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婚約

 ヴェルランド王国にスカタルランドからの使者がやってきたのは、冬の始まりを告げるように雪がちらちらと舞う日のことだった。


 アリスがブライアンと出会って半年、王都に出てきてから3ヶ月ほど経った。王家からはあのパーティ以来の接触はなかったが、奇跡的にエドマンド国王が回復したことから、有力貴族達を招いて使者達との交流会が持たれることとなり、第一王子であるブライアンとその婚約者アリスも招待を受けた。

 アリスは、イルミナ王妃に直接対面するのを心待ちにしていた。確かめねばならないことがあったのである。


 ブライアンはエドマンド国王から呼ばれて、度々王の部屋を訪れていた。イルミナ王妃はあからさまな妨害はしなかったが、オースティンや自分を同席させようとして、王に拒絶されるのだった。

 病に倒れて余命僅かのはずだったエドマンドの回復に、イルミナは苛立ちを隠せなかった。

 そんな折に、スカタルランドからエトワール王女への婚約の申し込みが届いたのである。


 相手は亡くなったイワン第二王子の兄、アレクセイ王太子である。しかしながら、王太子は既に結婚している。

 一国の王女を、第二妃として嫁がせるわけにはいかないと、初めは拒否していたイルミナであったが、アレクセイからは

「リナリア妃とは離縁する。万全の体制でもって、エトワール王女を迎え入れたい。」と親書が届いた。


 これは絶好の機会だとイルミナは考えた。王女の婚姻についての話し合いだと言えば、いくらなんでもイルミナと会う事を拒絶はしないだろう。誰かの差し金で、自分の手先となるメイドや医者は辞めさせられているが、新たな手駒を忍び込ませるくらいの権力をイルミナは持っている。


 なぜ急にイルミナを拒絶するようになったのか?呪が解けた、或いは解かれてしまったのか。

 イルミナは自分の失敗を悟り、改めて策を練り直す必要があった。

(わたくしの望むべき未来のためにエドマンド王は踏み台になっていただくわ。)

 

 しかし、イルミナは知らない。

 新しいメイドを送り込もうとしても、部屋の入り口で拒まれ弾かれてしまい、彼らは悉く尋問を受けていることを。そしてその仕組みをアリスが仕掛けた事も。



 一方、オースティン王太子の婚約者選びは難航していた。


 恋するアリスは第一王子と無事婚約式を終えた上、エドマンド王が後押しをしているので、アリスとブライアンを引き離すことは難しくなった。

 ローザリア・バルツァー伯爵令嬢は、なんとボールドウィン辺境伯と婚約を結んでしまった。元より体裁と人数合わせのために呼んだだけで王家にとっては痛くも痒くも無いと、イルミナは無視を決め込んだ。

 ウィンストン公爵家のバルバラについては、人の心を傷つけるお遊びに過ぎず、本人は知らないが当て馬にすらならない存在だった。

 ブライアン生還を祝ったパーティの後、怒りと屈辱で倒れてしまったバルバラは、母と共に領地で療養することとなり王都を離れた。ヒステリックに叫び、アリスとブライアンを罵倒するバルバラに、父であるウィンストン公爵が辟易してしまったのである。

 ブライアンの事がいくら嫌いでも、血のつながった甥であり、バルバラにとっては従兄弟なのだ。


(ブライアンが死ねばいいと何故思ってしまったんだ?)


 トーマス・ウィンストン公爵は、憑き物が落ちたように冷静になって考えた。姉上(ベルティーナ)はわたしに優しかったじゃないか。美しく気高く、王妃にふさわしい人であった。

その息子のブライアンを何故疎んじていたのだろうか?

