蛇の道は蛇
メイドの控室で休憩中だったアリスは、レオナルドからの呼び出しを受けて、急ぎ応接の間へと向かった。
室内へ入るとそこには、ブライアン、レオナルドの他に、見知らぬ若い男と、先程話しかけられた美女が居合わせた。
戸惑うアリスに、ブライアンは隣に座るようにと促した。
「アリス、顔色が悪いけど?」
「申し訳ございません。急ぎ参りましたので息が上がっております。」気遣うブライアンを安心させるように微笑んだアリスを、レオナルドとローザリアは注視している。
「あの、そのメイドは?」
たまらず尋ねたエドワードに、レオナルドは彼女がブライアン殿下をお助けしたのだと告げた。
そしてアリスへは、ウィンストン公爵家でブライアンの側仕えをしていた、エドワード・エドワーズ子爵令息だと、教えた。
謎の美女については、自分の従姉妹であるローザリア・バルツァー伯爵令嬢だと教えてくれた。
ローザリアは、先程ぶりね!とアリスに声をかけたが、アリスはただ恐縮していた。
(なんて場違いな場所にいるのかしら。)
アリスにとってそこは居心地の悪い場所であった。
「さあ、役者は揃いましたわね。
エドワーズ様と偶然出会った話から始めますわね。」
当然のごとく、その場を仕切り始めたのはローザリアだ。
「わたくし、従姉妹のアマンダ姉様に呼ばれましたの。なんでもミランダとベリンダに縁談が来ているとかで。」
一瞬、視線をレオナルドと絡ませて、ローザリアは続けた。
「お相手は高貴なお方ということでしたわ。
実はわたくしにも同じ話が来ていたので、すぐにピンときました。」
「ローザはこう見えて十九なんだが、いまだ婚約者がいないのだ。」
ローザリアの話によると、ボルトン男爵家へ、王太子の婚約者候補の話が来たのはひと月ほど前のことだ。
男爵家に過ぎないボルトン家に降って湧いたような話に、チャールズもアマンダも、これは罠かもしれないと、すぐさまレオナルドに知らせた。
レオナルドはボルトン一家に、自分に考えがあるのでその話は断って良い、と告げた。のんびりと田舎暮らしを続ける双子には、魑魅魍魎が跋扈する王宮での生活などまず無理だし、辺境からの人質を取りたいだけだろうと。
一方、ローザリアのバルツァー家には、半年ほど前に打診があったが、思うところがありきっぱり断ったという。
「だって、わたくしはレオ兄様のお嫁さんになると決めているのですもの。兄様だって、了承してくださってるし。ね?」
レオナルドは嫌そうな表情になったが、無言を貫いた。
「エドワーズ様は、ブライアン殿下らしき人物の噂を耳にして、ボルトン家に何度も足を運ばれたようだけど、相手にして貰えず門前払いでしたの。
諦めていたところに、たまたまわたくしが通りかかって中にお連れいたしました。」
ボルトン家では、王家からの婚約者の打診は断ったものの、良い機会であるから、双子たちにきちんと婚約者を見つけよう、という話になったらしい。
そこでアマンダは、年下の従姉妹ローザリアに、双子売り込み作戦を相談するため彼女を呼んだのである。
若干19歳ながら、社交界に顔がきいて、辺境の薔薇と呼ばれている従姉妹なら、双子の嫁ぎ先についても妙案があるに違いないと、アマンダは考えていた。
実際、ローザリアは有名人だった。
ほっそりとした外見から派想像できぬ剣術で鍛えた体は、姿勢がよく無駄な贅肉は一切ない。美しい豊かな黒髪に黒曜石のような瞳―これは辺境の一族に良く見られる色合いでもある―そして肌は雪のように白く、そのかんばせは、憂いを帯びそこはかとない色気を醸し出している。それでありながら上品で清楚に見せている。
好んで深紅の衣装を纏う彼女は、辺境の薔薇と呼ばれており、たくさんの縁談を断り続けている高嶺の花ということで有名だった。
その断りの口実が、レオナルドの嫁になるから、というのだが、それが真実なのか都合の良い言い訳なのかは、従姉妹のアマンダにもわからなかった。
途方に暮れていたエドワードは、お目にかかったことのないような美女に連れられて、あっさりとボルトン家へ入り込んだ。
そしてローザリアの手助けもあって、探し求める主君ブライアン殿下が、ボールドウィン辺境伯のもとで保護されている事を知って、男泣きに泣いたのだった。
その姿をこっそり見ていた双子の姉ミランダが、
