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マーマンと海に降る雪  作者: ベスタ
12/12

11 けじめ

 ベコ軍のほとんどの兵士は降伏した。

 どんなに恨みを持とうが魚人はどうしても支配者を自分たちより一段上に見る。

 タコスの命令があった時、自分たちが掲げる支配者が倒されていれば従うしかなかった。


 雪の降る中、テルはタコス軍の本陣に凱旋していた。

 史郎はテルが帰って来たことを喜んで、肩を抱いて一緒に泳いでいた。


「兄さん、おかえりなさい。本当に危ない時にきてくれました」

「ああ、迷惑をかけたな」


 テルはそんな史郎の態度を嬉しく思った。

 テルは仲間をまた、置き去りしにしてきてしまったのだ。それを兄弟達は再び受け入れてくれたのだから。


 タコスの前まで来ると史郎も流石にテルから離れた。

 これから報告が待っているのだから。

 テルの姿が見えると一気に本陣の中が賑わった。今回の戦争の英雄が来たのだからその反応は当たり前でもあった。また、長年一緒に戦って来た者達もいるのだ。


 いくらテルがあまりコミュニケーションが得意ではないとはいえ、長年戦って来た戦友と会えるのであれば喜ぶのも無理はない。

 そんな喜びのムードに、さらにノエとフーカも入ってくる。その後ろには傷が見え隠れするティガも一緒だった。

 ティガはテルの姿を見ると苦笑し、ノエとフーカはテルを見て泣き出しそうな顔になっていた。



 2人が駆け出そうとするのを、しかし、冷たい声が遮った。


「戻って来たか、テル」

「…はい。迷惑をかけました」


 タコスの金色の瞳が冷たくテルを睨んでくる。

 テルはそれに真剣な態度で応える。これは絶対に逃れられない必要な処置だとテルも思っていたからだ。


 テルは一度逃げ出している。それでタコス軍にかける迷惑は多くのものがあったのだろうとテルは思う。

 実際は役職の替えなどできるのであるし、少し当番が変わるくらいの迷惑しかかかっていない。だが、自分がいなくなったことで迷惑をかけたと思い込んでしまう。


 それは現代日本人の特徴であろうか。

 責任感が強いのであろうか。それとも自分がそれほど優れているのだと自惚れているのか。

 わからないがテルは、それでも強く申し訳ないと思っていた。


 実際にはタコス軍はテルがいなくなって精神的支柱を失っている状態であった。

 だがタコスは流石に、テルにそんなことは言わない。

 そもそもテルはタコス軍の1番魚人なのだ。本人は知らないが。

 いなくなれば影響も大きい。


 タコスは冷たい目でテルを見たまま、心の中でこっそりとため息をついた。

 重たい気分ではあるがテルは軍を脱走したのだ。それについての処分は言い渡さなければならない。


 タコスはテルに処分を伝えた。


「テルはこれより一週間、謹慎処分とする。ハルカズムの首都、オリザに着き次第処分を実行せよ」

「了解しました」


 タコスの隣にいる一二三はため息をつく。

 どうしても必要な処分であった。そうでなければ偉い魚人は何をしてもいいのだという思いが魚人の中で広まってしまう。


 今テルを罰することで兵士たちは、テルのような1番魚人ですらも好き勝手に動けば処罰を受けると身にしみたであろう。

 その結果、兵士たちは規律を守り、規律はやがて強い兵士強い軍を作る。


「そんな…」


 史郎もその意味はわかるのだ。しかし、今回の戦争はテルが大胆な動きを指示してくれなければ負けていたかもしれない戦いであった。

 その立役者が罰を受けるだけという処遇に文句を言いそうな史郎を遮ったのは、他ならぬ当事者のテルだった。


「いい。これは当然の処置だ」

「兄さん…」


 かばうべき相手にそう言われれば史郎は何もいえない。

 テルの後ろに控えていた史郎は、振り返って弱々しく微笑むテルにどうしようもなく心がざわついたのだった。






 マカレトロの首都ステロール。

 その城の、さらに1番深いところ。そこにダゴンは今日も退屈だと部屋にこもっていた。


 そんな時に、廊下が少し騒がしくなる。


「いけません! あなたはもう、ダゴン様に直接会う資格はないのです」


 ざわざわとする廊下の物音がダゴンの心をささくれさせる。

