた12本の水流を軽々と避けた悪童は、声高らかに笑いながら更に彼を煽った。
「波!! 弟子の修行ならよそでやれよ。 この程度の雑魚なら秒でやれるぞ?」
「魚丸が雑魚? ふっ、そう感じ取るレベルなのだろ貴様は? なら、魚丸の言う通り、妾に挑むなんて烏滸がましいにも程がある。ーーほれ、くるぞ」
放たれた水流が、彼らの真下、つまり海水に触れた瞬間、水流は水の粒子に変わり、彼らの周りを粒が覆う。
「な、なんだこれ!? 気持ち悪いな!!」
ブクブクと音を立てる水の粒子を、彼らは必死になって割り続けた。
だが、割って気がつく。水の粒子は割れば割るほどに増え、触れば触るほど体に付着するということに。
「お前らが情報通りの間抜けでよかったよ。『散粒泡』は付着後、体の穴という穴から水分を流し込む。するとどうなるか。流石に間抜けなお前らでも理解できるだろ?」
※ 『散粒泡』
一撃目の水流が何かにぶつかることで粒水に変わる。(自ら動かす事はできない)
そして、粒水は対象の周辺を覆い、静止。それに対象が触れることで体に纏わり付き、鼻や口といった穴から体内に流れ込む。
「どうだ? 息ができなくなってきただろ??」
体内に流れ込んだ水は呼吸器官の全てを塞ぐ。故に、触れた時点で負け確定、対象は窒息死する。
1匹、また1匹と、ミカドノメは次々に意識を失い、海面へと落下を始める。
「誰が窒息していいと言った?? 憂愁様に仇なしたんだ、もっと悲惨な死を遂げろーー神戯!! ※『水塊化』」
※ 『水塊化』
発生させた付着していない粒を固めて、鋭利な水に変え、貫く力。(発動者が自由に動かせる)
周りを覆う粒が固まり、水の刃となる。そして、それは魚丸の動きに合わせて、今にも窒息しそうな対象の体を貫く。
「俺の放つ『水塊化』にそこまでの貫通力はない。だが、対象が弱っていれば別の話。今のお前たちなら、スポンジを貫通させるのと同義。相手が悪かったな、三下!!」
体から血が噴き出す一方で、空いた穴から更に水が流れ込む。
最初は多く感じた敵も、魚丸の前ではただの烏合の衆。
ミカドノメ全てが海面に落下し、海の中へと消え、絶命に至るまでに然程の時間は掛からなかった。
だが、それはあくまでもミカドノメのみ。
今も尚、空中に浮かぶ悪童は、『水塊化』を受けても変わらず腕を組み、立ち尽くしていた。
こいつ、そろそろ窒息してもおかしくないはずーーいや待て、よく見たら、こいつ『水塊化』を受けても無傷じゃないか!? 弱ってないということか?
「ッチ、腐っても刻導。それなりにはやるか。なら……」
神刀を収め、両拳に神力を集めた魚丸は、立ち尽くす悪童へと駆け出そうとするも、
「待て」
憂愁の一言で足を止める。
「憂愁様?」
《魚丸、妾達は奴のことを詳しく知らない。情報がない。迂闊に詰めるな。様子を見るぞ》
《承知しました》
指示通り、魚丸は接近を止め、同じ位置から窒息を加速させた。
だが、依然腕を組み余裕の表情を浮かべる悪童。
魚丸が徐々に苛立ちと焦りを見せる中、彼女は違った。再び魚丸に「止まれ」と指示し、
《なるほど、そういうことか。ミカドノメを引き連れてるとはいえ、神通力者単独、しかも中位如きの奴が、妾の襲撃を任された意味がようやく分かった。どうやらあれは"貧乏神"ではないな》
《な、なんですって!? いや憂愁様、あいつは間違いなく貧乏神です!》
《いや、よく考えれば、そもそも貧乏神などという神は存在しない。存在していたらおかしいのだ》
《それはどういう……》
《見ておれ、答えはすぐに分かる》
憂愁の話に困惑した色を浮かべながら、大量の水が体内に送り込まれる悪童に視線を移す。
貧乏神でないのであれば、あれはいったい何者だ?? というか、いつになったら死ぬ? もう何分経ったかも分からないくらい息ができていないはず。なのに何故死な……!?
魚丸はここでようやく気がつく。水が減っているということに。
『散粒泡』は、水を流し込み、窒息させる力。
つまり、水が流れなくなったり、増えることがあっても、決して減る事はない。体内にどんどん蓄積されていくはずなのだが……どう見ても水量は減っていっていた。
《分からない……あいつ、何を……》
《ーー『神喰』の神通力者。奴は、神通力を喰らう》