「ご主君のためにあれだけ泣ける人が悪い人の筈がない。」と言って、エドワード・エドワーズ子爵令息を、密かに慕うようになるのだがそれはまた別の話。
エドワードは、これからレオナルドのところへ向かうというローザリアの好意で、馬車に同乗してこちらへやってきて、敬愛する主君との一方的な感動の再会を果たしたのである。
*
エドワードとローザリアの話を静かに聞いていたブライアンは、予想以上にたくさんの情報が入ってきた事で、かなり混乱していた。
まず、ウィンストン公爵家で自分が疎まれ排除されたこと。結果的に命はあるが、「お荷物」なのだという、昏い感情に押しつぶされそうになっていた。
記憶を無くす前の自分がどうやって、何を考えて生きていたのか。
アリスは、握りしめて白くなっているブライアンの手に、そっと手を添えて、ブルー、怪我するから、、と小さく声をかけた。
そんな主人の様子を潤んだ目で見ていたエドワードは、ブライアンの側に寄って「殿下、お守り出来なくて申し訳ありませんでした。これから先は、僕が必ず殿下をお守りいたします。」と膝をついて、また泣くのだった。
「感動の再会を邪魔して済まないが、少しわたしの話をきいてもらおうか。」
*
王家は焦っている、レオナルドはそう感じている。
20歳になるオースティン王太子には、未だに婚約者がいない。
いや、3年ほど前にはいたのだ。北の大国ノースランドの姫が婚約者だったのだが、姫が流行病で顔に痘痕が残ったといい理由で、ヴェルランド側から婚約解消した。
その後、国内外から王太子の婚約者を探しているのだが、なぜか決まらない。
オースティンは、王家の金髪と青い目に優しげな顔立ちの青年で、性格も穏やか、しかもヴェルランド王国の王太子、とんでもない優良物件の筈なのだが、オースティンの後ろに控えるイルミナ王妃が問題だった。
決まりかけた婚約を潰すのは、大抵王妃であった。
妹であるエトワール王女は、スカタルランドの第二王子と婚約が決まった。16歳のデビュタントを済ませると輿入れすることが決まっている。
王妃はどういう伝手があったものか、スカタルランドとの交易を活発にし、たびたび同国を訪れている。
その際に、彼の国の国王との間で、縁談を取り決めたという。
しかし、スカタルランドの第二王子には女性関係で良い評判は聞かない上、エトワール王女より6歳も年上である。
この婚約が吉とでるか凶と出るか、国民の関心は愛らしい王女が幸せな結婚生活をおくれるのか、という点にあった。
イルミナ王妃は政治的手腕は発揮しても、子ども達には冷淡ではないか?とりわけ、亡くなった先の王妃の忘れ形見、ブライアン第一王子に対する扱いは非道ではないか?
という声がちらほらあるのは事実だが、それを力でねじ伏せているのが、王妃の兄であるユディトー侯爵である。
本来なら、ユディトー一族から王太子妃を出したいところなのだが、残念ながら年頃の独身の娘が見当たらなかった。
しかし、イルミナ王妃の時のように、手頃な娘を養女にして侯爵令嬢として王太子妃につける、というのは大いに考えられることだ。
イルミナ王妃とユディトー侯爵とは血縁関係にはない。エドそして、オースティン王太子の顔立ちは、どことなくユディトー侯爵に似ていると、民衆は噂をしていた。
そんな中で、辺境伯に近い家、バルツァー伯爵、ボルトン男爵へ、婚約者候補の打診があった、というのは驚くべき事実である。それがたとえ当て馬だとしても、ユディトー侯爵にとって目の上のたんこぶである辺境伯と手を組むことは考えられない。
いや。むしろ人質か。
レオナルドには姪たちに務まるとは到底思えないが、人質としての価値があるかどうかも怪しいと睨んでいる。
見せしめの生贄だとしたら、なおさら許し難い。
*
「殿下にまず断りを入れねばなりません。殿下のメイドを、王都に連れていきます。」
「アリスを?どういう事です?」
「アリスはミドルトン公爵家の養女になり、オースティン王太子の婚約者候補として、王宮に滞在することになります。」
レオナルドの言葉に一同は息を飲んだ。
我に返ったアリスが、冗談じゃないわ!と叫んで、ブライアンが怒りにその美麗な顔を歪ませたのは、ほとんど同時だった。
お読みいただきありがとうございます!
エドワード・エドワーズ君、ブライアンに再会できて良かった。(ミランダに気に入られたみたいです。)




