それぞれの望む未来
今度は自分がアリスを守らねば、とブライアンは思った。
記憶を無くしてしまったことへの悔いや悲しみなどない。
どうやら自分は、母を失い、父に見捨てられ、引き取られた母の実家では叔父から疎まれ命を狙われたらしい。
どうやってあの森まで逃げてきたのかさっぱり検討もつかないが、痩せて弱っていた理由がわかったし、頭の怪我というのも、脱出する際に出来たものかもしれない。
記憶喪失に関しては、「呪いのようなもの」をかけられているとレオナルドから聞いた。
「力を持たない、見捨てられた王族に呪いをかけるなんて、俺は相当嫌われてるんだな。」
辺境伯の屋敷の与えられた部屋で、今は困ることなく暮らしている。その対価は、レオナルドが自分に求める役割を果たすことだろうと思っている。
ブライアン自身は彼の駒になることに異論はない。
もともと望まれていない人間で、しかも失うはずだった命だ。
しかし、そこにアリスを巻き込むことだけは阻止しなければならないと、強く思った。
アリスは自由に生きるべきだ。
彼女の抱える秘密を知っているわけではないが、守れるものならば自分が守ってやりたい。アリスに助けられた命を、アリスのために使うと思えば、辛い事も耐えられると思っている。
だからこそ、アリスが望まぬ「婚約者候補の身代わり」は絶対に阻止したい。
*
応接の間には、レオナルドとブライアン、そしてブライアンの側近を自称して憚らないエドワードの3人。
思いがけず感情を露わにしたアリスとローザリアは、侍従達によって別室へと連れて行かれた。
人払いが済んだのを確認したブライアンは意を決して話し始めた。
「レオナルド殿。貴殿が何を企んでいるかわからぬ間は、アリスの事も含めて協力は出来ない。
建前は不要だ。わたしに利用価値があるのなら、高く売りつけたい。何をすれば良いのだ?
何をすればアリスに関わることをやめてくれるのだ?」
「ブライアン殿下!滅多なことは口になさいませんように願います。貴方は我が国の希望なのです。
たとえ今は辺境伯閣下にお世話になっている身としても、殿下がへり下る必要などございません!」
エドワードは、状況を把握しているわけではないが、ブライアンの不利になることは認めるわけにはいかなかった。
ブライアンはエドワードを手で制すると、
「わたしは、アリスにひとかたならぬ恩義がある。その彼女が望まない事を見逃すわけにはいかないんだ。」
レオナルドはブライアンを見た。
(ほう、本気なんだな。ブライアンの瞳には恋焦がれる熱情が潜んでいる、一方のアリスはどうなんだろうな。)
「アリスには後ろ盾が必要だ。そして彼女が隠している事を暴いていく作業にもなる。
それを聞くともう後には引けなくなるが、ブライアン殿下はそれでもお望みか?」
ブライアンは強く頷いた。
*
話は3年前に遡る。
エルグリンド王国の、王城の奥深くで異変が起きた。
長らく療養中であった姫が亡くなったのである。そして、悲しみに暮れる侍女たちの面前で、姫の亡骸は忽然と消えた。
その場にいた者の話によると、突然室内が明るく眩しくなり目を瞑ったが、再び目を開けた時には、姫の姿はなかった、という。
そもそもエルグリンドの姫というのは謎に包まれており、王国内の有力貴族すらその顔を知らなかった。
知っているのは、かって百年戦争終結時にエルグリンドに現れた預言者の血を引く姫だと言うことのみ。
そして3年前に現れたアリス。
レオナルドは、アリスこそがエルグリンド王国から消えた姫なのではないかと思っていた。
姫がいきなり消えたのと同じように、ある日急に現れたアリスは、ボルトン男爵家の気難しいアマンダの心を捉え、娘たちからは姉のように慕われた。
アリスが助けられた時から、前辺境伯のアンソニーには逐一報告が上がっており、それはレオナルドも共有していた。
父からは、あの娘が役に立つ時が訪れる、その時に娘の使い所を間違えるな、と言われ続けたレオナルドだった。
それゆえ、レオナルドはアリスに会う前から、彼女に対して並々ならぬ興味をもっている。
レオナルドの興味は、アリス本人というより、アリスの謎について、である。
眠りの森の近くにひとりで住んでいても、全く平気なのは何故だ?