 イライラとしたダゴンは廊下に、静かに言った。


「何事か」


 その声にはダゴンのイライラとした気持ちも乗っていたのだろう。

 廊下は見事に静かになった。

 だが、それでも物音はしている。誰かがこちらの部屋に歩いてくる音だった。


「あっ、いけません…」


 小声で静止する声が響く。だが足音は止まらずについにダゴンの部屋の前に止まりノックをする。

 ダゴンがイライラしているというのに遠慮なく入ってくるのはライト以来であった。

 ライトはただ空気が読めなかっただけなのだが。


 ダゴンは面白くなり、入室を許可することとした。


「入れ」

「失礼いたします」


 だが、ダゴンはその言葉で一気に興味を失った。

 入ってきたのはその空気の読めないライトであったからだった。

 ライトがダゴンの目の前で跪くと、ダゴンは少しだけ嫌味が口から漏れた。


「前線に向かったのではなかったか?」


 その言葉は『死にに行ったのになぜ生きて帰ってきているのか』と問う言葉であった。

 それをライトはただの疑問と受け取り答えた。


「報告します。

 ナラエゴニヤは敗北し支配者クレイオー様が戦死されました。

 その後ハルカズムも戦いましたがベコ様も戦死され、両海域ともにタコス軍の支配下となりました」

「ほほう? もうそこまできたか」


 ライトの答えはダゴンが聞いた質問の答えではなかった。だが、その答えは十分にダゴンの興味を引きつけるのに余りある答えだった。


 ダゴンの、もう錆びついて動かないと思われていた頭が高速回転で動き出す。

 疲れて磨り減った心から、活力が温泉のように湧き出て体に力を与える。

 生きているという実感がダゴンの体を動かしつつあった。


「つきましては、私を再びこの国の兵士として組み入れて欲しいのです」


 その言葉に一気に現実に引き戻されるダゴンだった。

 ダゴンの目の前の男は本当に面倒くさいとダゴンは思っていた。


 つまりは、両海域で死に損ねたので死に場所を与えてくださいという意味である。

 なぜならライトは家のために死ななくてはならないからだ。

 名誉の戦死をしてツナ家の株を少しでも引き上げ直さないといけないからだった。


 だが、戦術的には効果のある作戦である。

 死を覚悟した者の突撃は、その者にとどめを刺すまで戦いを続ける。それは敵に回すとなるととても厄介であろう。


 そもそもマカレトロには戦争経験者がダゴンを除けば目の前のライトしかいない。

 そのライト以外に、先陣を切って敵軍に突撃するものなどいないであろうから。

 捨て駒としてはまだ役に立つと思えた。


「死兵となるか」


 だからダゴンはそうライトに聞いたのである。だが、ダゴンの予想をライトは裏切った。


「先陣は切りますが、申し訳ありません。死兵となる気は全くございません」

「なに?」


 その言葉、それはダゴンにとって予想外の言葉であった。

 名誉のために死ななければいけないライトが死ぬつもりはないという。それに興味を持ったダゴンが聞いてみることにした。


「わしの命令でもか?」

「はい、ダゴン様の命令であればどんな苦しい作戦にも参加いたします。ですが、死ぬ気はありません」


 きっぱりと伝えたライトの目には、それまで盲目的にダゴンに従ってきた多くの魚人が見せる目とは違い、ギラギラとした感情が垣間見える目をしていた。

 おそらくライトは死を覚悟した戦いを超えて、何かを掴んだのだろう。


 偉大なるダゴンに刃向かう、名門とはいえたかが魚人のライトにはそれは裏切りに近いものともいえた。

 だが、ダゴンはその感情を楽しそうに見つめる。


 ライトはここにきて、ダゴンの認める存在となった。

 ダゴンは何より退屈こそが嫌いなのだから。

 少しの間睨み合うように視線を交わした後に、ダゴンは頷く。


 そして手を振ると呼び鈴を鳴らした。滅多にならされることのない呼び鈴だ。ダゴンは1人でいることを好む。

 だから滅多に使われることはないのだが、待機している兵士が常にいたのだろう。

 すぐさまダゴンの部屋へと入り込む兵士であった。


「失礼いたします」

「挨拶はいい」

「はっ」


 入ってきた兵士が敬礼をし出すのを止めるダゴン。そしてダゴンは本題を伝える。


