19.不条理
「はい。どうぞ!」
ユニィがクッキーを差し出す。素朴な雰囲気のクッキーだ。僕達はユニィの家ではなく、村の中心の広場でおやつを食べることにしていた。
ソニアに見つかると、おやつどころでは無い。そのことに気付いたからだ。危ない危ない。
『いただきまーす』
ぱくぱく。
うん。見た目通り素朴な味わい。母竜が作るクッキーと同じだね。
僕がクッキーを食べていると、ユニィがニコニコしながら顔を近づけてくる。
――もう返さないよ?
「――食べたね。リーフェ」
――え? なに? どうしたの?
「そのクッキーね――」
ユニィは笑顔のままだ。
――ちょっと――その先を聞くのが怖い。
「――私のスキルで出したの!」
『ええーっ!』
満面の笑顔のユニィ。
驚きに思わず口が開いたままになる僕。
――スゴい。スゴいよユニィ。これでおやつ食べ放題だよ! チョコレートにケーキに。それから食べたことないマカロンとかいうお菓子も。
僕は甘い幻影に浸りながら、それでも言葉を繋ぐ。
『ユニィってスキルが使えたんだね。どんなスキルなの?』
調理系のスキルとか、物質召喚スキルとか。はたまた、願いを叶えることのできる伝説のスキルとか――ユニィが使えるんなら僕にも使えるかもしれない。だって僕達、スキルを共――
「うん。私にもね――『ポケット』が使えたの!」
満面の笑顔のユニィ。
衝撃に思わず口が開いたままになる僕。
「それでね。私が小石を入れたらね――」
――まさか。やめて。その先は聞きたくない。
「そのクッキーが出てきたの」
満面の笑顔のユニィ。
胸中を満たすその感情に。僕は口を閉じることを忘れていた。
「他にもアイスが出てきたんだけど、そっちは溶けちゃうから――って、リーフェどうしたの?」
僕は今日。
このスキルのもう一つの特性を知った。
そして、知らないことが幸せなこともあると――知った。
「ねぇ。リーフェ!?」
僕は明日の方角を向くとそっと目を閉じた――
――――――
「お前達何やってるんだ?」
僕が黄昏ごっこで遊んでいると、道の向こうから見張りおじさんが若い男の人を引き連れて現れた。
『ユニィが僕のスキルを使って僕のお菓子を僕が食べてユニィが笑顔なので人生の不条理を感じていたんです』
僕は心の中の全てを一息でまくしたてる。ユニィが何とも言えない変な顔をしている。
「何を言ってるのかはわからんが、意識ははっきりしているし大丈夫そうだな」
まぁ、僕の言葉はわからないよね――って、意識?
僕が疑問に思うと同時。ユニィがおじさんに問いをぶつける。
「ブロスさん。それってどういうことでしょうか? リーフェがさっきからおかしいのは何か原因があるんでしょうか?」
「いや――俺にもさほどの自信はないんだが――さっき傷薬をもらった時にそこの騎竜の様子がおかしかったんでな。念のため、精神安定の術が使えるこいつを連れてきたんだ」
「僕はロッソといいます。ブロスさんの――後輩です。よろしくお願いします」
見張りおじさんに肩を叩かれ、若い男の人が名を名乗る。
とても爽やかだ。だけど嫌味はない。むしろ人の好さがにじみ出ている。おじさんとかおばさんに好かれるタイプだ。
「私はユニィといいます。こちらの騎竜はリーフェスト。です」
ユニィが慌てて自己紹介する。いつも思うけど、大人の人にはやっぱり丁寧だ。
「いやー。こいつは凄いんだぞ。なにせ『勇者の卵』だからな」
そんな二人の横から見張りおじさんがなぜか自慢そうに口を出す。――ん? 勇者? 卵? どういうこと?
「やめて下さいよ。そんなのはたくさん居るじゃないですか。世界の危機が迫っているわけでもなし。単に便利なスキルを持つだけのただの冒険者ですよ」
僕が疑問を感じている間にも二人の会話は続く。
「そうか? お前はもう少し周りにアピールしていいと思うんだがなぁ」
見張りおじさんが眉を寄せた。狩りに失敗したときの縞山猫と同じ顔。残念そうな顔というやつだろうか。
「何を言ってるんですか。――それより先ほどの話は良いんですか?」
「おお、そうだ」
見張りおじさんは、思い出したかのように僕の方を向いて続けた。
「――お前、カロンおばさんに何か言わなかったか?」