レオナルド自身も、森の内部を探索したことはあったが、
自分がどこにいるのかわからなくなり、気がつけばいつも森の入り口だった。
しかし、レオナルドはまだいい。戻ってこれたのだから。
一緒に森の探索に臨んだ部下達のうち、帰ってこなかった者が数名いる。彼らは未だに見つかっていない。
しかし、アリスが森の側に住み始めてからは、神隠しのように消えてしまう者はいなくなった。
森は内部に入る人間を拒んでいるが、悪意があるわけではないと、レオナルドは感じている。
そしてそれにはアリスの存在が関係しているのではないかと疑っているのだ。
すなわちアリスは、エルグリンドから光と共に消えた預言者の血をひく姫であり、森は預言者が現れることを待ち望んでいたのだと、レオナルドは分析した。
王宮深く閉じ込められた姫は、死を偽装して脱出した。
そして、アリスがブライアンを見つけ助けたことにより、ブライアンには生き続ける意味が出来た。
ブライアンは焼け落ちる館の中から、何らかの力で森へと飛ばされ、森の意思によって入り口に運ばれた。
アリスが見つけて、アリスが助けるために。
*
「だから、殿下には役割があると、わたしはそう思っている。
この国をあるべき姿にするために、殿下には是非とも頑張っていただきたい。
わたしの思い描くこの国の行く末に、ブライアン殿下は必要な方だ。」
その上で二つの選択肢がある、とレオナルドは言った。
「ブライアン殿下がアリスを気に入っているのは存じている。しかし彼女は平民だ。今のところはな。
アリスを守るためにも身分が必要となる。貴方はアリスを妻にと望んでいるのだろう?」
「俺はいや、わたしはアリスを慕っている。アリス以外の女性を愛せるとは思えない。」
「素直でよろしい。では、アリスは王太子ではなく、貴方の婚約者になってもらおう。
調べたところによると、ブライアン殿下はあのウィンストン家の娘と婚約を結んでいたようだ。
ただし、殿下とは従姉妹にあたるその娘は、殿下より好きな男がいるようだがな。」
「記憶がないのでなんとも言えないが、俺はその娘のことが好きだったのだろうか?」
ブライアンは側に控えるエドワードを振り返った。
「とんでもございません!あの、性悪女は殿下に対して何の関心もなく、ただ祖父の先代ウィンストン公に命じられて婚約者になったに過ぎません。
お優しい殿下はご自分の立場を考えて我慢しておられましたが、お二人には全く交流がありませんでした。
そして殿下が火事で亡くなったと思われていた時に、婚約は解消されております。
バルバラ•ウィンストン公爵令嬢は、父公爵閣下と同様、権力がお好きでして、オースティン王太子を狙っているのは公然の秘密です。」
エドワードは悔しさを滲ませながら答えた。
「ならば問題ないな。
しかし、オースティン王太子とウィンストン公爵が結びつくことはあり得ないが、ウィンストン家はそこまで追い詰められているのか?」
「そりゃもう。先代様の時代と違い、今の公爵には求心力はありません。あるのは膨れ上がった醜い権力欲のみ。
ブライアン殿下との婚約は、公爵にとっては寧ろ邪魔だったのではないでしょうか。
公爵は、ユディトー侯爵の子息との間に縁談を持ちかけましたが、相手側から断られたたと、父から聞いております。」
エドワードの話はなかなかに面白いものであった。
「2つの選択肢とはすなわち、オースティン王太子かブライアン殿下かになるわけだが、この際だ、オースティンにはバルバラ嬢を押しつけるか。」
レオナルドは悪い顔でニヤリと笑った。
「まあ、殿下の今後を考えた上で、ウィンストンの肩を持つ振りをするのはいい手段かもしれん。
ブライアン殿下の側にアリスを置いて殿下を守り、なおかつアリスには王家を引っ掻きまわしてもらいたいのだ。
イルミナ王妃とユディトー侯を徹底的に潰し、エドマンド王を回復させ、専制君主ではなく立憲君主の国家を作る。」
そして、アリスが真の『預言者』であれば、ヴェルランドもエルグリンドも、本来あるべき国の形へと導いてくれる筈だと、レオナルドは思うのだった。
お読みいただきありがとうございました!
誤字脱字報告もありがとうございます。
多いです、すみません。見直しをしっかり頑張りたいと思ってます。
次の投稿は明日、水曜を予定しております。
その後は土曜、水曜と、週2ペースの更新になります。
よろしくお願いします。