「これよりマカレトロは戦争の準備を開始する。

 こちらの総指揮官はライトだ。ライトの言葉をわしの言葉として聞き、以降タコス軍との戦闘に備えるように。

 これを全軍に伝えろ」


 そういって兵士に伝えるが、兵士は動かない。


「あの、大変恐縮ですが、私がそれを伝えても説得力が足りないともうしますか。一度ライト様はダゴン様の名前をかたっておりますので、信頼されないのではと」

「それもそうか、ふむ」


 ダゴンはそういうと粘土板に文書をしたためる。それを兵士に持たせると、兵士は一礼をしてすっ飛んでいった。おそらく全力で城内を駆け巡るのであろう。

 その慌ただしさすらダゴンには心地よかった。


 ダゴンの話を聞き、ライトは行動に移ろうと退室しようとする。


「では、準備をしてまいります」

「ああ。いや、待て」


 ライトを引き止めるダゴン。ライトは不思議そうな顔をするがダゴンはようやくライトの姿をしっかりと見たのだ。


 それは今までの白い鎧の姿ではなかった。

 黒い服にズボン姿である。黒い服はマカレトロの流行にのっとっているのだろう。ズボンは少し茶色系か。だが、遮光香の力により薄い灰色にしか見えない。

 そのため、ライトの胸元に揺れる石に気づけたのだ。


 遮光香は物質の明るさを見えなくさせる。白黒の世界にして、強烈な光をおさえる力があるのだ。

 その結果太陽の光が抑えられるのだが、存在の光は隠しきれない。


 ライトの胸元は、見る者が見ればほんのりと明るく見えるのであった。だが、それは何かに隠されている。

 隠れて見えないが、それは確かにそこに何かが隠れている証であった。


「お前が首から下げている物を、私に見せろ」

「…はい」


 逡巡した後、見せるだけならとライトはアカネの形見である宝石の原石を渡した。

 ダゴンはその原石を手に取ると、色々な角度から眺める。そして


「ふん」


 ダゴンは原石を両手で持ち、軽く声を上げた。

 それだけで急激な光がダゴンの手から漏れ出る。それはジンカの光のように思えたが、実際はただの魔法の光である。ただし、ものすごく強烈で、純粋な魔力ではあるが。


「こんなものか」

「い、一体何を」


 すぐに光が薄くなると、ダゴンの差し出した原石を奪い取るように手に取るライト。

 一見して今までとは何も変わらない見た目の原石ではあったが、あれだけの魔力である。何もなかった方がおかしい。


「その石に魔力を込めた。大事にしているのだから壊したりはせんよ。もしも何かあった時のためと思ってな。お守りがわりにはなるだろう」

「はっ、ありがとうございます」


 ダゴンの目から見れば、それは少し眩しいくらいに輝いていた。ダゴンはその眩しさに目を細める。流石にその程度の光でダゴンが焼けることはないのだが、それでもダゴンにとって眩しい光は苦手なものであった。


(魔石か)


 流石になんの魔石かまではわからない。

 だが、魔力を込められる限界量が普通の石や宝石などよりも随分と高かった。それを持っているライトがどういった経緯で魔石を持っているのかはわからない。


 だが、それも運命だろうとダゴンは面白そうに見るのであった。


「失礼いたします」

「ああ」


 今度こそ退室するライト。

 1人残った自分の部屋でダゴンは面白そうに笑った。



 マカレトロを出るときは小さな小さな子供であったが、気がつけば6つの海を支配してついにダゴンに牙を剥いたタコス。

 ダゴンを信じて疑うということをしてこなかったが、戦争により成長して帰ってきたライト。


「さて、面白くなってきたな」


 ダゴンは少しシワのついた手で宣戦布告の文章を書き始めるのであった。

 高揚した心を隠さないダゴンは思い出す。


 大叔父様と慕ってくれた自分の親戚のことを。

 かつての仲間たちと7つの海を舞台に暴れていた時代を。

 神と旅をした長くも楽しい冒険の数々を。


 ダゴンは久々に期待に胸を膨らませたのだった。

テルたちのハルカズム海域の話はこれで終了となります。

読んでいただきありがとうございました。

次のマカレトロの物語で最後となります。

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