王の復帰
朝から王城には主だった高位貴族たちが集まった来ていた。
スカタルランドからの使者が、ヴェルランド国王エドマンドへ正式に面会を申し込み、今日は面会ののち交流会が開かれるのである。
侯爵以上の高位貴族たちが招待されている中、辺境伯であるレオナルドには何故か声が掛からなかったため、本日はブライアン王子の護衛として登城している。
ブライアンは既に国王に呼ばれて側に控えていた。
長らく病に臥せていた国王が久しぶりに姿を現すと、重臣たちには喜びとともに驚きが広がっていた。
なぜなら国王の側に寄り添って立つのがイルミナ王妃ではなく、ブライアン第一王子であったからである。
イルミナ王妃は、なぜ自分は王の側に居られないのかと詰め寄ってひと悶着あったのだが、エドマンド王の強い拒絶により、王妃ならびに王太子、王女は、招かれた貴族たちと共に、広間で待つという屈辱の時間を過ごさねばならなかった。
王族の彼らは一段高い壇上で席についていたが、本来なら王と共に最後に入場すべきところを、こちらでお待ちくださいと連れてこられたのだった。
王妃は憮然とした表情であったが、オースティン王太子は全てを受け入れ諦めた顔つきだし、エトワール王女は血の気のない青白い顔に窶れた姿が痛々しく、貴族達は「生贄」とも言えるエトワール王女に同情を禁じ得なかった。
そもそもイワン王子との婚約も政略であり、そのイワンと婚約解消後イワンが不慮の事故で亡くなると、イワンの兄が婚約を申し込んできたのである。王家の闇の歪さの犠牲になるのが、まだ15歳にも満たないエトワール王女なのだ。
「国王陛下は、王妃殿下や、我々を『家族』と認めていらっしゃないのでしょうか。」
オースティンは誰とは無しに呟いたが、その声は思いの外大きかったので、聞いてしまった貴族達はなんとも言えない表情で顔を見合わせた。
今や王と王妃の仲に亀裂が入っている事は、公然の秘密であった。
さらにはブライアンが王を支えて、公務に携わるようになっていることで、ブライアンとオースティンは比較されるようになっていた。
イルミナ王妃の独断でオースティン第二王子を王太子に据えたものの、執政には関わらせてもらえないままの王太子と、冷遇されていたが復活した第一王子との能力の差に、気がつく人間が増えてきている。
第二王子であるオースティンが何故王太子になれたのか?
今更ではあるが、広間で待つ人々の心には疑念が湧いている。
オースティンが立太子した時、人々は熱狂的にそれを受け入れたが、その時エドマンド王はどうしていたか?王自らが宣言したのか?その辺りの記憶がどうにも曖昧だった。
*
ややあって車椅子に座ったエドマンド王が広間に現れた。椅子を押すのはブライアンである。
エドマンド王が壇上中央に着くと、集まった貴族達は久しぶりに目にする王の姿に安堵した。
「皆のもの、今日はよく集まってくれた。
余の長らくの不在で、国内外に要らぬ心配をかけた。病床では死を覚悟していたが、奇跡的に命永らえた。
不在の間、我が国を支え続けてくれたこに感謝する。」
王はブライアンに支えられて立ち上がると一礼をした。
集まった貴族達からは大きな拍手と歓声があがる。喜びに満ちた顔、唖然とする顔、中には不機嫌な顔をするものもいたが、その様子をブライアンの婚約者の立場で参加しているアリスは眺めていた。貴族達の様子は後ほどブライアンに伝えられ、エドマンド王は選別をする事だろう。
イルミナ王妃に与する貴族達は今後の展開に戦々恐々とする。ヴェルランド王国は大きな転換期を迎えようとしていた。
*
人々の興奮が鎮まった頃、スカタルランドからの使者が呼ばれて壇上に上がった。そして、恭しく書状を差し出した。
「我が主、スカタルランド王国王太子アレクセイ殿下より、ヴェルランド王国王女エトワール殿下へ婚約の申し込みでございます。
どうぞお納めくださいますよう。」
「この度はご苦労でありました。」
イルミナはそう言うと、使者を労うように微笑みかけ、書状を受け取ろうとした。
「王妃よ、待て。何故ゆえ汝が勝手に受け取ろうとするのだ?」
「わたくしはただ、国王陛下の体調を慮り、陛下の代理で受け取ろうとしたまでのこと。」
「余計なことをするな。使者殿、書状はこちらへ。」
エドマンドはそう言うとブライアンに目配せをした。
頷いたブライアンは、申し込みの書状を受け取り、国王に渡した。
鷹揚に受け取ったエドマンド王は、一通り目を通すと、書状をビリビリと破いた。
「なっ!何をなさいますか、陛下!」
使者と王妃は、顔色を変えた。
「これは受けとれぬ。エトワールはイワン殿下との婚約を解消して間がない。我は国王ではあるが、傷心の娘を思いやれぬ程愚かな父ではないつもりだ。
それに、イワン殿の逝去を悲しみ、スカタルランド王室では喪に服されていることだろう。
ゆえにこの申し込みは、悪い冗談とした思えぬ。スカタルランド国王は、息子の死を軽く扱うような御仁ではあるまいに。」
「ははっ。国王陛下は病床にありながら、イワン殿下の死を悼み悲しみにくれております。ヴェルランド国王陛下のお疑いはもっともな事でありますが、現在、政は病の王に変わり、王太子が執り行っておりますゆえ、王太子の名に於いてわたくしが名代として参った次第。」
使者に立ったのはスカタルランド王国の公爵であったが、エドマンド王の言動に汗をかきながら答えた。
「うむ。ならば尚更のこと、イワン殿下の逝去を悼む貴国の国王陛下や民の悲しみを、真摯に受け止めるべきであろうな。そうでないと、早世したイワン王子が不憫であるぞ。
今回の申し出は、初めから無かったことにすれば良い。使者殿に咎めが行かぬよう、我が一筆書いて持たせよう。」
ブライアンは用意してあった書状を使者に渡した。
「貴国とは良き隣人であり、一度は縁を結ぼうとした仲である。事を荒立てるつもりは毛頭ないが、エトワールを望んでくださると言うのなら、今しばらく、せめて服喪期間は何もされぬことをお勧めする。
アレクセイ王太子は既婚であるし、我が国としては大切な王女を第二夫人、もしくは側妃の立場で嫁がせるわけにはいかぬ。これも含めて、良く考え直された方が良いと、アレクセイ王太子にお伝え願いたい。」
使者であるスカタルランドの公爵は顔面蒼白となり、気分が優れませぬゆえ失礼する、と退出した。
イルミナ王妃との事前の打ち合わせでは恙無く婚約を受け入れらる予定であったので、この成り行きをどのように伝えて対処すべきかを考えねばならない。自分の立場も危うくなるかもしれない。とにかく対応策を練るため、使者は自分に与えられた部屋へと急いだ。
エドマンドは居並ぶ高位貴族たちを見渡すと、
「余からの話は以上だ。しかしこの際である。諸君らから何か有れば、忌憚なく話してほしい。交流会の折でも構わぬ。遠慮は要らぬぞ。」
と、あまりにも明るく宣言したので、居並ぶ高位貴族達は戸惑いを隠せなかったが、ひとりが意を決して立ち上がると、王に臆する事なく声を上げた。
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