 トーマスには考えても解けない謎だった。

 

お茶会に呼ばれていた他の令嬢たちも、それぞれに理由をつけて婚約者候補を辞退してきたので、オースティンの婚約者選びは頓挫してしまった。

 しかし、思わぬところでオースティンに出会いが訪れる。



 オースティンの従者であるステファン・グリフィスは伯爵家の三男で、将来は騎士になるか文官になるかを迷っていたところ、オースティンから従者にならないかと誘われ、幼馴染でもあることから二つ返事で引き受けた。もう10年来、オースティンの側に仕えている。

 そのステファンを頼って、遠縁のアンジェリー・グリフィス伯爵令嬢が王都にやってきた。

 東のグリフィス伯爵(ステファンとは違う一族である。)の一人娘で、真面目でお人好しな父は騙されて投資に失敗して、一家は没落の一途を辿っていた。

 アンジェリーは穏やかで優しい娘で、仕事を求めてステファンを頼って王都に出てきたのだ。


 貧乏といえど伯爵家の娘ということもあり、下級侍女として王宮に勤めることになったアンジェリーが、実家の用事でステファンを訪ねた時、たまたまオースティンがその場にいた。

 うっかり魔道具で髪色を変えるのを忘れていたオースティンを、ステファンの友人だと勘違いしたアンジェリーは、お二人でどうぞと、自分が焼いたというクッキーを渡した。


「ステファン様。見合いの絵姿と釣書を全てお返しになっているそうですね。叔母様がわたくしの方に送って来られるのです。貴方様に渡すようにと。

 せめて、お手元に置くくらいはお願いいたしますよ。」


「ええー、嫌だなあ。僕はまだ独身でいたいんだよ。何しろ主人にまだ婚約者が決まっていないのだから、先を越すなんて不敬だよ。なあ、君もそう思うだろう、オー、、オーシー?」

 

 いきなり会話を振られたオースティンは、アンジェリーが淹れてくれたお茶を飲んでいて咽せそうになった。

「ああ、そうだな。」


「そうそう、アンジー、こいつね、最近失恋したんだよ。相手の女性には婚約者がいるのに諦め切れなくて。今も引きずっているんだ。」


「まあ、そうでしたの。それはお辛いでしょう。でもきっと良い方が見つかりますわよ。だってこんなに素敵なのですもの。焦ることはありませんわ。」アンジェリーはにっこりと笑った。

 とびきりの美人では無い。むしろ見た目は地味と言って良いが、目鼻立ちは整っている。美形のステファンと、薄くても血のつながりを感じる顔立ちだった。


「オーシー様?早く良いご縁に巡りあえますように。それからステファン様は叔母さまにきちんとご説明くださいませね。」


「そういえばアンジー、君には決まった人はいるのかい?」


「ふふ。家が没落して借金が出来て婚約は破棄されました。ですのでわたしは、ずっとここで働けたらと願っておりますの。」

 

 この後、オースティンはアンジェリーに求婚することになるが、それはまだ先の話。

 オースティンは、王妃にこの恋を潰されたく無いと願い、気が熟すまで隠し通すことにしたのだった。




 使者との面会が明日に迫った夜、レオナルド、ブライアン、クリストファーは膝を突き合わせて打ち合わせをしていた。


 レオナルドは交流会に招かれなかった。嫌がらせだろうと鼻で笑った彼は、ブライアンの護衛として乗り込むことにした。

「一応変装はしておくか。」

「レオナルド殿。護衛とは申し訳ない。しかし貴方が側にいると思えば心強い。」

「何を。殿下の腕は一流だから、付き添いなんて不要ですが、

ミドルトン公爵が令嬢の身を案じるのでね。」


 レオナルドは笑ったが、ブライアンは頭を下げた。


「しかし、エトワール王女をアレクセイ王太子に嫁がせるとはな。成人まであと一年以上もあるのに、彼の国の風習に慣れるために先にスカタルランドへ送り込むとは。

 親としての愛情など、王妃には一欠片もないのだな。」


 クリストファーは、背筋が寒くなったというふうに体を震わせた。

「エトワール殿下の幸せはどこにあるのだろうな。

 それよりイワンの首尾はどうなっている?」

 切れ物の宰相補佐が、腹黒い辺境伯に尋ねた。


「無事にリナリア妃を救い出せたようだ。手筈は整えてある。」


 それぞれにとっての運命の日が、明日に迫っている。



お読みいただきありがとうございます。

タイトルが思い付かず、婚約にしちゃいました。

後日改題するかもしれません。



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